第24話 暴虐のアリス2
「え? なに……?」
「なんだ? 急に暗くなったぞ?」
「っ!? マズイ! 動ける奴はとっとと逃げろ!!」
急に辺りが暗くなり、周囲の冒険者が騒ぎだす。
中には慌てて逃げ出そうとする者もいた。
(逃げるって……何から?)
ふと上を向いたまま固まっている兵士を見つけ、それに釣られてマリも空を見上げる。その視線の先には高層ビルのような巨大なハンマーが落下してくるのが見えた。
「え? な、なんで……」
予想外の出来事にマリの意識が凍り付く。
それは空見やガンマも同様だった。
仮に動けたとしても、落下物の巨大さを考えると絶対に間に合わないだろう。
マリをはじめとした冒険者たちは呆けた様子で自分の死を受け入れようとしていた。
「うおおぉぉっ!!」
その瞬間、雄たけびと共に何かが彗星の如く突っ込んで来た。
信太郎である。
それは落下してくる巨大ハンマーとマリ達の間に割り込むと、落下物へと信太郎が右ストレートを叩き込み、爆音が鳴り響く。
「ぐうぅっ!!?」
信太郎の顔が苦痛で歪み、激痛と共にアリスに刺された傷口から血が噴き出す。
深く刺されたせいか右手に力がほとんど入らない。
さすがのベヒーモスの怪力でも、この状態では重力で加速した超重量を跳ね飛ばすことはできなかった。
ハンマーを殴り飛ばそうと、信太郎は左手で渾身のアッパーカットを放つ。
落下してくる巨大ハンマーは大幅に減速するが、跳ね飛ばすことは出来なさそうだ。
「みんな! 伏せてろぉっ!!」
信太郎の絶叫と共に土地全体が傾くような衝撃が走った。
◇
「し、信ちゃんは!?」
伏せていたマリは慌てて飛び起きる。
衝撃で吹き飛ばされた時に頭でも打ったのか、軽い眩暈がして足元もふらつく。
周囲を見渡すが地響きと共に舞い上がった土煙でよく見えない。
「『ウインド・ブラスト』!」
マリは風魔法を放って土煙を払う。
すると横倒しに倒れた巨大ハンマーが大地にめり込んでいるのが見えた。
周辺に信太郎の姿はない。
(まさか押しつぶされたんじゃ!?)
最悪の想像をして、マリの背筋が恐怖で凍り付く。
その直後に小さい地震が起きた。
それは少しずつ大きくなっていき、やがて大きな地響きと共に巨大ハンマーが揺れ動き、徐々にせり上がっていく。
視線を走らせると、巨大なハンマーを頭上に抱えた信太郎が見えた。
「信ちゃん!」
マリは慌てて信太郎の元へと走っていく。
超重量を受け止めたせいで膝上まで地面に埋まっているが、大ケガはしてなさそうだ。
「お? マリか。無事でよかったぜ~!」
マリの無事を確認した信太郎はさわやかな笑みを浮かべる。
珍しく疲れているようだが、悩みなど無さそうないつもの笑みだ。
マリはほっと胸をなで下ろす。
極度の緊張から解放されたせいか、マリの瞳から涙のしずくが落ちる。
「よかったぁっ!! 死んじゃったらどうしようかと……!」
「な~に言ってんだ! この程度で俺が死ぬかってーの!」
仲間の危機を救えたことに、信太郎はほっとした様子で息をつく。
それがいけなかったのだろう。
緊張から解放された後は誰でも油断しやすい。
心身が張り詰めていた分だけ事が終わった直後に、一気にたるみが押し寄せるからだ。
それはマリが涙をぬぐった直後に起きた。
彼女の顔に何か生温かい液体がぶちまけられたのだ。
「わっぷ!? な、なにコレ!?」
目に入った液体で前が見えない。
眼だけでなく、口にも入り込んできたモノはとても不愉快で、嗅ぎなれた匂いだ。
例えるなら温かい鉄サビの味。
この世界に来てから嗅ぎなれてしまった臭い。
「何これぇっ!? ねぇ!信ちゃん!?」
何より恐ろしいのは信太郎が無言なことだ。
いつもの信太郎なら心配して必ず声をかけてくれるはず。
だというのにマリの耳には苦し気にあえぐ信太郎の声しか聞こえない。
不安で半狂乱になりながら、何度も目をこすり、マリは目を見開く。
そして驚きと恐怖で声を失った。
信太郎の胸から真っ赤な腕が生えていたのだ。
「えっ、な……?」
理解できない。
マリの喉からかすれた声が漏れるが、それは言葉にならない
「がふっ……! ぐうぅっ!!」
苦し気に血を吐く信太郎の後ろで幼い少女がニコニコと笑っている。
アリスだ。
皆を守るため、スキだらけとなった信太郎は背後からアリスに胸を貫かれたのだ。
背後から信太郎に抱き着くアリスは無邪気に笑う。
「はい! これでおしまい~! バイバイ、お兄ちゃん!」
アリスは信太郎の体から腕を引き抜くと、引き抜かれた信太郎の胸から鮮血が噴水のように噴き出す。
流れ出た大量の血が血の池を作り、信太郎はそのまま白目をむいて足元の赤い池へと倒れこんでいった。
そして頭上で支えていた超重量のハンマーによって、轟音と共に信太郎は押しつぶされてしまう。
「嫌あぁぁっ!!?」
マリの絶叫が戦場に響いた。
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