第25話 暴虐のアリス3


「嫌ああぁっ!!?」



 信太郎を押しつぶし、墓標のように鎮座するハンマーの前で、マリは悲鳴を上げ続ける。

 そんなマリの後ろで、アリスが不思議そうに首を傾げていた。



「ねぇ、お姉ちゃん。隙だらけだよ~? 死にたいの?」



 アリスの問いかけにマリは気付かずに半狂乱に叫び続けている。

 そんなマリを前にして、つまらなそうにアリスはため息をつく。



「う~ん、このお姉ちゃんは不合格かなぁ? 処分しなきゃ。あっ! 安心してね! 痛くしないからね~」



 虫も殺せ無さそうな笑顔でアリスはマリに近づく。

 このままマリを殺すつもりだろう。



「待ちな!」


「ん~?」



 マリへ止めを刺そうとするアリスにガンマが声をかける。

 足を止めたアリスはにっこりと花が咲くような微笑みを浮かべた。



「なぁに? お兄ちゃんが遊んでくれるの?」



 とても無邪気な笑顔だ。

 だがその瞳には特大の狂気と殺意が宿っている。



(……底なし沼みたいな眼ぇしてやがる)



 その瞳を直視してしまったガンマは気圧される。

 なにせ悪意の底がまったく見えない。

 一体どんな環境で育てばこんな怪物が生まれるのかと、ガンマは他人事のように感じた。

 見られただけで死の恐怖が襲ってきて、蛇に睨まれたカエルのように動けない。

 切り札を使うために、どうしても近づく必要があるというのに。



(くっそ! 俺より年下が命張ってんだ! 俺だって……!)



 ぐっと気合を入れてガンマはその視線を睨み返す。

 それに少しだけアリスが感心した様子を見せた。



「ふぅん。今回は当たりが多いねぇ~」


「はぁ? 何言ってんだクソガキ。つーかお前はあれだけのことしておいてタダで済むと思ってないよな?」



 震える心を押し隠し、ガンマは堂々とアリスの元へと向かっていく。

 一歩ずつ死に向かっていくような気がして、吐き気と眩暈がガンマを襲う。



「お兄ちゃんが遊んでくれるの?」


「遊ぶことしか頭にねーのかこのガキは? そもそもだ、年上と話すときはちゃんと相手の眼を見て話せって言われなかったのか?」


「んん~? なにいっているの? ちゃんと目を見てお話してい……っ!?」



 不審な顔つきのアリスが口を開くが、それは最後まで言葉にならなかった。

 まるで重力が何十倍に倍加したかのように体の動きが鈍くなったからだ。




「決まった!!」



 ガンマの魔眼が、切り札が決まったのだ。

 七つの魔眼の一つ、“停止”。

 目と目を合わせた相手を一定時間停止させる能力だ。

 ただし相手が格上だった場合は麻痺させることしかできないが。

 鬼の首を取ったように、ガンマが声を張り上げる。



「俺の力でこいつをマヒさせた! みんな、今なら倒せるぞ!」



 だが他の冒険者たちは動かない。

 アリスの戦いっぷりに腰が引けているのだ。



(マズイ! この能力はあんまり長く持たないってのに!)



 停止の魔眼は強力だが3分しか持たない。

 慌ててガンマは腰の引けた冒険者に発破をかける。



「なにやってんだ! こいつ金貨5000枚の賞金首だぞ!? 今なら俺の魔眼でまともに動けないってのに……この腰抜けどもめ!」



 その言葉に一部の冒険者が沸き立つ。



「ああっ!? 誰が腰抜けだって!!」


「そういや、このガキには仲間がやられたんだったな……」


「ああ、仇を取ってやらねぇとな」



 ようやく動き出した冒険者たちがアリスを取り囲んでいく。

 その一方で、アリスは軽く飛び跳ねたり、手を開閉したりしていた。

 どうやら体の調子を確かめているようだ。

 そして自分を取り囲む冒険者を見渡し、小バカにしたように口を開く。



「う~ん。まぁ、ハンデにはちょうどいいかなぁ?」



 アリスの余裕な態度に冒険者たちがいきり立つ。



「舐めやがって!」


「囲め! 一気に行くぞ!」




 戦いが始まったのを見たガンマはほっとした。

 どうにか間に合いそうだ。

 そんな中、ふとガンマの視界の端でマリが動いたのが見えた。

 大地にめり込んだ巨大ハンマーに縋りつき、何か魔法を使っている気配がある。

 その魔法には見覚えがあった。

 ガンマ自身も何度か世話になった魔法だからだ。



(なるほど。まだ希望は消えちゃいないらしい。なら俺のやることは……)



 ガンマの顔に笑みが戻る。

 そして戦線に参加しようとする空見の元へと駆けて行った。




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