第23話 暴虐のアリス1


「暴虐のアリスだと!?」



 ソルダートは目を剥く。

 暴虐のアリス。

 過激な邪教徒として知られる星辰教団の幹部の一人だったはず。

 金貨5000枚の賞金首で、たった一人で一軍を壊滅させた話はあまりにも有名な話だ。



「本当は可愛くないからその呼び名は好きじゃないんだけどねぇ~」



 アリスが不満そうに口を尖らせる。

 恐れ慄くソルダートとは反対に冒険者たちが歓喜に沸きたつ。



「おい! 聞いたかよ」


「ああ、金貨5000枚の賞金首! 逃す手はないぜ!」


「囲め! みんなでやるぞ!」



 金に目が眩んだ一部の高ランク冒険者が先走る。

 倒してもたいして金にならないゴブリンやオークよりもはるかに魅力的だ。

 なにせ金貨5000枚とは一生遊んで暮らせる金額なのだから。



「バカやろー! そいつマジでやべぇ奴だぞ!?」



 冒険者達は信太郎の叫びなど気にも留めずに突っ込む。

 彼らの殺意を一身に浴びながらも、アリスは花が咲くような笑みを浮かべた。



「元気があっていいねぇ! 一緒にあそぼ!」



 アリスは腰のベルトにぶら下げたハンマーを手に取る。

 大きさは40センチほどで武器としては小さすぎるハンマーだ。

 まだ相手との距離が開いているというのに、アリスはそれを振るう。



「ハッ! そんな遠くで振っても当たるワケねぇだろ!」



 間合いの外にいる相手にそんなものが当たるはずがない。

 あまりにお粗末な攻撃に冒険者たちが失笑が漏れる。

 だがそのハンマーは瞬時に巨大化し、電信柱ほどの大きさに変化した。



「何ぃっ!?」


「ぐえぇっ!!?」



 驚愕する冒険者の集団を一撃で薙ぎ払うアリス。

 彼女は得意げに笑う。



「すごいでしょ~! これ巨人の鉄槌っていうんだよ。サイズや重さを自在に変化できるの! こんな感じでねぇっ!」



 再度振るわれる巨人の鉄槌。

 伸縮自在の一撃に冒険者たちは為すすべもなく薙ぎ払われる。

 だが一人の冒険者がその一撃を潜り抜けた。

 ガタイの良いその男はブロードソードを脇に構え、アリスへ直進する。



「わぁ! やるね~」


「シッ!!」



 腰だめから剣を抜き打つ。

 その一閃はまさに達人芸。

 鋼鉄すら容易く両断する高速剣だ。



 だが迎え撃つアリスの蹴りがその一撃を冒険者ごと打ち砕く。

 文字通り一蹴だ。

 その冒険者の上半身は赤い水風船ように砕け散り、返り血で真っ赤になったアリスは朗らかに笑う。



「次は誰が遊んでくれるの~?」


「ちぃっ!?」


「クソ! このガキィ!!」



 殺された冒険者は彼らの中でもかなりの腕利きだったようで、残りの冒険者は腰が引けている。

 だが金貨5000枚を諦められないのか、ジリジリと距離を詰めていく。

 慌てて信太郎が冒険者の前に出て来る。



「全員下がれ! あいつマジでやべーぞ! 俺が相手をする!」



 信太郎には動物的直感で分かるのだ。

 今この場でアリスとまともに戦えるのは自分だけだと。




 信太郎とアリスが向かい合う。

 その距離は約20メートルも離れている。

 だがその程度の距離はこの2人にとって間合いの内だ。

 信太郎とアリスはその距離を文字通り一瞬で詰める。



「ずりゃぁっ!!」


「えいっ!」



 信太郎の右ストレートとアリスの巨大化したハンマーが正面からぶつかり合う。

 大気を振るわせる凄まじい衝撃と爆音が響き、反動で弾かれた二人は距離を取る。

 拳に痛みとしびれが残る信太郎は顔をしかめた。

 だが今の一撃で信太郎は確信する。

 このまま本気で戦えば自分が勝つと。



「お兄さん強いねー! ちょっと敵わないかも~!」


「……なぁ、女子供はあんま殴りたくねぇ。降参してくれねーか?」


「う~ん。確かに普通にやったら勝てないねぇ。だから~、搦め手を使うね」



 アリスは両手を上げる。

 別に降参という意味ではなさそうだ。

 なにせ彼女からあふれる殺意は変わらない。

 ふと信太郎はあることに気付く。



「お? おめぇハンマーどうした?」



 アリスはハンマーを持っていなかった。

 さっきまで持っていたはずなのに、一体どこへやったのだろうか?



「知りたい~? あそこだよぉ」



 アリスは信太郎の後方を指で示す。

 それを横目で追うとその先にはマリ達がいた。

 いや、よく見るとアリスの指先はマリの上空を指で示している。

 信太郎が目を凝らすと、マリの頭上100メートルほど上にアリスのハンマーが見えた。



「巨大化1秒前~!」


「お!?」



 その直後、巨人の鉄槌は巨大化する。

 その大きさはまさに高層ビル並みで、そのまま重力に引かれて落下していく。

 マリ達の頭上へアレが落ちれば確実に皆の命はないだろう。



「お、おめぇ! なんてことを!?」


「あれぇ~? 止めないでいいの? お友達が死んじゃうよぉ~?」


「ちぃっ!」



 信太郎は小さく舌打ちするとマリ達の元へと駆け出す。

 当然それを黙って見送るようなアリスではない。



「アッハハハ! 隙だらけだよ~!」



 仲間の元へ駆ける信太郎の背中にアリスが迫り、ナイフを走らせる。

 ただのナイフではないようで、信太郎のベヒーモス並みの外皮を容易く刺し貫く。

 変則的な剣筋で、あらゆる角度から信太郎の背中を切り刻んでいく。



「おぉっ!?」



 肩や背中を抉られ、信太郎の体がよろめく。

 その隙をアリスは逃さない。

 銀の閃光が信太郎の首筋に迫る。



「邪魔だぁっ!!」



 間一髪で信太郎はその一撃を手刀で防ぐ。

 そのままナイフを素手で握りつぶすと、裏拳をアリスの腹に叩き込む。

 ぶっ飛ばされるアリスだが、彼女もタダではやられなかった。

 攻撃を受けた瞬間、信太郎の利き腕に隠し持ったナイフを突き刺したのだ。

 殴り飛ばされ、森へと叩き込まれるアリスを背に信太郎は走る。



「間に合え!!」



 右腕に刺さったナイフを乱暴に引き抜くと、信太郎は大地を踏み砕き、マリの上空へと跳んだ。


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