第20話 鬼の大軍3 


「おい! バカなことやってる場合か!? 近づいてきたぞ!」



 兵士の悲鳴に視線を向けると、300~400体ほどの鬼族が駆けてきていた。

 当然ながらその部隊の真ん中にはカウンタースペルを維持したシャーマンたちが見える。

 雄たけびを上げて進軍してくる鬼族の迫力に呑まれたのか、兵士たちは声にならない悲鳴を漏らす。

 見かねたエアリスが自信満々な様子で小向の肩から飛び立った。



「どうやらワタシの出番のようね! 子ブタ、魔力を渡しなさい! アンタに本物の魔法ってやつを見せてあげるわ」


「了解っす!!」



 小向がエアリスへと魔力を注ぎ込むと、彼女の周囲に大気の渦が巻く。

 それは少しずつ大きくなると、嵐となって大気を揺さぶる。

 風の力は収束し、巨大な竜巻となっていく。

 その暴威に思わず恐れ知らずの鬼族たちも進軍を止めてしまう。



「これが風の極大魔法の中で最高火力を誇るワタシの切り札……『サイクロン・ディザスター』!!」




 エアリスの掛け声と共に直径数百メートルの竜巻が発生し、唸りを上げる。

 まるで生きているかのように動き、進路上のあらゆるモノを引き裂き、バラバラにして宙へ巻き上げていく。

 まさに人の手に負えない天災だ。

 屈強な鬼族は抗うことさえできずに、風に吹かれた砂山のように崩れ去った。



「……なんという威力だ」

「これが上位精霊……」



 ソルダートたちは唖然とする。

 とんでもない威力だ。

 もしあの一撃がこの都市に放たれたらひとたまりもないだろう。

 彼らは上位精霊の恐ろしさを再認識した。



(だが、今の彼女は我らの味方だ! この戦、勝てるぞ!!)



 ソルダートの期待の視線に気づいたエアリスは不敵に笑う。

 そして一言、呟いた。



「ふっ……。もう限界みたいね。あとは任せたわ」


「……は?」



 どういうことかと言葉をなくすソルダート。

 するとマリが恐る恐るといった様子で口を開いた。



「えっと、もしかしてエアリスちゃん。今ので魔力切れ?」


「……ふっ。少し張り切りすぎたわね」



 場に何とも言えない雰囲気が満ちる。

 エアリスは少し気まずそうだ。

 敵の一部を壊滅させたが、少なくとも残り1500体はいる。



(いや、戦わずに敵の数が減っただけ儲けものと考えるべきだ!)



 敵の士気もこれで下がるはずだ。

 そうポジティブに考えようとしていたソルダートの耳に小向の声が届く。



「あの~エアリスさん。もっと消費魔力低めで範囲狭い極大魔法あったっすよね?」


「はぁ? あるけどそれじゃ壊滅できないじゃない!」



 エアリスはジト目で小向を睨む。

 「アンタバカなの?」と言いたげな目つきだ。



「いや、シャーマンさえ倒せば魔法をかき消すやつ使えないわけだから。 

 ほら、消費魔力の少ない極大魔法をピンポイントでぶち込めばこんなに消耗しなかったんじゃないっすか?」


「……子ブタ、あんた頭良いじゃない」



 小向の指摘にエアリスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 それを聞いたソルダートは驚きの声を上げた。



「ちょっと待ってくれ! ちゃんと考えて魔法撃てばまだ余裕があったということか?」


「……ワタシとしたことが迂闊だったわ」



 ソルダートとガンマは頭を抱えた。

 うまく魔力を使えば無傷で勝てる戦だったのだし、この反応も当然だろう。



「す、すいません! 兵長さん!」


「いや、いいんだ少年よ。その、精霊はだいたいこんな感じだから」



 謝る小向に兵長は遠い目をして答えた。

 そう、精霊は良くも悪くもあまり物事を考えずに行動するところがある。

 そのことをソルダートは失念していた。



「それどういう意味よ! ワタシがバカってこと!?」



 ソルダートの言葉に顔を真っ赤にして怒るエアリスが飛び掛かろうとする。

 慌てた小向は背後からエアリスの体に飛びつく。



「エ、エアリスさん! だめっすよ!」



 図らずも小向の両手はエアリスの胸の辺りを鷲掴みにする。

 もっとも小向本人はそこがエアリスの胸だと気づいていない。

 なにせエアリスは絶壁で寸胴な幼児体型だからだ。

 顔を羞恥で真っ赤にしたエアリスが叫ぶ。



「子ブタァ!! ワタシの体をいやらしく触るんじゃないわよ! このド変態!!」


「え? シルフィさんの体にやらしい所ないんで大丈夫ッスよ」


「子ブタァァッ!!!!」



 ブチぎれたエアリスはキョトンとした様子の小向に本気のドロップキックを放った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る