第19話 鬼の大軍2
小高い丘からは広大な草原が広がっている。
水気を含んだ草は降り注ぐ日差しの中でとても鮮やかで美しい。
そんな美しい光景を踏み荒らすモノがいた。
2000を超える鬼族の軍勢だ。
彼らは城塞都市のすぐそばに布陣していた。
オーク族の戦士が200程、残り1800がゴブリンだ。
鬼族は何かを待っているようで静かに整列していた。
突如、爆音が響き、都市の城門が崩れていく。
その時初めて鬼の大軍は動きを見せた。
大軍の中央には一際体の大きいゴブリンが崩れ落ちた城門を視認する。
この氏族を率いるゴブリン・ロードだ。
彼は脇に抱えていた鉄兜をかぶり直すと、背後を振り返る。
背後に小さな人影が一つ、そしてその人物にオーク族が跪いていた。
「うん。うまいこと門は崩れたねぇ」
赤いローブを身にまとう人物から幼い子供の声が響く。
とても華奢な体つきで、赤頭巾から見えるその顔はとても愛らしい少女だ。
だというのにゴブリン・ロードは少女を恐れ、オーク達は尊敬のまなざしで見上げている。
「じゃあ後は手筈通りにお願いね~」
少女の言葉にゴブリン・ロードとオークは恭しく平伏した。
◇
「撃て! 何をしている!? 近づかれる前に魔法で殲滅しろ!!」
市長の言葉を皮切りに数名の魔導士が詠唱を始めようとする。
ソルダートは市長の命令に従おうとした魔導士を慌てて止めた。
「ダメです、市長! シャーマンが魔法陣を組んでいます! おそらくカウンタースペルを展開しているはずです」
「なに? あの厄介なやつか!? 忌々しい!!」
市長は苛立たしげに唾を吐く。
シャーマン系の魔物は特殊な術を扱える。
それがカウンタースペルだ。
カウンタースペルには『魔法無効』と『魔法反射』の2種類が存在するが、魔法が苦手な鬼族ができるのはせいぜい『魔法無効』のみだ。
使い手の力量によって効果範囲や効果が大きく異なり、オーク程度のシャーマンなら上級魔法までしか無効にできない。
だがそれだけで十分なのだ。
上級以上、つまり極大魔法を扱える魔導士なぞ宮廷魔導士としてすぐにスカウトされ、宮廷の守備に回されてしまうからだ。
このような一都市に極大魔法の使い手などいるはずがない。
ソルダートは悔し気に歯噛みする。
彼の知る限り、この町に極大魔法を扱える魔導士はいない。
つまりオークという狂戦士相手に白兵戦をするしかないわけだ。
考えただけでぞっとする。
たとえ玉砕覚悟でオークを押さえ込んでも、1000を超えるゴブリンまでは手が回らない。
町を蹂躙される最悪の未来を想像し、ソルダートの体が恐怖で震えだす。
そんなソルダートにガンマが疑問を口にした。
「カウンタースペル? ソルダート、そいつは一体何だ?」
「……簡単に言えば上級魔法以下は全てかき消されるってことだ」
「あのぅ、それじゃ極大魔法はどうなんですか?」
信太郎の後ろから顔を出したマリが口を開く。
彼女の視線は小向とその肩に座るエアリスに向いている。
「極大魔法を扱えるのは宮廷魔導士レベルだぞ!? こんな所にいるはずがない!」
ソルダートは無知な者を見るような目つきで吐き捨てた。
信太郎たちは顔を見合わせると、そっと小向の背中を押す。
小向は少し緊張した顔つきだ。
「小向、出番だぞ。なーに、お前ならやれるって」
「太郎先輩……」
悩みなど無さそうな信太郎に肩を叩かれ、小向を胸を張って一歩踏み出した。
「僕、極大魔法使えるッスよ!」
「何をバカなことを……」
「ソルダート、そいつの言ってることは本当だ。疑うなら肩に乗った精霊を見ろ」
ガンマの取り成しで、ソルダートは小向の肩に座るエアリスの存在に気付く。
少しの間、困惑した様子で見つめていたが目を見開いて叫んだ。
「肉体を持つ精霊……? まさか上位精霊か!?」
精霊とは自然に宿る霊的な存在であり、本来は肉体を持たない。
極一部の例外として、強力な力を持つ精霊だけが肉体を形成できる。
それが上位精霊だ。
「すぐに気づけよ」
あきれた様子のガンマにソルダートは言いづらそうに呟いた。
「いや、肩に人形乗せたヤバい奴かと思って……」
「ええぇっ!?」
小向は素っ頓狂な声を上げる。
そんな目で見られていたとはとてもショックである。
小向が上位精霊と契約を交わしていたことに兵士たちが驚き、騒ぎ出す。
「バカな!? こんな小豚みたいなガキが上位精霊と契約!?」
「そんな! こんな平たい顔の冴えない奴が!?」
「お前らひどいぞ! 小向は小豚みたいな顔してるけどすげぇ良い奴なんだぞ!」
「信ちゃん先輩、泣いていいッスか?」
味方からのあんまりな扱いに小向は傷ついた様子で涙をにじませた。
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