第14話 鬼熊


「くそ! なんだって鬼熊がここに!?」



 城塞都市モリーゼに繋がる街道を一台の馬車が疾走していた。

 馬を駆るのは中年の商人、荷台には2人の冒険者が乗っている。

 服装から見て狩人と魔導士の青年だ。



 そんな馬車を追うのは一頭の獣。

 側頭部から捻じれた双角が生えた熊だ。

 頑丈な体格で頭が大きく、肩は筋肉がコブのように盛り上がっている。

 腕以外を赤茶色の毛が覆いつくし、その両腕は赤い甲殻で覆われ、まるで手甲をつけているかのようだ。

 この魔物の名を鬼熊という。



 雑食性なので魚、果実、魔物とどんな物でも食べる。

 もちろん人間も例外ではない。

 1度でも人を食べた鬼熊は人間を好んで襲う傾向があり、きわめて危険である。

 この鬼熊もおそらく人の味を知っているのだろう。



「きっと他の冒険者が打ち漏らしたんですよ! 僕らと会った時にはケガしてたし。縄張りを追われて餌を探して……」


「俺らと鉢合わせたってか? ついてねぇぜ!」



 鬼熊は矢のような速度で馬車に追いすがる。

 馬車に手をかけようとする度に魔導士が魔法を叩きこむが、僅かに怯む程度だ。

 肉体には傷一つ付かない。

 だがそれでもかまわない。

 城塞都市モリーゼまで持てばよいのだから。



「今ので魔力は打ち止めですよ!?」


「くそっ!」



 ついに魔導士の魔力が尽きる。

 だがそれは仕方ないことだろう。

 彼らは討伐部隊に参加し、魔物との戦いで足を骨折してしまった。

 命に別状はないが、これ以上の戦闘は無理だと判断され、補給物資を届けに来た商人の荷馬車に同乗させてもらい、城塞都市まで搬送される途中だったのだ。



「おっさん! この弓使っていいか!!」



 狩人が荷馬車の中にあった弓矢に飛びつく。

 なんの変哲もない木製の弓だ。



「それは動物用の弓矢ですよ! 効果あるんですか!?」


「やってみなきゃ分かんねーだろうが!」



 狩人の青年は鬼熊の頭へ矢を当てるが、ただの弓矢では無理だ。

 魔物を弓矢で仕留めるには矢が槍のような巨大弓か、魔法が付与された魔弓でなければ効果は薄い。

 狩人の青年が持っていた巨大弓は昨日の戦いで壊れてしまって使えない。



「くそが!! こっち来るんじゃねぇ!」



 無駄と知りつつも狩人は矢の雨を降らせる。

 頭に降り注ぐ矢を物ともせずに、直進する鬼熊の剛腕がついに馬車を捉えた。



「ぐぅっ!?」

「うわああぁっ!?」

「ひいいぃぃっ!!!」



 丸太のような一撃に馬車は横転し、3人は宙へ投げ出される。

 狩人は空中で身を捻って着地するが、折れた足に衝撃が伝わり、ほんの一瞬だけ鬼熊から意識が逸れてしまう。

 その隙を鬼熊は見逃さない。

 起き上がった狩人の顔に剛腕が迫る。

 とっさに腰元から引き抜いた狩猟ナイフを盾にして防ぐ。



「ぐがっ!?」



 そんな物で防げるほど鬼熊の攻撃は軽くない。

 ナイフは根元から折れて、狩人は吹っ飛ばされる。



「ちっくしょう! 死んでたまるか……!!」



 眩暈を起こし、ふらつきながら狩人は頭を上げる。

 そして目の前に立つ鬼熊と目が合った。

 よろめく狩人を地面に押し倒し、鋭い牙が並んだ口を開く。

 そして狩人の肩の肉を食いちぎる。



「がああぁっ!?」


 必死に暴れる狩人だが、力の差は歴然だ。



(こ、このまま食われるのか!?)



 狩人が絶望した瞬間だった。

 風切り音と共に鬼熊の脇腹に氷の槍が命中したのは。




 ◇



「マリ、ナイスショット!」



 マリを背負って走る太郎の目には氷の槍が刺さった熊の姿があった。

 彼女の氷魔法『フロスト・ランス』が脇腹に命中したのだ。



 奇襲に驚き、苦しむ鬼熊。

 太郎は一瞬で距離を詰めると、狩人に馬乗りになった鬼熊へと蹴りを放つ

 その4メートルの巨体が嘘のように、鬼熊は小石のように吹っ飛ばされていく。



「お? よかった! 大丈夫そーだな!」


「ああ、助かった。ありが……」



 礼を言おうとした狩人は目が点になった。



(なんだこいつらは?)



 ――なんでこいつは女を背負っているんだ?

   見た感じケガはなく、元気そうなのに。

   しかもこの女、なんか興奮してないか?

 

 顔は可愛いのに、変質者のような顔をしている少女を見て、狩人はある噂を思い出した。

 城塞都市モリーゼに強いけど、すごく変な冒険者パーティがいるというものだ。

 あり得ないくらい強いけど、あり得ないほどバカな冒険者。

 可愛いけど趣味の悪い凄腕の女魔導士。


(そうか! こいつらが噂の……!)



 信太郎の背中からマリが飛び降り、彼女の豊かな双丘が大きく弾む。

 それを見た狩人の視線がマリの胸元に釘付けとなり、思考が中断される。

 狩人の視線に気づいたのか、マリは胸を隠すようにそっと手で覆った。



「なあ、ちょっと聞きてーんだけどさ」



 信太郎の質問に、慌てて狩人はマリの胸元から視線を剥がす。



「んん!? な、なんだ?」


「あれって食えるのか? 見た目熊っぽいけど」


「え? ああ、食えるぞ。この辺に住んでる鬼熊はタラスクの森の食材を食べてるから、かなり美味かったはず。血抜きすれば臭みもないし……」


「マジで!? やったぜ! おかず一品ゲットだぜ!」



 狩人の言葉に信太郎は歓喜する。

 もう彼には鬼熊は肉の塊にしか見えてないようだ。

 信太郎は鬼熊ににじり寄る。

 その時だった。

 鬼熊は素早く反転すると、一目散に逃げ出したのだ。



「げぇっ!? 俺のおかずが!?」


「う、嘘だろ。鬼熊が逃げた……?」



 鬼熊は強い魔物だが、基本的に臆病だ。

 勝てないと判断した敵とは戦わずに逃げだすのは珍しいことではない。

 この鬼熊は信太郎に宿るベヒーモスの力に恐れをなしたのだ。



「うおぉっ!! 逃がすかぁ!」


「ちょっと信ちゃん!?」



 必死で逃げる鬼熊だがあっさりと追いつかれてしまう。

 信太郎は鬼熊に組み付いて頭上に持ち上げると、鬼熊を逆さまにする。

 信太郎が繰り出した垂直落下式パワーボムによって、鬼熊の頭を硬い岩へと叩きこまれた。




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