第15話 鬼熊肉の調理


「ふむ、今度は鬼熊の肉か」


「ああ、頼んだぜ。おっちゃん!」



 ここは信太郎たちが宿泊している宿、『常緑の大樹亭』の調理場だ。

 信太郎は料理長のトニオの元に食材を持ち込んでいた。



 常緑の大樹亭。

 城塞都市モリーゼの宿で一番の冒険者向けな宿を一つ上げろと言われれば、誰もがここを選ぶだろう。

 町一番の料理人が働くこの宿は食事が美味しく、部屋も清潔に保たれている。

 他にも持ち込んだ食材で料理を作ってくれる嬉しいサービスも人気だ。

 しかもこの宿の客専用の大浴場まである。

 現代日本人の信太郎たちの目から見ても合格点な宿だ。

 その分宿泊費もかなり高いが。



「良い鮮度だ、悪くない。あとは任せろ」



 トニオはそういうと、保存庫から食材をチェックする。



(今ある食材で素材の味を生かした料理は……鬼熊肉のスープに熊ロースの焼肉だな)



 少し悩んだトニオが取り出した食材はネギに根菜類、特産キノコ、乾燥昆布。

 さらに作り置きした秘伝のソースが入った容器を取り出す。



(まずは熊肉のスープからつくるか)



 熊肉のスープ。

 熊の脂はあっさりしていて、ほのかに甘い。

 常温でも溶けそうな脂肪がのった熊肉を口に入れると、脂の甘みがじわりと広がってくるのだ。

 味を思い出し、トニオはごくりと唾をのむ。



(ネギや根菜類、特産キノコ、出汁は昆布でとろう)



 鬼熊の肉は熱を通すと少し硬くなってしまうため、スープを作るならネギや根菜と煮込んで柔らかくする必要がある。

 乾燥昆布は海辺の町から仕入れた食材だ。

 色々試したが鬼熊の肉にはこの出汁が一番合う。



「む? どうした」



 視線を感じたトニオが振り返ると、信太郎が指をくわえて肉を見つめていた。



「おっちゃん、俺も手伝うぞ! みんな部屋で休んでて暇だし」



 少し悩んだが鬼熊の肉を切るのはトニオでも一苦労だ。

 この馬鹿力の少年に頼んでもよいだろう。



「分かった。まず一口大に肉を切ってくれ。多めに作るから50切れほど頼む」


「任せろ!」



 太郎は肉に飛びつくと、鼻歌交じりに包丁を手に取る。

 そして柔らかいバターでも切るかのようにスイスイと切り分けていく。

 恐ろしい怪力だ。

 この調子ならすぐ終わるだろう。



 トニオは大きな鍋に水を張り、根菜類と乾燥昆布を投入し出汁を取る。

 鍋が沸騰してきたら昆布を取り出すのがポイントだ。

 別の鍋に鬼熊の脂を投入し、加熱した鍋の底全体に広がらせる。

 加熱された鬼熊の脂はすぐに溶けていく。



「おっちゃん! 終わったぞ」


「早いな。こっちに持ってきてくれ」



 トニオが視線を向けると、ちょうど肉が切り分けられたところだった。

 信太郎から肉を受け取り、鍋に熊肉を投入する。

 特産キノコやネギを一口大に切って投入し、肉と一緒に火を通していく。



 ここで昆布の出し汁を投入。

 隠し味の秘伝ソースを加え、刻んだハーブを出汁にさっと通す。

 これで肉の臭みは気にならない。

 あとは2時間沸騰しないように煮込むだけ。

 ずっとアクを取り続ければ、澄んだ金色の出汁が出るはずだ。



「なぁ、おっちゃん。その黒っぽいソースいい匂いするぞ! どうやって作るんだ?」


「トップシークレットだ。教えられんな。これは時間がかかるから、次の料理を作るぞ」



 トニオは見習い料理人にアク取りを任せるとフライパンを手に取る。

 先ほどから信太郎の腹の音が鳴っている。



(急がねば)



 このままでは信太郎は生で肉を食べ始めるだろう。

 以前見たから間違いない。

 あれはとてもワイルドな食べ方だった。

 料理人として客にそんな真似は二度とさせられない。

 この宿は客に生肉を出すのかと、そう噂されるのは絶対に避けたい。



 熊ロースの焼肉を選んだのは早く作れるからだ。

 しかし、いくら状態が良い肉といってもそのまま焼けば獣肉の臭みがする。

 それを防ぐために刻んだハーブを塗りこんでいく。

 基本的な味付けには塩コショウで十分だろう。

 熊肉のほのかな脂肪の甘味を活かすためだ。 



「すぐにできるぞ。だからその生肉から手を放せ」


「お? バレたか」



 トニオは信太郎の手から生肉をそっと取り上げた。



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