第13話 牙を剥く世界2
兵士達は魔物の死骸を一か所に集め、マリはその死体の山を魔法で焼却していた。
この世界では適切に供養しない、あるいは焼却しなかった死体はアンデッドとして甦ってしまう。
それを防ぐための処置らしい。
「ふぅ~! 暑いなぁ……」
焼却の余熱はすさまじく、すでにマリは汗だくだ。
汗で濡れる少女の白い肌に、悩まし気な息を吐き出す唇はとても色っぽい。
たまらずに汗を拭きとろうとマリはハンカチを谷間に押し入れると、迫力のある双丘が白い布地越しにたぷんと揺れる。
盛り上がる二つのふくらみに、兵士達の視線が吸い寄せられる。
好色な視線に気づき、マリが軽蔑したようにジロリと睨みつけると、兵士たちはわざとらしく咳払いをしてごまかした
◇
「マリ遅ぇな……腹減ったのによー」
遅れてたどり着いた救援部隊が防壁を修復しているのを、信太郎はぼんやりと眺めていた。お腹がすいたのかすでに腹の虫が泣いている。
魔王襲来の知らせから3ヵ月が経過していた。
各地では魔王の影響で凶暴化した魔物によって被害が出ている。
とても手が足りず、信太郎たちはペアを組んで討伐にあたることに決めた。
マリ以外の仲間も今頃は他の町で活動しているはずだ。
「シンタロー殿!」
「お?」
名前を呼ばれて振り返ると、途中まで一緒だった救援部隊の隊長が近づいてきていた。
彼は走竜と呼ばれる生物に騎乗している。
走竜。
それは翼の無い地竜の一種で、馬数頭分の力とスタミナをもっている。
外見は体高2メートルほどの肉食恐竜に近い。
隊長を乗せた走竜は信太郎の3メートル手前で立ち止まると、それ以上近づこうとしない。どうやら信太郎に宿るベヒーモスの力に怯えているようだ。
「シンタロー殿。貴殿にはまた助けられた」
「気にすんなよ! えっと、……隊長」
彼の名前はまだ覚えていない。
名前何だっけとかさすがの信太郎も聞きづらいようだ。
もう三回も名前を聞いたというのに。
「まさか貴殿が走竜より速いとは!」
「おう、鍛えてるからな!」
移動中に、緊急の狼煙が見えた信太郎はマリを背負って走ったのだ。
そうしなければこの町も手遅れだったので、信太郎もよい判断だったと自負している。もっとも提案したのはマリだったが。
ちなみにマリは移動中、信太郎のうなじに顔を埋め、興奮のあまり変顔していた。
百年の恋も覚める顔を見られなかったのはマリにとって幸運なことだったろう。
「おかげで町は救われました。お疲れでしょう? 馬車を用意したのでマリさんとお帰り下さい。この後は我らにお任せを!」
「おう! 任せた」
隊長はそういうと防壁修復の陣頭指揮に戻って行った。
それを見送る信太郎の視界にマリが駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら魔物の焼却処分が終わったようだ。
「お疲れ! マリ」
「信ちゃんもお疲れ。それじゃ帰ろうか」
信太郎はマリと並んで歩いていく。
珍しく無言だ。
2人の視線は防壁の前で修復中の作業員に注がれている。
彼らはせわしなく動き、修復を急いでいる。
この状態で襲われればひとたまりもないからだ。
「あ、あの!」
門の傍まで歩いていると突然声をかけられた。
何事かと振り返りると、声の主は幼い少女を連れた少年だった。
「えっと、お礼を言いたくって! 妹と母さんを助けてくれてありがとう!」
「お? 妹?」
信太郎は少年が連れた幼女を見つめる。
どこかで見たような気がするがどこだったろうか。
思い出そうと信太郎は記憶を辿る。
「お! さっき牛の化け物に襲われそうになってた親子か?」
まったく頼りにならない記憶力だが、今回ばかりは仕事をしたようだ。
マリは驚きで絶句する。
頭脳までベヒーモス並みになってしまった信太郎にしては珍しいことだからだ。
何度も行動を共にしている、救援部隊の隊長の名前すら覚えていないというのに。
「うん、母さんも妹もケガ一つないよ。母さんは復旧作業の手伝いに行っててこれなかったけど代わりにお礼が言いたくて。ほら、お前もお礼言いなって!」
「ありがとぉ!」
兄に急かされて幼女は舌っ足らずにお礼をいう。
「いいってことよ! 子供を守るのは大人の役目ってやつだぜ」
少年はドヤ顔の信太郎にもう一度お礼をいうと、妹の手を引いて修復中の防壁へと戻っていった。作業を手伝いにいくらしい。
兄に手を引かれながら妹はこちらに向かって笑顔で手を振ってくる。
そんな彼女へとマリは手を振り返し、そして一言呟いた。
「……今回は救えたね」
「ああ!」
信太郎とマリは小さく微笑んだ。
あの日から世界は一変した。
穏やかな日常から戦時中であるかのように。
救援活動は今回が初めてではなく、取り零した命も多い。
だがそれでも、今だけは救えたことを喜ぼう。
心配そうな顔つきで気遣ってくれる信太郎を見て、マリはそう思った。
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