第11話 新たな脅威


「信ちゃん! 大丈夫!?」


「……死ぬかと思ったぜ」



 泳いで川を渡った信太郎は周囲が驚くほど疲弊していた。

 嗅覚もチート級なのが災いしたようだ。

 信太郎はマリに膝枕された状態でぐったりとしている。

 薫は具合の悪そうな信太郎に近づくと、しゃがみこんで視線を合わせた。



「おかげで助かったよ。まぁ、別に助けてくれって頼んでないけど」


「何お前、ツンデレなの? キモいわ。それで彼らは薫の仲間か?」



 礼を言う薫の背後から痩せた男が声をかける。

 黒ローブ姿のその男はまるでゲームに出てくる呪術師のようだ。



「ああ。みんなに紹介するよ。こっちの痩せていて中二病みたいな、クソダサい恰好の男がガンマで、こっちの革鎧着た人の言葉を話せるゴリラがマモルだ」


「なあ、コイツ口悪いんだけどいつもこうなのか?」

「それとも俺たちだけか?」



 苛立った様子のガンマとマモルが空見に視線を向ける。



「すいません! 薫、お前なぁ……」


「事実だろ」



 そういうと薫は胸ポケットからタバコを取り出すと、手慣れた様子で火をつけて一服する。

 そして無言でガンマ達にタバコを投げ渡した。

 2人もポケットからオイルライターを取り出して火をつけると、タバコの煙を深く吸い込んだ。



「くぅ~! たまらん! タバコうめぇ!」


「薫がタバコ持ってなかったら何度かケンカになってるよな、俺ら」



 タバコで一服すると3人は憑き物が落ちたように朗らかな顔つきになる。

 どうやらヤニが切れて苛ついていただけだったようだ。



「あ、悪いね。しばらく吸う暇なくて我慢できなかったんだ。

 俺たちは3日前に他の城塞都市から来たんだ。君らと同じ転移者さ」



 スパスパとタバコを吸い続ける薫やマモルに代わってガンマが口を開く。



「他の所から? 何かあったんですか?」



 何か理由でもあるのだろうかとマリが尋ねる。



「ああ、俺らと一緒に転移した奴らにとんでもねぇクズ野郎がいてな。

 奴らのせいで町に居づらくなったのさ」


「能力の悪用とかっすか?」


「その通りだよ。俺の能力は『七つの魔眼』。

 その中に“鑑定の魔眼”ってのがあってな。他人の能力を見抜けるのさ」



 ガンマが目を見開くと瞳の色が黒から蒼に変わっていた。

 なんらかの魔眼を使ったらしい。

 身構えるマリや空見に対し、敵意がないことをアピールするかのように両手を上げる。



「すまん。ヤバい能力者じゃないか確認したかったんだ。

 君らに伝えたいことがあるんだ。他の転移者に会えたら彼らにも伝えてくれ。

 洗脳系と催眠系の転移者が能力を悪用してるって」



 ガンマは素直に頭を下げると、真剣な表情で語りだした。




 ◇


 ガンマがこの世界に転移した時、3人の男と一緒だった。

 石井マモルと粕森、葛谷の3人だ。

 簡単な自己紹介を終えて、「お互いに能力を明かして協力しようぜ」とガンマはそう切り出した。



「お前アホか?」


「は? どういう意味だ」


「能力は俺たちの生命線だぜ? 簡単に明かしちゃ危ねえだろが。

 俺は1人でやらせてもらうぜ」


「あ、俺も1人でやるわ。むさい男と組んでられねーし」



 葛谷と粕森はそういうと遠くに見える町へと歩いていった。

 その時、ガンマはあまり疑問に感じなかった。

 確かにそういう考え方もあるかと自分を納得させた。

「一緒に組もうぜ」と言ってくれた転移者の石井マモルとはすぐに仲良くなった。

 愛煙家で同じ大学だったなど共通点が多かったおかげだろう。



 マモルと共にギルドで冒険者として活動している時、何度か葛谷や粕森を見かけることがあった。

 1人でやるといったのだ。

 かなり強力な能力を手に入れたのだろう。

 そう思っていたが2人は全く依頼をこなしている様子はなかった。



 葛谷は品定めでもするような視線で冒険者達を見つめ、粕森は毎日違う高ランク冒険者へと声をかけていた。

 すれ違った時に確認すると粕森の冒険者プレートは最下級の青銅のままだった。

 高ランク冒険者が青銅級の冒険者と組むはずがなく、いつも迷惑そうに追い払われていた。



 不審に思ったが何か事情でもあるのかもしれない、助けが必要なら向こうから来るだろうとスルーしてしまった。

 あの時に“鑑定の魔眼”を使っていればあの事件は避けられたかもしれない。

 今はそのことを心から後悔している。



 数日後に再会した時、彼らは高ランク冒険者の仲間になっていた。

 特に粕森はなんと銀等級のパーティに加入していた。

 あれほど邪険にされていたというのに、やけに仲が良さそうだった。

 そして会う度に彼らの勢力は増えていき、そのパーティメンバーの誰もが粕森や葛谷に忠実な臣下のようだった。



 さすがにおかしいと思ったガンマは“鑑定の魔眼”で彼らを調べ、そして驚愕した。


 『粕森 星夜』 

 洗脳系能力者:あらゆる生物を洗脳し、自分に忠実な部下にできる

        ただし転移者や転生者、英雄には無効


 『葛谷 真』

 催眠系能力者:あらゆる生物の認識を歪め、操れる

        即効性はないが転移者や転生者、英雄にも有効



 ガンマ達はすぐにこの事をギルドに報告した。

 この国では人の心を操る魔道具や術の行使は重罪とされている。

 ギルドも彼らの様子に異常を感じていたようで、すぐに確認に動いてくれた。

 だがそれはあまりに遅すぎた。



 葛谷は催眠能力を悪用し、定期的にギルド職員から情報を抜き出していたのだ。

 ギルドの動きに気付いた葛谷はすぐに姿をくらませた。

 どうやらいつでも脱出できるように準備していたらしい。



 逆に粕森の方は完全に無警戒で冒険者ギルドへやって来て、待ち構えていた高ランク冒険者にあっさりと取り囲まれた。

 粕森の洗脳した冒険者は手練れ揃いだが、依頼を受けた冒険者は格上の金ランクだ。

 戦いは一方的で、すぐに終わるかと思われた。



 洗脳した仲間の多くが倒され、命の危機を感じた粕森は最悪な手段を使ってしまった。彼は町全体を覆うように能力を使ったのだ。

 その結果、洗脳された街の”とある人々”は、狂戦士のように暴れ狂う。

 さすがに町一つ覆ったせいか力は分散され、精神力の弱いものしか洗脳できなかったが。



 だがそれが逆に冒険者や兵士を苦しめることとなる。

 精神力の弱い者、つまり幼い女子供や老人が狂ったようにお互いに殺し合いながら、冒険者ギルドへと雪崩込んで来たからだ。



 いかに高ランクな冒険者でも町中で起きる暴徒に対応できるはずがない。

 しかも相手の多くは幼い女子供だ。

 ようやく混乱を収めた時にはおぞましい程の死体の山が築かれていた。




 誰もが呆けた様子で突っ立っていた。

 それも仕方ないことだろう。

 多くの修羅場を潜ってきた冒険者でもここまでの惨劇は見たことがないのだから。



 平和で活気のあった町が今では見る影もない。

 辺り一面が真っ赤に染まり、大通りには所狭しと死体の山が積まれている。

 死体のすべては悪鬼のような形相だ。

 その中にはガンマやマモルの見知った顔もいくらか混じっていた。



 それは小さい露店のおじさんで、よくサービスしてくれた人だった。

 息子が結婚したと、孫が出来たと嬉しそうに話していたのをよく覚えている。

 今、彼の首には包丁が根元まで突き刺さっている。

 抱き合うように死んでいるのは彼の奥さんだ。

 肩から胸にかけて斧で断ち切られていて、斧の柄の部分を握っているのはおじさんだ。

 おそらく狂わされてお互いに殺しあったのだろう。



 彼らの息子夫婦は逃げられたのだろうか。

 祈るような気持ちでガンマは周囲を見渡すが、すぐに目を閉じた。

 視たくない光景が見えたからだ。



 この日、生まれて初めてガンマは人を殺したいと思った。

 そして町の惨状を目に焼き付け、恩人たちの死体の前で誓ったのだ。

 あの男だけは絶対に地獄へ叩き込んでやると。




 ◇


 時刻は昼過ぎといったところだろうか。

 城塞都市モリーゼの城門へと一台の馬車が近づいていく。

 馬車の中にいるのは信太郎達だ。

 未だに具合の悪い信太郎はマリに膝枕をしてもらい、眠り込んでいる。



 マリの表情は暗い。

 とんでもないことをやらかした転移者の話を聞いたからだ。

 すでに軍やギルドでは粕森と葛谷には指名手配されて、人相書きも出回っているらしい。

 マリの脳裏にふと町を出る前のことが思い浮かんだ。

 商人たちが兵士たちに詰め寄り、何かを聞き出そうとしていたことを。



(やけにピリピリしていたのはこの事件のせいかも? とりあえず町に帰ったら人相書きをチェックしなきゃ!)



 マリが気分を切り替えるように深呼吸すると、おもむろに空見が口を開いた。



「小向君にマリさん。いまガンマ君と話していたんだけど、僕らは一緒に行動した方がいいと思うんだ。魔王襲来までもう2年しかないんだから」


「いいっすね!」


「賛成です! お二人ともよろしくお願いしますね」


「俺が来たからにはもう安心だ。バリアでみんな守ってやるぜ!

 なあ、ガンマ!……ん?どうした?」



 バリア使いのマモルの声にガンマは反応していない。

 驚いて声も出ない様子で目を見開いている。

 瞳の色が変色していることから魔眼を使っているのだろう。



「馬鹿な……!早すぎる」


「ガンマ、どうした? その目は千里眼だったか。何を見たんだ?」



 様子のおかしいガンマの肩を、マモルは心配そうに揺さぶる。

 そんな一行の乗る馬車は城門にたどり着くが様子がおかしい。

 やけに町が騒がしいのだ。

 まるでハチの巣でも突いたかのように。



「何かあったんすかね?」


「聞いてみよう」


 小向と空見が馬車の幌から飛び出し、城門で怒鳴りあう兵士たちに近づく。



「おい! 本当なのか!?」


「間違いない! 確認が取れた!」


(なんだ?一体何を言って……)



 次の瞬間、訝しげな表情を浮かべる空見の耳に衝撃的な言葉が飛び込んできた。



「じゃあ本当に……」


「ああ! 魔王が攻め込んで来やがった!!」




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