第10話 VSゴブリン部隊


「凄いっすね、この森」


「ああ、こんな良い所中々ないよ」


「景色もきれいでピクニックとかしたいですね」


「住みてぇくらいだな!」


「アンタたち、気を引き締めなさいっての」



 のほほんと森を見渡す信太郎たちにエアリスのツッコミが入る。

 信太郎たちはエアリスのガイドで森の奥深くへと来ていた。

 その間、何度も迂回はしたが一度も戦闘にはなっていない。

 エアリスとマリのおかげだ。

 彼女たちは無駄な戦闘を避けるため、あるコンボを生み出していた。



 マリの幻影魔法『イリュージョン・ベール』で敵の視覚を誤魔化し、エアリスの無音魔法『サイレント』で自分たちの出した音だけを消す。

 このおかげで多くの見回りのゴブリン部隊をやり過ごすことができた。



「この状態でゴブリンに奇襲しかけた方がいいのでは?」という空見の意見をエアリスは却下した。

 かなり繊細な魔力操作が必要らしく、接触されるか、術者が他の魔法を使おうとすると解けてしまうらしい。

 


 薫を見つけるまでは無駄な戦闘をすべきじゃないし、わざわざゴブリンの警戒度を上げる必要もないだろう。

 それ以外にも、エアリスはこの森で戦いを避けたい理由があったのだが。

 考え込むエアリスの耳に聞き覚えのない音が聞こえた。



「今の音って銃声っすよね」

「薫だ!」


 この辺りで銃を持っているのは薫しかいない。

 信太郎たちは銃声が聞こえた方へと走り出した。




 ◇


 ひっきりなしに響く銃声を頼りに走ると、少し開けた場所に出た。

 大きな川が森の中を突っ切るように流れていて、その向こう岸でゴブリンたちが何かと争っているのが分かる。

 遠目で分かりづらいが、視力5.0を超える信太郎の目には、複数の冒険者たちの中に薫がいるのがはっきり見えた。




「間違いねぇ! 薫の兄ぃちゃんだ!」


「小向君! マリさん! 魔法で援護を……!」



 友の危機に空見が悲鳴のような声を上げる。


「任せて下さい! 小向君、いくよ」


「了解っすよ! 魔法でゴブリン吹き飛ばしてやるっす!」



 マリと小向は上級魔法を打ち込もうとするが、エアリスに制止される。



「攻撃魔法は使っちゃダメ!」


「な、なんでっすか?」


「さっきここの精霊に聞いたけど、この森に住む大精霊ヤバいらしいの。

 下手に魔法使って森を破壊したら危ないわ!」



 気配から察するに、この森に住む大精霊はエアリスと同格だ。

 彼は自分の住処を人とゴブリンの争いの場にされ、かなり苛立っているらしい。

 ピリピリとした気配から我慢の限界は近そうだ。



「じゃあどうするんすか!? このデカい川渡るの時間かかるんじゃ……」


「大丈夫よ。おバカ……じゃなかった。シンタロー、アンタの出番よ」


「お?」




 ◇


「不味いぞ! どんどん集まってくる。大丈夫なのか!?」


「大丈夫さ! 俺のバリアがある。もう少し時間をかければガンマの魔眼で一網打尽にできる」



 ゴキブリのように至る所から現れるゴブリンに薫はキレ気味だ。

 銃弾をお見舞いしているが、減るよりも加勢してくるゴブリンの方が多い。

 そんな薫を元気つけようとするのはガタイの良い男だ。

 彼の名はマモル。

 信太郎たちと同じ転移者だ。

 黄色のガチャを引いた彼の能力は『バリア』。

 その名の通り防御系の能力であり、先ほどからゴブリンの猛攻を防げているのは彼のおかげだ。



「あと一時間で能力が使用可能になる! 何とかしのいでくれ!」


「バリアはそんなに持たんぞ!?」


「どうにかしろ、この中二病が!」


「うるせーよ! 能力の名前がそれっぽいだけだろうが!」



 薫の罵声にやせた男が叫び返す。

 彼も転移者で、名前はガンマという。

 マモルと同じ大学生で手に入れた能力は『七つの魔眼』。

 彼の能力は使用条件や一日の使用回数が決まっていて、後先考えずに使うとあっという間に不利になってしまう。

 今のこの状況のように。



(クソ! どうする? 川に飛び込むか? 流れは速いしどうにか……いや、ダメだ! ここはゴブリンの土地だ。絶対に先回りされる)



 必死に打開策を考えるガンマ。

 ふと気づくと敵の猛攻が急に止んでいた。



「攻めてこないな?」


「……もしや俺のバリア切れを狙ってるのか?」


「いや、何かを警戒しているみたいだよ」



 マモルにそういうと薫は油断なく辺りを見回す。

 戦闘音を聞きつけ、他の魔物が来たかもしれないと考えたのだ。

 その直後、凄まじい速さで何かが飛んできた。

 それはゴブリン部隊と薫たちの真ん中に轟音と共に着地し、周囲には土煙が舞う。



「うおっ!?」

「な、なんだ! 新手か!?」




 まるで戦車の砲弾が直撃したかのような衝撃だ。

 ゴブリン部隊と薫たちは武器を構えて土煙を注視する。

 そこから出てきたのはお気楽そうな表情の男だった。



「お! やっぱり薫の兄ちゃんだ。助けに来たぜ!」



「し、信太郎か?」



 信太郎が土煙から出てきたのが予想外だったのか薫は呆ける。

 そんな薫の耳にさらに聞き覚えのある声が響く。



「シン! 薫たちはワタシが守っとくわ! アンタは取り決め通り動きなさい!」


「おう!」



 エアリスが魔法で薫たちを保護するのを確認し、信太郎はゴブリンへと突撃する。

 川向こうに渡ったのは信太郎とエアリスのみだ。

 マリ達は幻影魔法『イリュージョン・ベール』で身を潜めている。

 信太郎が暴れている隙にエアリスがマリ達の元へと運ぶ手はずになっている。

 また、エアリスは信太郎に一つ注文を付けた。

 森は壊さず、ゴブリンだけブン殴りなさいと。



 一人で突っ込む信太郎を矢の雨が出迎えた。

 当然すべての矢にはたっぷりと毒が塗られている。

 僅かでも体内に入ればアウトである。

 普通の冒険者なら間違いなく怯む矢の雨へと信太郎は飛び込む。

 チート能力のおかげで信太郎の肉体強度はベヒーモス並みだ。

 ただの矢など通るわけがない。



 信太郎は森を壊さぬように気を付けながら、ゴブリンを殴り倒していく。

 剣に槍、投石や毒矢が体に叩き込まれるが、蚊の一刺しにも感じてないようだ。



 信太郎は「ゴブリンだけを殴る。森は壊しちゃダメだ」とブツブツ呟きながらゴブリンを殴り倒していく。

 そんな信太郎に恐怖したのか、ゴブリンたちは逃げ出した。

 追いかける必要はない。

 信太郎たちの目的は薫の救出であってゴブリンの殲滅ではないからだ。

 そのくらいは信太郎も分かっていたのだが……。



「おお!? か、体が勝手に……!? なんで俺追いかけてんだ?」



 なんと信太郎は背を向けて逃げ出したゴブリンを追いかけてしまった。

 これには信太郎自身も驚いていた。

 何故か追わねばならない気がしたのだ。



 肉食動物の中には背を向けるものを追う習性を持つ生き物もいる。

 実はベヒーモスもその習性を持っていた。

 己に宿るベヒーモスの習性のせいで、信太郎は本能のままに獲物を追いかけてしまったのだ。




 森の中に逃げ込んだゴブリンだが、ある場所で反転すると、槍を構えて一丸となって信太郎を待ち構えた。

 野生帰りした信太郎がそこに飛び込んだ瞬間。



「うおっ!?」



 信太郎の足元が崩れ落ちた。

 ゴブリンはこの森のあちこちに罠を仕掛けている。

 この落とし穴もその一つで、穴の底にびっしりと用意された槍が信太郎を出迎えた。

 予想以上にあっさりと引っかかったことにゴブリンも驚いているようだ。



 落とし穴から出ようとする信太郎の耳に風切り音が聞こえる。

 視線を上げると、先の尖った巨大な丸太が突っ込んでくるのが見えた。

 ゴブリンが丸太の罠が作動させたのだ。

 丸太が信太郎の頭に直撃し、森の中に重低音が響く。

 さすがにタダではすむまいとゴブリンリーダーは笑みを浮かべる。



「あ~びっくりした! アスレチックでこんなの見たなぁ!」


「グゴゴッ!?」



 無傷で穴から這い上がってきた信太郎を見てゴブリン達が驚愕する。

 それを見たゴブリンリーダーの判断は素早かった。

 腰の角笛を吹いて仲間に撤退の合図を出すと、特製の煙玉を投げつける。

 獣が嫌がる薬草をたっぷり含むこの煙玉は、ゴブリンが大型の魔物から逃げる時に愛用しているものだ。

 煙玉は信太郎の足元に落ちると大量の煙を吹きだす。



「お?なんだ……うおおぉっ!? くっせー! は、鼻がぁぁっ!?」



 信太郎の鼻が焼け付くように痛む。

 まるで熱く煮えた汚物とトウガラシを鼻に突っ込まれたようだ。

 悶え苦しむ信太郎を尻目に、ゴブリンは大量の煙に紛れて素早く撤退していく。



 ベヒーモス並みの肉体を持つ信太郎は嗅覚もチートで、そこらの犬より鋭い。

 信太郎にこの煙玉は効果抜群だったようだ。



 苦しむ信太郎は森の木々をなぎ倒しながら地面を転がっていく。

 煙から逃げ惑う信太郎だが、風下だったせいで煙に囲まれてしまう。

 そんな信太郎の視界に川が映りこむ。

 逃げ場を失った信太郎は、たまらず川の中に飛び込んだ。

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