第9話 ゴブリンが住まう土地


「薫はやっぱり戻ってきてないそうだ」



 エアリス加入から10日後の朝、空見が心配そうに頭を抱えていた。

 ゴブリン退治に行った薫が2日も行方不明なのだ。

 冒険者ギルドの職員とも話してみたが、生存の確率は低いだろうから覚悟はした方が良いと言われてしまった。



「薫ってこの前会った女顔のこと?」



 エアリスが果物を口いっぱいに頬張りながら嫌そうな顔をする。

 すでにエアリスと薫の顔合わせは済んでいる。

 もっとも皮肉屋で口調のキツイ薫とエアリスは反りが合わないようだが。



「捜索に行きたいんだ。みんな、協力してくれないか」


「いいぜ! 今日は薫の兄ちゃんの捜索だな!」

「了解っす」


「エアリスちゃんも協力してくれない?」


「え~」



 マリはエアリスの表情を伺う。

 彼女は定位置となった小向の肩で、ボロボロと果物の皮や汁をこぼしている。

 脂肪の付き方などの問題で、小向の肩が一番座り心地がいいらしい。

 小向は少し迷惑そうにしているが。



「エアリスちゃんの探知能力が必要なの」


「頼むよ、君の力が必要なんだ」


「お願いっす! エアリスさんしかできないことなんすよ」


「エーアリス! エーアリス!」


「しょうがないわね。このエアリス様に任せなさい!」



 煽てられて気分の良くなったエアリスはえっへんと胸を張る。

 どうやら信太郎たちはこの10日間でエアリスの扱い方を心得たようだった。




 ◇


 タラスクの森とは逆方向にある丘陵地帯。

 ゆるやかで小さな山がいくつも連なり、大きな川や湖が複雑に広がる土地だ。

 とても穏やかな場所で、ゴブリンに支配された土地とは思えない。



 馬車から降りた信太郎は大きく深呼吸した。

 青々とした草葉を風が撫で、森の香りを運んでくる。

 爽やかな気分になった信太郎だが、その視界に元気のないマリが映りこんだ。



「どーした、マリ? 馬車酔いか?」


「……ちょっと気になることがあって」



 マリは出発前に町で見た光景が気になっているようだった。

 必要な道具を揃えていた時に、商人たちが兵士に詰め寄っているのを見たのだ。

「あの噂は本当なのか」という商人に対し、兵士は「確認中だって言ってるだろう!」と苛立っていた。

 兵士や一部の商人たちがピリピリとしていて、マリにはそれが気がかりだった。

 自分の知らないところで大変なことが起きているような気がするのだ。



 ゆっくりと深呼吸して、マリは気持ちを切り替える。

 ここはゴブリンの根城、危険な場所なのだ。

 雑念に囚われていたら命を落とす。



「ゴブリン退治って面倒くさいのよね。さっきも説明したと思うけど油断しちゃだめよ?」



 気持ちを切り替えたマリの前で、エアリスは気怠そうに吐き捨てる。

 ゴブリンのしぶとさと厄介さを知る彼女はあまり乗り気じゃなさそうだ。

 エアリスは馬車の中で信太郎たちにゴブリンについて説明をしてくれたが、その厄介さを知ったせいかみんなの表情は硬い。

 理解してないのは信太郎くらいだろう。



 エアリスの説明によるとゴブリンは鬼族の中では最弱らしい。 

 身長1メートル前後で、一対一なら半人前の兵士でもどうにか倒せるほどだ。

 だがゴブリンが弱いだけの魔物ならとっくに絶滅している。

 彼らは自分の弱さを知っているからこそ、罠や策を用いて集団で敵を襲う。

 つまりゴブリンは戦術を使うのだ。



 武器や防具を装備し、リーダーの命令に従って一丸となって戦う。

 もちろん毒草や毒キノコから複数の毒を抽出し、武器や鏃に塗りこんでいる。

 非力でも獲物を仕留められる毒矢はゴブリンの最も好む武器だ。

 他にも大型の魔物をわざと怒らせ、そのまま人間の町や軍へ誘導することもあったらしい。



 そのため並みの冒険者は無策では絶対にゴブリンの領域に近づかない。

 まずゴブリンの巡回ルートを把握し、奇襲をかけて仲間を呼ばれる前に撤収する。それが一般的な冒険者のゴブリン狩りだ。



 強力な魔法で一気に殲滅する方法もあるが、ゴブリンが根城にしているのは豊かな森や山であり、そこは国の大事な収入源だ。

 大事な収入源を破壊されてはたまらないと、各国の領主は土地を破壊するような魔法を厳禁している。

 領主たちの目的はゴブリンの豊かな土地であって焼け野原ではないのだから。



「エアリスさんの説明聞くと、ゴブリンってまるで軍隊っすね」


「そう思った方がいいわ。あと子ブタ、マリ。ここで魔法使うときは気をつけなさい。火事なんか起こせば人どころか精霊の怒りを買うこともあるんだから」



 マリ達に一言注意すると周囲の下位精霊から念話で情報を集める。

 すぐにそれらしい人間を見かけたという精霊と交信に成功する。



「見かけたって場所を聞き出したわ。こっちよ」


「さすがエアリスちゃん」

「さすエア!」「さすエアっすね!」「さすエアさん!」


「さ、さすエアって何よ……? 褒めてるのよね?」



 困惑しつつもエアリスはその場所へと信太郎たちを先導した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る