第5話 初日の夜
「クソったれ!! 儲けがパーだ!」
「生きてるだけで儲けモンだろうが!」
「うるせえ!!」
冒険者のウィルは仲間と共に暗くなった森の中を駆け抜けていた。
荷物を捨てて必死に走ったおかげで霧鮫の追跡は撒けたようだ。
霧鮫。
それはタラスクが生み出した魔法生物だ。
満腹になるまで獲物を食い漁ると、その養分を主であるタラスクへと運ぶ習性を持っている。
単独での戦闘能力も高く、常に群れで行動するため、銀ランク以上の冒険者でも討伐を嫌がるほどだ。
そんな怪物からウィルが逃げ切れた理由はただ一つ。
霧鮫の生態と弱点を知っていたからだ。
霧鮫は霧から引きずり出されると途端に動きが鈍くなる性質を持つ。
それを知っていたウィルは新人の魔導士に風魔法で霧を散らさせたのだ。
上級魔法の連続使用で魔力が尽きたらしいが、そのおかげで逃げ切れた。
(あとで一杯おごってやるか)
振り返ったウィルだが、新人の魔導士は見当たらない。
死にそうな顔で後ろを走っていたはずなのだが。
(はぐれた? いや、走れなくなったのか? 手を焼かせるガキだ)
舌打ちするウィル。
森の出口はすぐだというのに。
前を走る相棒に一声かけようとした瞬間、相棒が急に減速した。
慌ててウィルも立ち止まる。
危うくぶつかるところだった。
「おい、相棒?」
「なぁ、ウィル。あれって……」
相棒が指さす先にはここ最近で見慣れたものがあった。
あの新人が祖父の形見だと大切にしていたミスリルのナイフだ。
赤く染まったナイフのそばに腕が転がっている。
胴体はおそらく空の上だろう。
先ほどから真っ赤な小雨が降り注いでいるから間違いない。
「……先回りされてたのか?」
「ハッ! コイツらにそんな頭あるかよ」
見上げた先には霧鮫の群れが優雅に空を泳いでいる。
月明りや星の光に照らされた霧鮫はまるで星空を泳いでいるかのようだ。
まだ食い足りないのか、その視線はウィル達から離れない。
どうやら逃がしてくれるつもりはなさそうだ。
「なぁ、ウィル」
「あ?」
「俺さ、お前と一緒に冒険出来て最高だったぜ」
「そいつは光栄だね! そんじゃ、相棒。準備はいいか?」
「おうよ! 俺たちの力を見せつけてやろうぜ」
ウィルは相棒と共に霧鮫の群れへと切り込んでいく。
それが彼らの最期の冒険となった。
◇
「思ったより綺麗な宿だね」
「だな」
あの後ギルドに戻った信太郎達は、先ほどの受付嬢にオススメの宿を聞いていくつか宿を教えてもらった。
ここもそのうちの一つで、紹介された中では一番安全で綺麗な宿らしい。
ただし宿代は高めで新人向けではないとのこと。
だが安全で衛生的な宿に泊まりたい一行は迷わずここに決めた。
今日のオーク討伐の謝礼金で数日は泊まれる計算だ。
なぜ信太郎とマリが同部屋なのか。
それは一部屋を人数分取るより安上がりという理由でマリがゴリ押ししたからだ。
地盤を固める前に子供ができるようなことはしないでよ、と空見に釘を刺されながらも手にした同部屋だ。
マリの鼻息はすでに荒い。
「じゃ、さっそく体拭くか!」
太郎は受付で貰ってきた風呂桶を二つ、机に置く。
中にはお湯がたっぷり入っている。
この宿は風呂付きではないので、お湯を貰って体を拭くことにしたのだ。
今日の戦闘でだいぶ汚れてしまった制服とシャツを脱ぎ捨てると、太郎の鍛え抜かれた筋肉が露わとなる。
「Oh、セクシー」
「え?」
「あっ、気にしないで」
「あ、ああ」
妙に鼻息の荒いマリを怪しみながら、信太郎はお湯で湿らせたタオルで体を拭っていく。
ポンコツ好きにして軽い筋肉フェチでもあるマリは、信太郎の裸体に興奮し、ゆっくりとにじり寄っていく。
妙な気配を出すマリに信太郎は困惑するが、すぐにあることに気付いた。
「どーしたんだ? マリは体拭かないのか……? ああ、悪い。オレ後ろ向くわ」
どうやら信太郎は、マリの様子がおかしいのは、自分が見ているせいで体を洗えないからだと勘違いしたようだ。
信太郎はマリに背を向け、パンツ一丁になる。
「し、信ちゃん! なぜパンツ一丁に!?」
「え? オレ冬以外は寝るときこれだぜ?」
そういうと信太郎はベッドに潜り込む。
少し硬いが清潔なベッドだ。
自分に背を向けて横になる太郎を見てマリは考えた。
(これ、イけるのでは)
マリは服を脱ぐと濡れタオルで体を手早く、そしてしっかりと拭う。
下着姿のマリに飢えた狼のような眼光が宿るのとそれは同時だった。
『おいっす! マリ先輩、聞こえてますか? 風魔法で通信してるんッスけど』
突然、小向の声が頭に響き、マリは驚き慌てる。
『空見先輩に頼まれて、なんかマリ先輩が暴走しないように釘さしといてって言われまして。じゃおやすみなさいっす~』
マリは煩悩で熱くなった頭に冷や水をかけられた気分になった。
小さくため息をつくと、信太郎へ「お休み」一言とつげて、すごすごと自分のベッドへと潜り込んでいった。
◇
「大丈夫か? あいつら同部屋にして。女の方は肉食っぽいけど」
「彼女は馬鹿じゃない。それに小向君にも念話で釘を刺してもらったし、大丈夫さ」
宿の同室で空見と薫はギルドで買った植物図鑑と魔物図鑑を読みながら、明日のことを話し合っていた。
タラスクの森に食材を取りに行く依頼がよさそうなので、明日はその依頼をこなすつもりだった。
「なあ、空見」
「なんだい?」
「俺、明日別行動するよ」
2人は本から目を離さずに会話していたが、薫の発言に空見は顔を上げた。
「俺が一番活躍してない。だから俺だけでゴブリン退治で腕を磨く」
「それは危険だ。みんなで……」
「もう決めたことだから」
説得しようとする空見にぴしゃりと言い放つ薫。
薫はかなり頑固な性格で、こうなると何を言っても無駄だ。
付き合いの長い空見にはそれが分かる。
「……死ぬなよ」
「誰にモノ言ってんだ」
空見の言葉を薫は笑い飛ばす。
こうして異世界初日の夜が更けていった。
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