第4話 美味しさの秘密

 南部連合国。

 その国はローレシア大陸の南部に位置し、勇者の国アルゴノートと宗教国家ロマリア共和国に挟まれている小国の集まりだ。

 軍の力が弱く、緑豊かで肥沃な土地だというのに、ある理由のおかげで他国の干渉をあまり受けていない。



 そんな国の北部に城塞都市モリーゼがある。

 岩山の陰に隠れるように作られた大都市が夕暮れの光で茜色に染まっていく。

 もうじき日が暮れるというのに、ある大通りには活気に満ちている。

 この通りは飲食店が多く、冒険者や他所からやってきた商人がよく利用する場所だ。

 通りには食欲を誘う良い匂いが満ち、客引き達が声を張り上げて腹をすかせた客を呼び込んでいる。



 時刻はまさに掻き入れ時だ。

 酒場には様々な客が押しかけ、会話に花を咲かせながら夕食を楽しんでいた。

 そんな通りの一角にある食事処で、信太郎たちは注文を終えたところであった。



「お前さ、勝手に店選ぶなよ。普通一言あるだろ? 何考えてんの?」


「まあまあ、薫。お客さん多いし、大きな外れはないんじゃないかな? でも信太郎君、次からは一言相談してからにしてくれないかい? 少しビックリしたよ」


「すみません! うちの信ちゃんが……!」



 雰囲気はあまりよくない。

 この店は信太郎の動物的直感と嗅覚で選ばれた店で、彼曰く一番うまそうな匂いがするらしい。

 勝手な店を選んだ信太郎の行動に薫は苛立ちを隠そうともせず、悪くなった雰囲気に小向は不安そうにオロオロしている。

 空見もフォローはしたが、言外に信太郎へ釘を刺した。



「おいおい、俺の鼻と動物的直感を信じろよ~。こういうの外したことないんだぜ」



 信太郎は吞気そうな表情で厨房の方を見ている。

 もう待ちきれないらしい。

 注文してからあまり時間が経っていないというのに大きなトレイを持ったウェイトレスがやってきた。

 テーブルに並べられていく皿からは非常に食欲を誘う香りが漂う。

 数種類のキノコや小さく切られたベーコンが入ったシンプルな料理だ。

 不満げな顔をしていた薫が思わず表情を変える。



「驚いた。本当においしそうじゃないか」



 空見が心底驚いた様子で呟く。

 正直言ってこの世界の食事に全く期待していなかった。

 美味しくなるように品種改良した地球産の食材に勝てるはずがないと思っていたのだ。



「うわぁ! おいしそうっす!」


「さあ、食おうぜ! いただきまーす」



 小向と信太郎が変わったキノコをフォークで刺して口に運ぶ。

 初めて見た食材をためらわず口にする2人に対し、不安そうに空見やマリが尋ねる。



「信ちゃん、それ美味しい? 体調とかは……」


「小向君、大丈夫なのかい?」


「ああ、マジうめーぞ! マリも食いなよ」


「何がっすか? めっちゃおいしいっすよ」



 信太郎は幸せそうな顔で、小向はきょとんとした顔で料理を勧める。

 2人に促され、マリや空見は恐る恐る料理を口にする。



「……美味しい」


「これは驚いたね。ただ焼いただけみたいなのに」



 純粋に驚いた様子の空井とマリ。

 肉厚なキノコやカリカリに焼かれたベーコンを咬む度に口の中に美味しさが溢れてくる。

 非常にシンプルな料理だというのにこの旨さは一体何なのかと首を傾げる薫。



「なんでこんなにうまいんだ? 隠し味にバターとか使ってるのか」



 キザらしく髪をかき上げ、食通ぶったコメントを呟く薫にツッコミが入った。



「バターは使ってないわ、あれ高いんだもの」



 薫が隣を見ると、先ほど料理を運んできた女性が誇らしげに胸を張っていた。

 背の低い可愛らしい顔立ちの少女だ。

 どうやら薫のストライクゾーンだったらしく、姿勢を正した薫が柔らかな微笑を浮かべる。



「美味しさの秘訣は君の愛情かな?」


「そうね! 父さんや兄貴のだけど」



 朗らかな笑顔の少女が指さす先には厳つい男たちがフライパンを振るっていた。

 料理中にも愛しい娘に悪い虫がつかぬように、時折鋭い視線を向けてくる。



「はは……」


 薫は乾いた笑みを浮かべる。

 どうやら口説くのは諦めたようだ。



「ところでお兄さんたち外から来たんでしょ? どう? ウチの料理は最高でしょ? なにせタラスクの森で採れた食材を使ってるからね」


「タラスク?」



 聞きなれない言葉にマリが首をかしげる。



「タラスクっていうのは強力な魔物で、この国の上空を回遊しているの。こいつが体から出し続けている霧には植物とかを美味しくする効果があるらしいわ。

 だからうちの国の食材は美味しいってわけ。タラスク様様ね!」



 酒場娘の言う通り、タラスクとは災害に匹敵するレベルの魔物だ。

 その分厚い甲殻に浮遊石という特殊な鉱石を多く含むため、常に上空に浮遊し、南部連合国を回遊している。



 姿はウミガメに似ているが、山に匹敵するほどの巨大な魔物だ。

 甲羅の頂点に火山の噴火口のようなものがあり、そこから常に垂れ流される霧には植物の実りを良くする効果がある。

 そのためタラスクの回遊ルート上には豊かな森が広がっていて、ここで採れる果実やキノコは他の地方で採れるものとは味も大きさも別格だ。

 取引価格も他の地方で採れる同種の物の何倍もする。

 タラスクの森で採れる食材は南部連合国の特産品なのだ。



「そんな奴がいるのかい? 危険なんじゃ?」


「大丈夫よ、奴には決まった行動パターンがあるみたいで、ルールを守りさえすれば安全なのよ。実際この町はタラスクの回遊ルートに近いけど襲われたことは一度もないし」



 心配そうな空見を酒場娘が笑い飛ばす。

 タラスク討伐の話が上がることもあるが、この魔物は積極的に人類を襲うわけではない。

 タラスクの森の幸を手に入れるためにやってきた人や魔物だけを捕食するのだ。

 とはいってもタラスク自体は遅いので、自身の眷属である『霧鮫』《きりさめ》を大量に生み出し、獲物を襲わせて自身の元へと栄養を届けさせている。



 常に同じルートで南部連合上空を回遊するので、回遊中にそばを通らなければ安全だ。

 討伐するよりも、タラスクの生み出した霧による恩恵のほうがはるかに大きい。

 そのため南部連合は災害級の魔物と人類が共存する奇妙な国とされている。



「お兄さんたち、出稼ぎにきた冒険者さんでしょ? タラスクの森で採れた食材はギルドで高く買い取ってもらえるから稼ぐにはもってこいよ。ルールさえ守れば安全だから。じゃ、頑張ってね!」



 酒場娘はそういうと店に入ってきた客へと注文を取りに行った。


「みんな、冷める前に食べようぜ!」

「そうだね、早く食べよう。まだ今日の宿探してないんだから」

「そういえばそうでしたね……」



 5人は慌てて食事をすませると、宿を探すために夕暮れの町へと繰り出していった。




 ◇


「おいおい、これってマナベリーだよな? しかもこれって・・」


「ああ! マナベリーの群生地だ。しかも手付かずみてぇだ」


「俺らマジでついてるぜ!」



 夕闇に沈みゆくタラスクの森で4人組の冒険者パーティが歓喜に沸いていた。

 マナベリーとは魔力回復効果のある珍しい果実だ。

 見た目は鮮やかな赤いラズベリーに似ていて、甘酸っぱいこの果実は料理にも魔力回復ポーションの材料としても使われている。

 特にタラスクの森で採れたマナベリーは他の地方で採れる同一のものとは別格だ。



 味も大きさも魔力回復効果も最上級なタラスクの森産マナベリーは、なんと一粒で金貨一枚の値が付くこともある。

 それが目の前で群生しているのだ。

 まさに宝の山だ。

 冒険者なら興奮しない方がおかしい。



「すぐに採集しようぜ! 傷つけるなよ?」

「分かってるって!」


「おい、何かおかしくないか? そんなに奥地ってわけじゃないのに手付かずの群生地が見つかるなんて……」



 うきうきと採取を始める仲間たちとは対照的に、魔導士の青年は不安そうだ。

 このパーティの斥候であるウィルはうんざりとした表情で振り返る。



「運が良かったってだけだろ? お前はいつも悪い方に考えすぎなんだよ」



 ウィルは加入したばかりの新人魔導士に文句を言う。

 有能ではあるが、この新人は少しばかり臆病すぎる。

 事あるごとに最悪の想像をするこの新人とは気が合いそうにない。



「まったくだぜ! 目の前にお宝があって拾わねぇバカがいるか?

 なぁ、エリック。……エリック?」



 相棒の戦士がリーダーのエリックに同意を求めたが反応がない。

 不審に思ったウィルが周囲を見渡すと、エリックはマナベリーが実る低い木の前で倒れこんでいた。



「おい! エリック!?」


「エリック? 驚かせようとしても……」



 駆け寄るウィルたちは言葉が出なかった。

 エリックの首から上が無くなっていたからだ。

 力ずくで引きちぎられた首元から噴水のように鮮血が溢れている。



「ひいっ!? エ、エリックさんが……!」



 エリックの死体を前にして狼狽する新人に対し、ウィルと相棒の戦士は武器を抜いて周囲を警戒する。

 いつの間にか霧が濃くなっていた。

 霧は森の中を白く染め上げ、その中で何かが蠢いている。



「構えろよ相棒、囲まれたみてぇだぞ」


「見りゃ分かるぜ。しかし敵はなんだ? 気配しなかったよな?」



 相棒の言葉にウィルは頷く。

 採取中でも気は抜いてなかったし、魔物が近づけば足音や茂みをかき分ける音で分かるはずだ。

 ましてウィルたちは銅ランクの冒険者だ。

 一対一ならオークの戦士にも負けない自信がある。



(一体どんなクソがエリックを殺しやがった?)



 仲間の仇を討とうとウィルは静かに闘志を燃やす。

 怪物はまだ霧の中にいて姿を見せないが、血に飢えた視線をひしひしと感じる。

 そんな剣呑な視線とは裏腹に、魔物の動きはとても優雅だ。

 まるで宙を泳いでいるかのように。



 気配がしない。

 血に飢えた視線。

 霧の中や空を舞うように泳ぐ魔物。



 魔物の正体を察したウィルは青ざめる。

 固まるウィルの前に大きな魚影が近づき、それは霧の中から頭を突き出した。



 生気のない赤黒い目、真っ白な流線形の魚。

 その口にはノコギリのような歯が何列も並んでいる。



「霧鮫《きりさめ》だと!?」


「嘘だろ……」



 予想外の強敵にウィルたちは絶望の表情を浮かべた。




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