第3話 冒険者ギルド


「へぇ、ここがギルドかー」


「雰囲気あっていいじゃん」


「うわぁ! なんか僕ワクワクしてきたっすよ!」



 先ほどに比べると元気になった小向達と信太郎が親しげに会話している。

 どうやら移動中に仲良くなったらしい。

 彼らの目の前には木造三階建ての立派な建物が建っている。

 念のためマリが看板の文字を確認すると “ようこそ冒険者ギルドへ” と書かれてあった。この建物で間違いなさそうだ。



 緊張した様子の空見がそっと中に入り、皆がそれに続いた。

 木製の長テーブルがいくつか並べられ、冒険者たちが食事をしたり武器を磨いているのが見える。

 二階へ向かう階段下の傍にはコルクボードがあり、何十枚もの紙が乱雑に貼り付けられている。

 おそらくこれが依頼を張った掲示板だろう。

 奥には受付があり、女性が3名座っている。



 奥に行こうとする空見たちだが、他の冒険者たちに注目されているのに気づく。

 どこか排他的な視線に思わず足を止めてしまう。

 信太郎達が着ている服はこの世界ではかなり作りが良い。

 日本ではたいした服ではないが、ここではだいぶ目立つ。

 ゆえに冒険者は、信太郎たちを裕福な子供の道楽でやってきた者だと判断したのだ。



 命を懸けている彼らからすればそんな連中は不愉快でしかない。

 だが一人だけ刺すような視線に動じず、お構い無しにずんずんと進んでいく者がいた。

 もちろん信太郎である。

 チート能力の代償で残念になってしまった彼には、このアウェイな空気を読むことができてなかった。

 後ろからマリや空見が慌てて追いかけてくる。



「初めて見る顔ですね。依頼ですか?」



 応対してくれたのは落ち着いた物腰の女性だった。

 決して美人ではないが優しそうな顔立ちだ。



「俺ら、冒険者になりてーんだけど」


「当ギルドは初めてですね?」


「おいっす」



 どこかアホっぽい信太郎の受け答えに受付嬢は内心、この子は長く持たなさそうだと判断する。

 できれば死ぬ前に諦めて故郷に帰って欲しいのだが、これも仕事だと割り切ると笑顔で応対する。



「登録されるのは……後ろの方々もですか?」


「そ、そうです」


「よろしくお願いします、みんなも来なって!」



 信太郎と違い、マリと空見ははっきりと答える。

 空見は後ろで縮こまる連中に手招きをすると、小向や薫は恐る恐るカウンターへやってきた。



「それではこちらにお名前と年齢、そして所有技能の記入をお願いします。あと登録料として大銅貨1枚頂きます」



 信太郎たちは羽ペンを走らせて必要事項を埋めると、財布を取り出す。

 転移時に与えられた最低限必要な知識の中に、読み書きや貨幣の価値についても存在したのは幸いだった。

 どの国でも青銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨の5種類が存在する。

 価値にすると金貨1枚=銀貨10枚=大銅貨100枚=銅貨1000枚といった具合になっている。



 一人の例外を除いて皆が迷わず大銅貨を1枚取り出し、受付に差し出す。

 例外はもちろん信太郎である。

 彼は隣のマリにこれだっけ? と不安そうに確認してから支払った。



「それでは冒険者ギルドの説明をさせて頂きます」



 受付嬢はカウンター前に立つ少年少女の顔をみる。

 不安そうにしているのは2人だけで、その他はどこかワクワクした表情を浮かべている。


(生き残る子は少なさそうね……)



 ほんの一瞬、受付嬢の顔に暗い影が差す。

 すぐにそれを笑顔の裏に隠すと説明を始めた。



「当ギルドは、冒険者に依頼を適切に斡旋する場所です。依頼が冒険者の手に余ると判断した場合は受注できないこともあります。依頼はギルドを通して受けてもらいますが、それには依頼人とのトラブルなどを未然に防ぐ理由があります」



 決まり文句を述べると、受付嬢は細かく説明を続ける。

 毎年、身の丈に合わない依頼を引き受けて命を落とす者が多い点。

 ギルドとしても冒険者を無駄死にさせないためにも、実力に見合う依頼を優先的に回して依頼を達成してもらうのが目的だ。

 依頼人とのトラブルだが、ギルドを通して受けた依頼の場合はギルドが仲介をしてくれる。

 もっとも相手が王族や大貴族なら話は別なのだが、そんなことまで説明する必要はない。



 受付嬢は最後に冒険者のランクについて説明していく。

 冒険者ランクとは実力を表すモノであり、7つに分けられている。

 上から順にダイヤモンド、白金、金、銀、銅、鉄、青銅だ。


 分かりやすく説明すると以下のようになる。

 ダイヤなら文句なしの大英雄。

 白金 国に数人しかいない英雄。

 金  大都市に数名配置されている強者。

 銀  町に数名配置されるベテラン

 銅  中堅どころで冒険者では最も多い層。

 鉄  冒険者として一人前。

 青銅 駆け出しや新人



「最後に、冒険者は一部税金が免除される代わりに緊急時には徴兵されることがあります。説明は以上となります。こちらが青銅の冒険者プレートです。再発行にはお金がかかりますのでご注意を。決してなくさぬように」



 受付嬢は机の引き出しから青銅のプレートを人数分取り出し、テーブルに並べた。その見た目は地球の兵士が身に着けるドックタグに見える。

 小向は目を輝かせ、信太郎や薫は興味深そうに手に取った。

 だが、マリには冒険者プレートよりももっと気になることがあった。



「あの、徴兵って?」


「そのままの意味です。緊急時に街の防衛を無料で行うことを条件に、冒険者は税を一部免除されているのです。ご安心を。無茶な命令はされません」



 張り付けたような笑顔の受付嬢に空見とマリの表情が強張る。

 たった20体のオーク相手にあれほど肝を冷やしたのだ。

 そんな状態で魔物の軍勢など相手にできるはずがない。

 青白い顔で震え出したマリの代わりに、冷や汗を流す空見が口を開いた。



「……その緊急時の防衛というのは、どのくらいの頻度で起こるのですか?」


「15~20年に一度、魔王種が大陸の東から軍勢を率いてくるのはご存じですよね?前回が12年ほど前だったので早くてあと2年半ほどかと」



 2年。

 魔王という不吉なキーワードが聞こえたが、2年あれば十分に修行を積めるはず。

 空見とマリの緊張が少しだけ和らぐ。



「おーい! 何やってんだ? メシ行こーぜ。すげーいい匂いする店見つけたんだ!」



 マリが振り返ると、いつの間にかギルドの入り口にいる信太郎たちが手招きしている。

 3人とも青銅の冒険者プレートが気に入ったのかすでに首にかけている。



「敵が攻めてくるまであと2年らしいね。みんなと力を合わせればどうにかなるはずさ! さあ、信太郎君が待っている。僕らも行こうか」


「……そうですね。怖がっていても何も始まりませんよね」



 美味しいものでも食べて元気を出し、今は少しでも前に進まなければならない。

 そう考えて信太郎の元へと歩き出したマリ達の背後から受付嬢の声がかかる。



「シンタローさん! お待ちください! お聞きしたいことが……」



 振り替えると受付嬢が困った顔をして、信太郎の書いた冒険者登録書を見ていた。

 何事かと、入り口にいた信太郎が小走りで受付にやってくる。



「あのぅ、所有技能の欄なのですが……。剣術や水泳はわかりますが、バスケやサッカーというのは何のことでしょうか?」



 受付嬢が困った様子で信太郎に尋ねてくる。



「信ちゃん……」

「信太郎君、君はそんなものまで書いたのかい?」


「え、何かマズかった?」



 信太郎はきょとんとした顔つきで首を傾げた。

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