第2話 初めての戦闘

 雲一つない青空に、信太郎の視界いっぱいに緑豊かな草原が広がる。

 あたたかな日差しが降り注ぎ、とても良い天気だ。

 太陽の位置から考えると、時刻は昼過ぎだろうか。



「町とか見当たらねーな、どっち行けばいいんだ?」


「信ちゃん、後ろ見て」



 マリの声に信太郎が振り替える。

 広大な広がる森の中に岩山がそびえ立ち、その陰に隠れるかのように町が見えた。

 城壁に囲まれたその町は要塞のように堅牢そうだ。

 遠くてよく見えないが、馬車の一団がそこへと向かっている。



「どーする? このまま町行くか?」



 周囲にはマリの他に6人の男が立っている。

 彼らも信太郎と同じ転移者だろう。

 信太郎の言葉に真面目そうな青年が待ったをかけた。


「その前に自己紹介しないかい? 僕の名前は空見陽平というんだ。よろしくね!」



 短く刈り込んだ黒髪の爽やかそうな青年で、その身長は180㎝を越えてそうだ。

 若者向けのトレーニングウェアに身を包んだ体はよく鍛えられていて、二の腕など丸太のように太い。



「俺の名前は火縄薫。20才で空見とは同じ大学さ、薫って呼んでくれる?」



 次に口を開いたのは空見の隣にいた女顔の青年だ。

 低めの身長で、どこかキザっぽい印象の青年である。



「俺の名前は鳥栖信太郎。信太郎か、信ちゃんって呼んでくれよな」


「私は木山マリです。よろしく願いしま……」


「へえ、すげぇ可愛いじゃん!」

「乳もでかいぜ。なぁ、スリーサイズも教えろよ!」



 マリの自己紹介に口を挟む3人組がいた。

 彼らは制服を着崩し、趣味の悪いネックレスやブレスレットを付け、耳や鼻にはピアスまでぶら下げている。

 チャラそうな、いかにも不良生徒といった感じだ。

 彼らの視線はマリの制服を押し上げる胸元や細い腰に固定されている。

 怯えるマリは信太郎の背中に身を隠す。



「おいおい、そーゆーこというなよ。人の嫌がることするなって母ちゃんに言われなかったのかよ?」


 信太郎の発言に気を悪くしたのか、不良達が信太郎に睨みを利かす。


「あ? なんでお前俺に意見すんの?」

「お前、舐めてんの?」



 一気に雰囲気が悪くなったが、空見となぜか銃を持っている薫が前に出てくる。

 おそらくこの銃が薫の能力なのだろう



「君たち、そこまでにしてくれないかい?」


「静かにできないなら永遠に黙らせてやろうか? クソ餓鬼ども」



 銃を突きつける薫に不良達は顔を引きつらせ、信太郎たちから距離を取る。

 一触即発な雰囲気にオドオドする、小太りの少年が緊張した様子で口を開く。



「ぼ、僕の名前は小向ハヤテっす! よろしくっす!」


「小向? 子ブタの間違いじゃねーか?」

「たしかに! 豚みたいなツラしてるしなぁ!」



 茶髪の不良達から嘲るような声が上がり、小向は思わず縮こまる。

 さらにからかおうとする不良と小向の間に空見と信太郎が入る。



「……いい加減にしてくれないかい」


「そーだそーだ、弱い者いじめとかカッコ悪いぜ」



 間に入ってきた2人を背後の仲間が恫喝する中、不良達のリーダー格である油谷は信太郎たちを観察する。

 仲間たちのガンつけや恫喝に信太郎も空見もまるで動じていない。


(へえ、アホ面のほうは喧嘩慣れしてるな。真面目も何か武術やってやがる)



 暴力と恫喝で主導権を握ろうと喧嘩を吹っかけさせたのは間違いだったかもしれないと少しばかり後悔する。

 こうなっては協力関係も作れないだろう。

 その時だった。

 町のほうから轟音と振動が響いたのは。



「なんだ!?」


「馬車が襲われてるっぽいっすよ!」



 見ると町へ向かおうとしていた馬車の一団が何かに襲われている。

 ここからだとよく見えないが、山賊か何かだろうか。



「おい、こいつらに関わってる暇はねえ。行こうぜ」

「行くって、あいつら助けに行くのか?」



 油谷の発言に仲間は不思議そうに首をかしげる。

 困っている人を救うような、殊勝な人間ではなかったはずだ。



「俺たちゃ強い力が手に入ったろ? ちょっくら試してみようぜ! ついでに助けた連中からは金になりそうなモン根こそぎ貰っていこうぜ」


「あいよ~」

「じゃ、行くべ」



 そういうと不良三人組は馬車のほうへと駆け出して行った。



「どうするっすか? 僕らも言ったほうが……」


「そうだね。だけど今後彼らとは行動を別にしたほうがいいと思う」


「同感だね、空見。ちょっとアレはないわ」



 走り去る不良達の背中を見て、空見と薫が険しい顔でそう言い放つ。

 とてもまともな連中には見えないし、協力関係も築けなさそうだ。



「とりあえず移動しながらお互いの能力について話し合おうか」



 空井の言葉に、一同は自分の能力について簡単に説明しながら、襲われる馬車へと小走りで駆け出した。




 ◇


 戦況は不良達3人組が優勢であった。

 馬車を襲っていたのはオークだ。

 身の丈2メートルを超える豚顔の鬼で、とんでもない戦闘狂として有名だ。

 彼らは戦いの中で勇敢に死ねば、死後の世界で神の軍勢の一人になれると信じているのだ。

 恐れを知らずに、戦のために戦を繰り広げるオーク氏族のゲリラ行為には軍でも頭を悩ませている。



「くっそ! しつこいんだよ!」

「弱いくせにちょこまかと! さっさとくたばれや!」



 神様ガチャで戦士系の力を得た不良達の方が力も速度もはるかに上だ。

 だが不良達の力任せの攻撃は全て歴戦のオーク達に見切られ、防がれている。

 オーク戦士は巧みな連携で、後衛で詠唱するオークシャーマンには一歩も近づかせない。



 援護しようにも協調性がない2人が前衛で暴れまくり、そのせいで後衛の油谷も誤射を恐れて魔法で援護ができない。

 ガチャで手に入れた力のおかげで少しずつ敵を追い込んでいくが、その時すでに敵の狙いは果たされていた。

 彼らにとっての不運は、このオークたちが歴戦の強者であったことだろう。

 このオークたちは格上との戦いに慣れていて、知っていたのだ。

 格上の殺し方というものを。



 詠唱を終えたオークシャーマンの水魔法が発動する。

 魔物の手元から発生した霧雨が前衛の不良の元へと襲い掛かった。



「うおぉっ!?」

「うわっぷ! 口の中入った!? おめえ絶対に許さ……!」



 彼はその先を言えなかった。

 口や鼻から侵入した水がカミソリのように口腔内を切り裂き、舌を失ったのだ。

 激痛にもがき、2人の不良は血反吐と声にならぬ絶叫を上げる。

 シャーマンの水魔法は、そのまま不良たちの食道から胃に移動し、内臓をミンチにしていく。

 そして大量の血を吐いた2人はピクリとも動かなくなる。

 彼らが死ぬのに10秒もかからなかった。



「え、なにこれ……? うそでしょう」



 現場に辿り着いたマリが見たのは倒れ伏した2人の不良。

 血の海に沈む彼らは明らかに事切れている。

 初めて死体を見たマリは恐怖に震える。



「嘘だろ、死んじまったのかよ!? クソっ! 俺が仇を取ってやる!」



 悪態をついた油谷が魔法を放とうとした瞬間、彼の頭が吹き飛んだ。

 横合いから飛んできた槍のように巨大な矢が命中したのだ。


「ひっ!?」

「ひえぇっ!!」



 ショッキングな光景にマリと小向が情けない声を上げる。

 視線を感じた信太郎が周囲を見回すと、すでに武装したオークに包囲されていた。

 遮るものなき草原で、一体いつの間に近寄ったのだろうか。

 呆然とするマリの目の前で何もない所からオーク達が現れる。



「何だ!? 一体どこから……!?」


「たぶん魔法っすよ! 幻とかで身を隠しながら近づいてきたと思うっす!」



 突然の敵に驚き慌てる空見達だが、マリや小向を中心に円陣を組む。

 その中でマリだけがショックから抜け出せず、棒立ちしていた。



「しっかりしろ! マリ!」


「あっ! う、うん」



 マリに声掛け、信太郎はオークへ身構える。

 慌てて空井も小向へと指示を飛ばす。



「小向君、魔法でみんなを守れるかい?」


「や、やってみるっす!」



 小向がガチャで手に入れた能力は『風の極大魔導士』だ。

 あらゆる風魔法を使用可能らしい。

 小向が風のバリアを張ろうとした瞬間、オークの剛弓から唸りを上げる矢が放たれる。


「ひぃっ!」


 小向の眼前に迫る矢の嵐を信太郎と空見のコンビが打ち落とす。



「あ、ありが……」


「小向君! 早くバリアを!」


「い、いま張りました! これで敵の攻撃は防げると思うっす!」



 その直後に3発の銃声が響き、オークの弓兵が膝をついた。

 驚く小向の視線の先で、薫がキザなポーズで銃口にフッと息を吹きかけていた。

 余談だが、黒色火薬を用いていた古い銃ならまだしも、現代の銃では銃口から白煙はでないのでこの行為に意味はない。

 ナルシストな青年である薫の完全な格好つけである。



「1匹減ったね。俺のおかげで」


「ナイス! 薫!」

「やるじゃん、薫の兄ちゃん」

「薫センパイ、凄いっす!」

「す、すごい! この距離で正確に当てれるなんて・・」

「ふっ、このくらい余裕さ」



 信太郎たちの言葉に薫は嬉しそうににやつく。

 青色のガチャを引いた火縄 薫の能力は『無限銃』。

 弾数無限の9mm拳銃を生み出せる能力だ。

 ただし薫にしか使用できない縛りがある。



 満面の笑みで残りのオークへ銃を向ける薫の前で、膝をついたオークがゆっくりと立ち上がる。

 出血で赤く染まるオークの顔は憤怒に歪んでいた。



「はぁ!? 9mm弾3発も食らって死なないとかふざけてんの!?」



 予想外な出来事に薫のクールな仮面が剥がされる。

 お返しとばかりに槍のような矢が雨のごとく降り注ぐ。



「僕と信太郎君が前に出る! 他の人は後ろから援護してくれ!」


「おうよ!」



 空見に続いて信太郎が敵に向かって駆け出し、矢の雨を防ぐ。

 空見の能力は『鋼の聖騎士』。

 身体能力を5倍に強化し、体を鋼のように硬化できる。

 おまけに中級までの回復魔法と光魔法を使用可能らしい。



 空見は鋼鉄の体で臆することなく敵へと突っ込む。

 だがオークの戦士達の方が一枚上手だった。

 空見の攻撃が当たる前にオーク達は互いに連携し、仲間をかばうのだ。

 オーク達の鉄製の武器で攻撃を阻まれ、空見の攻撃は直撃しない。



 馬鹿力の信太郎は敵の武具ごとオークを砕いているが、なぜかその動きは明らかに精彩を欠いている。

 それでも2人の前衛はジワジワとオーク達の体力を削ってはいるだろう。



「信ちゃん、空見さん! 時間を稼がれるとさっきの水魔法が来るよ!」



 ようやくショックから立ち直ったマリはそう叫びながら、中級氷魔法『アイシクル・エッジ』を無詠唱で放つ。

 マリから放たれた氷刃の嵐が後方のオークシャーマンに迫るが、大盾を持った護衛のオークに防がれてしまう。

 薫も先ほどから的確にオークへと銃撃を当てているが、効果が薄い。

 オーク達は銃を脅威と見なしていないのか、銃撃を防ごうともしない。



「おい、子ブタ! おまえ、風魔法を同時に使用できないの?」


「小向ですぅ! れ、練習すればできるかもっすけど、今は無理っすよ!」



 苛立つ薫の問いかけに半泣きで小向が叫ぶ。

 先ほどから投げ槍や弓矢で狙われ、生きた心地がしないのだろう。



 信太郎は目の前の敵と、マリ達を襲う弓兵の対応に追われていた。

 こうなると信太郎は弱い。


 1つのことに集中した時の信太郎はすさまじい動きをする反面、2つ以上のことをこなそうとすると途端に実力を発揮できなくなる。

 チート能力の代償『知能もベヒーモス並み』になってしまった彼は、以前よりも複数のことを同時にこなすマルチタスクに弱くなっていた。



「信ちゃん!」



 マリの叫びが響き、何事かと信太郎が視線を向ける。

 当然、視界の端で敵は捕らえたままだ。



「私たちを守りながら敵を倒すなんて信ちゃんには無理よ!

 信ちゃんはちょっと不器用だから、2つのことは同時にこなせない。だけど!

 1つのことに集中した時の信ちゃんはすごい子だって私は知ってるよ!

 私たちは自分の身は自分で守るから、目の前の敵だけに集中して!」


「……了解!!」



 マリの言葉で信太郎の頭から雑念が消える。

 その途端、時間が緩やかに流れるような気がした。

 ゾーンに入ったのだ。

 ゾーンとは極度に集中している時に体験する特殊な精神状態のことを指す。

 当然ながら極度の集中状態にあるため、通常より高い能力を発揮する。

 具体的には相手の動きがゆっくりと見える、または時間が止まったように感じるといった感覚のことだ。



 ゆっくりとした時の中で信太郎は身構える。

 その構えは陸上のクラウチングスタートそのものだ。


「よーい……ドン!!」



 掛け声とともに亜音速で信太郎は突進する。

 予想外の速度にオークの戦士も避け切れず、信太郎に組み付かれてしまう。

 組み付いたまま突進する信太郎は、抱えたオークを鈍器のように振り回し、他のオークたちへ叩き付ける。

 もはや荒れ狂う竜巻のような暴れっぷりだ。

 シャーマンの護衛を壊滅させると、信太郎はオークシャーマンに一瞬で近づく。



「どりゃあぁぁっ!!」



 雄たけびと共に繰り出された渾身の右ストレート。

 音を置き去りにしたその一撃でシャーマンは粉々に爆散する。

 さらに周囲にあったオークの死体を掴み、ジャイアントスイングの要領で振り回す。

 十分に遠心力の付いたその死体を弓兵オークたちへと全力で投げつけた。

 砲弾のように吹き飛ぶオークの死体が弓兵たちに轟音と共に叩き込まれる。

 後に残ったのはクレーターの中に飛び散るオークの残骸のみだった。




 ◇


「いやぁ~、助かりました! あなた方が来なかったら今頃……。これ、少ないですが取っておいてください」


「いえ、人として当然のことをしただけですから」



 お礼を受け取ろうとしない空見に商人が小さな革袋を押し付けてくる。

 隣に立つ薫が中を覗き見ると銀貨が詰まっていた。

 パッと見るだけで20枚はありそうだ。

 戦闘後、空見は回復魔法でけが人を癒してまわった。

 当然無料でだ。

 どうやら神官に回復魔法を使ってもらうのもタダではないようで、えらく感謝されることになった。



「空見、俺達には余裕がない。金は絶対に必要だよ」


「……分かった。ありがたく受け取ります」



 耳打ちする薫に空見はついに折れて、銀貨の入った袋を受け取る。

 お礼を受け取ってもらった商人は嬉しそうに顔をほころばせた。





 商人らと話をつけている空見達を遠めに見ながら、マリは小向と話す信太郎の傍で思考を働かせる。

 今回の一件でマリはこの世界がどれほど危険かを理解した。

 わざわざ異世界の住人に特殊能力を与えて転移させるということは、人類はとんでもなく後がない状況にあるとみて間違いないだろう。

 なにせ神様に力をもらった転移者でもオークの連携で3人も殺されてしまったのだ。


(私たち、うまくやっていけるの……?)


「どーした、マリ? お腹痛いのか?」


「ううん、何でもないよ」



 心配そうに顔を覗き込む信太郎に強張った笑顔を向けると、他の転移者とともに街へと足を向けた。


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