第7話  魔鬼 モウルド


「もうすぐこの世界も無くなる。ゲヘヘ。今回の仕事も終わりだ。簡単なもんだ。 

 なあ、マゴット、しっかし、ディケイ様も、もうちょっと吾のことを認めてくださっていいんじゃねえか。

 敵の後ろにこっそりと潜入し、吾の力で、広がる膿のように住民やら兵士を毒兵にする。ならねえ奴や使いものにならない奴は死んでもらう。そして、吾の毒兵達が背後から敵を挟み撃ちする。

 ゲヘヘヘ、いい仕事振りだと思うよ」

「モウルド様、まったくその通りで」


 副官のマゴットがハエのような手をスリスリしながら相槌アイヅチを打った。


「敵の勢力圏で毒兵を増殖させ、敵の虚を突く。いやいやいや、戦いを圧倒的に優位にしているモウルド様の方が、少なくともカァラァプ様やプリール様より絶対に有能かと」

「ゲヘッ、嬉しいことを言いおる」


 辺りの木を切り出させたのであろう、畳二十畳、高さ五メートルほどもある丸太造りの巨大な台、そこに天蓋をつけ、玉座の積もりか椅子をデンと据え、ゴキブリとヒキガエルを掛け合わせたような魔鬼モウルドがデンと座っている。手には人血酒の入った山羊のツノでできたマグ、かなり酔っている。


「ささ、もう一杯いかがですか」


 青と黄土色とが混ざったメタリックな体色をしたマゴットが横から酒を注ぐ。


「ディケイ様の配下として、これで世界を滅ぼすのも三つ目だ。

 ファーメント王が最後に残された兵を総動員し、ディケイ様の魔軍と対峙している。明日にでも吾に挟撃の命が下ろうよ。

 ゲヘヘ、八百もの毒兵が襲うんだぞ。吾の胞子がもうもうと戦場を覆い、王の兵士たちが苦しみ、のたうち回る。その地獄の苦しみの間に、胞子が菌糸を体中に伸ばし、

『苦しみから逃れたければ吾の毒兵になれ』

と囁く。その後は離反の嵐だ」

「いやいやいや、私、毎回、毎回、敵兵の苦しみ転げ回る姿を見るのが何より楽しみでございます」

「今回の大戦も、もう仕舞いだ。殺戮サツリクも終わっちまえば、それだけのことだ」


 前の世界でも、勝ちが決定的だと思うとモウルドの心がウメいた。人血酒をあおり、間もなく終わるであろうこれまでの戦いを振り返る。そんな時必ず、愚痴グチがこぼれる。


「こうやって戦功を立てているんだから、吾もそろそろ魔鬼から魔王に昇格してもいいんじゃねえかな。

 吾の毒兵は、動きのトロい気の利かねえ木偶デクみたいなもんだとディケイ様は言うがよ、確かに命令を聞くだけで、気働きなんて何もねえ。戦闘力も弱い。

 だが、其奴らの力で連戦連勝じゃねえか。

 弱いからこそいいんだ。倒されたって、そん時にゃあ、吾の毒の胞子を吐き出し、ゲヘ、敵を地獄へ引きずり込む」


 ここぞとばかりにマゴットの手が高速スリスリになった。


「いやー、モウルド様、今回の戦争を振り返ってみますと、やはり最初の島、キャードーの戦いが一番の手柄でございましょう。ドワーフの軍を打ち破ったのは見事でございました」

「ゲエヘヘヘ、あの戦いは吾も気に入っている。確かにドワーフが率いた軍だった。魔軍の先遣隊はアイツの軍と戦った時、最初、押されていたじゃねえか。規律の行き届いた兵達だった。そこを吾が百五十ほどの毒兵で後ろから挟み撃ちにしてやった。

 吾のような戦い方をする者がいようとは思ってもいなかったろう。ゲエヘッ、浮き足だったところを散々に打ち破った。体がび腐り苦しむ兵ども、その中の半分ほどもが吾の手に堕ち、毒兵となった。ちょっと前にはドワーフ御自慢の精鋭だった者共がアイツに向かって剣を振るっておった。

 ゲエッヘヘヘヘ、あの時のドワーフ、苦悶の表情は最高じゃった」

「共に戦い信頼していた部下が同僚が裏切り、己を襲い、互いの血を流す。戸惑い、悲嘆が戦場に流れ、戦いの興奮の中で敵が絶望に沈む。

 いやいやいや、こいつを味わえるのが戦場の醍醐味でございます」

「まさに」

「戦は初戦が大事、敵を散々な目に遭わせたところで魔軍本隊が到着した。最初の島キャードーが無くなったのもあれから一週間とかかりませんでした。

 モウルド様のような敵がいることなど、ファーメントの誰だろうと想像すらしておりませんでした」

「おう、初戦がすべてを左右する。いっつもそうじゃねえか。ゲエッヘッへ……」

 モウルドは涎(よだれ)を垂らし笑った後、彼の兵達を睥(へい)睨(げい)した。左右に鶴翼の陣のように八百の兵が散らばっている。モウルドは太った体を揺らし、ゆっくりと立ち上がった。


 *吾の方を向くが良い。*


 モウルドが念じた。それまで、てんでんな動きをしていた毒兵どもが直立して彼の方を向いた。


「毒兵共!明日がファーメント王の軍勢を無きものにする日だ!」


 ヴェエエエエエエ


 毒兵達は、呻き声のような不快な声で応えた。その口から黒い霧のような胞子が漂い出る。


「気分は最高じゃ!吾の力がファーメントを滅ぼすのじゃ」 

「まっことその通りで!

 おやっ……?」

モウルドの横で手をスリスリしていたマゴットは、毒兵達の向こうに一筋の土煙が上がっているのに気づいた。

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