第5話 騾馬に揺られりゃ、死も揺れる その2

 そいつらは人なのか魔物なのかがオレには分からなかった。これまで出会った住人と似たような服を着ている。だが、顔も手足も黒ずみ、歪んでいる。カビのような嫌な臭いがする。これが人間の臭いか?

 表情は歪み感情は判らないが、少なくとも味方には見えない。そして、良くないことに手には剣だの槍だのを持っている。


「毒兵だ。先を急ぐ。交戦せずかわすぞ!」

「毒兵?何だそれ」

「敵の雑兵ゾウヒョウよ!」


 右に進路を変えながら進む悟蘭の姿、懸命に追う。


 ヴェエエエエエエ


 敵の吠え声が響く。オレはその声に正直怯える。

 悟蘭が林の中に突っ込む。


「枝に気をつけろ。騾馬は利口だから、上手く木の間をすり抜けてくれる。

 だが、顔や腕が枝に引っかかるかもしれん」


 敵が追いかけてくる。しかし、騾馬の方が速そうだ。

 時々、左右から枝がオレを払おうとする。絶対に騾馬から転がり落ちるわけにはいかない。毒兵というからにはクソ強いかもしれない。

 林の先が明るくなる。


「いいぞ、もうちょっとで林を抜ける。自分の力が分からない間は、オレは戦わないぞ!なにせ、元々、ひ弱で潔癖症の青年だからな」


オレは後ろ向きに気合いを入れて手綱を握りしめた。後ろを振り返る。毒兵は見えなくなった。引き離した。

 だが、林を抜ける前に悟蘭が斧を下に向け、騾馬を止めた。口元で指を立てている。逃げに必死で気づかなかったが、前方でザワザワとした物音がする。木の向こう、何かがウゴメく音だ。それも半端な数じゃない。


「毒兵の一軍」


 悟蘭が指さし、オレと星那さんは樹木の隙間から覗く。

 数百の毒兵がいた。首を左右に動かしても捉えきれない大群だった。向こうが風上らしい、納豆のかわりに黴臭カビシュウ獣臭ジュウシュウとが混ざったような強烈な臭いが奴等の方から漂ってくる。


「数はどれぐらい?」

「千まではいかぬが、七百以上はいそうだ」


 一日も行かぬうちに、もう魔王ディケイの勢力圏に入ってしまったのか?

『敵の勢力が強大とはいえ、蛇は頭を潰せば死にます』

という天女様の言葉を思い出した。

 とんでもない……。天女様、オレは、敵の数の多さに飲まれそうです。


「これから討ち死にまで戦うっちゅうことでっか……。えらいこっちゃ」

「香輝くん、なんだか言葉が変だよ」

「香輝、取り乱すな。あれは魔王軍本隊じゃない。別働隊だ」

「別働隊って、本隊はもっと多いってことスか?」

「ああ、本隊となれば、この五倍から十倍といったところだ。

 奴らは、端からお行儀良く順番に攻めてきているわけじゃない。

 本隊は確かに端から攻めてくるが、別働隊が飛び石みたいに現れる。それが魔王ディケイ軍の手でな。

 こちらがディケイ軍を前にして陣を構えていると、敵の一隊が後方で湧き広がり、前後から、あるいは左右から不意打ちをくらわせやがる。このやり方で散々やられている」

「神出鬼没、いや鬼出神没か」

「何を言ってる。だから、香輝、コイツらをやっつけながら突っ切れば、また魔のいないところに抜け出る。」

「なに馬鹿なことを!

 いいですか、勇者のオレが作戦を立てます。後ろから追って来る奴等は毒兵五体で、前方は七百以上。引き返しながら、後ろの奴等をやっつけて別働隊を迂回うかいする。これしかないでしょ!」


 悟蘭はなおも前方をじっと見ている。


「やはり別働隊はモウルドの軍だ。逃げる訳にはいかん。奴を倒さねば、おそらく王の軍は負ける」

「モウルドって?」

「ディケイには、三匹の魔鬼が手下にいるのさ。カァラァプ、プリール、そしてモウルドよ。

 魔鬼はそれぞれの毒兵の軍を持っている。モウルドの毒兵達は傀儡クグツみたいなものよ。一人一人はたいした力も意思ももっていない。香輝くんも一対一なら、おそらく負けないわ。君もさっきの五体ならきっと勝てる。

 でもね、三つだけ困ったことがある」

「三つも」

「一つ目は、奴等は死を恐れない。なぜなら、半分死んだようなものだ。もはや死を恐れるほどの感情を持っていない。仲間が死のうと自分が傷を負おうと気にせず、次々と襲ってくる。

 二つ目は、奴等の体からは黒い霧のような物が出る。そいつを吸い過ぎたり、浴びすぎたりするとマズイことになる」

「なんですか?脅かさないでくださいよ」

「毒があるんだ。体がびて腐り塵と消えるか、モウルドに心を譲り渡して彼奴らの毒兵として生きるかを選ぶことになる」

「ということは、ですよ、さっき遭った毒兵は、元はこちらの兵士や住民」

「その通り。奴等は可哀想に、兵士や住人達のなれの果て。もっとも元の記憶すらも失っているだろうけどね」

「そして、三つ目は?」

「仲間に、治癒士チユシが居れば大抵の病いや傷は癒やしてくれる。だが、アタシも悟蘭も香輝くんも治癒士の能力はもっていない。アタシ達は深手を負えば、それっきりということだ」

「今更遅いけど、とにかく治癒士もチームに呼びましょうよ」

「残念ながら力ある治癒士は、決戦に駆り出され、もう残っていない」


 魔物の傀儡と成り下がり、体が腐りかけた毒兵として生き延びる?

 心底嫌だ。オレは人間として生き延びてやる。そして、人間でありながら、天女様を嫁にするんだ。

 しかし、悟蘭と星那さん、ごく落ち着いているところをみると強えのか?

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