第4話 騾馬《ラバ》に揺られりゃ、死も揺れる その1

「オイッ、あそこに寄るぞ」


武器屋には行かなかったが、俺達は、厩舎キュウシャへと寄った。おそらくヌルヌルとした道に慣れないオレが滑ってばかりいたからだ。既にオレの全身から強烈な納豆臭が漂っている。自分が納豆に変身しているんじゃないかと思えるほどだ。

 学校の体育館ほどもありそうな平屋の建物だった。町の通り同様、柵の向こうもガランとしている。


「あいにく軍馬も農耕馬も全部出払っているよ」


 人の気配を感じたのか、こちらが声を掛ける前に、端にくっついた小屋から声がした。


「亭主、オレだ」


 丸顔の年寄りが出てきた。笑顔だ。


「悟蘭さん!分かりました。戦いに出るんですね。何頭で?」

「ご覧の通り三頭だ」


 頷くと年寄りは裏手に行った。


「馬はいないんじゃないの?」

騾馬ラバがいる」

「ラバ?」

「騾馬とは、馬とロバの混血です。頑健で利口、脚力もごく強い。悪路に強い特性をもっています」


 妙声鳥がオレに教えてくれた。


「アタシは馬の方が格好良いから好みだけど、でも競馬に行くわけじゃないしね。

 おや、来たよ」


 亭主が騾馬の手綱たづなをもって連れてきた。馬よりは小さいが、体高がオレの肩近くまである。がっしりとしていて、顔にロバみたいな愛嬌がある。


「今度こそ、倒してくださいよ。ご武運を祈ります」

「いつも済まんな。また会おう!」


 亭主が手を振り、見送ってくれた。慣れぬ騾馬にどうにかまたがったが、オレは、この後どうすればいいか分からない。


「両足で腹を軽くポンとやれば進む。

 腿でしっかり挟めば、スピードが上がる。

 曲がりたい方へ手綱を引けば、そっちへ曲がる。

 止まりたい時には両手で引け。馬と同じだ」


不安になるほど極めて簡単な説明を悟蘭がした。だが、騾馬は本当に賢い動物らしく、オレの怪しい指示にも従ってくれた。

 先頭が悟蘭、乗馬の怪しいオレが真ん中、後ろに星那さん、三人の旅人が三頭の騾馬に跨がり、揺られ進むというのは、戦に向かうとは見えない長閑ノドカな光景だった。

 とはいえ、進む内に、悟蘭はスピードを上げた。本当に早く戦いたいらしい。その悟蘭の速度に懸命に付いていきながら、流れる景色にファーメントに来てから感じていた疑問がいよいよ大きくなる。

 騾馬を遅くし、星那さんに聞くことにした。騎乗のせいで、チャイナ服のスリットが深く割れ、つい目がいく。おいしい光景だ。


「ねえ、いくらなんでも住民が少な過ぎじゃないスか?三つの島が無くなり、この島も端から無くなっているなら、逃げてきた避難民であふれていそうなもんじゃないですか」

「アタシは、仙だからね、世の中のことにはウトいんだ。この戦いに脚を突っ込んだのも、ついこの間のことさ。だから、世間のいろんなことを聞くには悟蘭の方がいい。

 けどね、香輝くん、これは悟蘭に聞かない方がいい類いかな。決戦で多くの人が出陣していることもあるが、まあ、嫌でも魔との戦いが始まれば分かる」

「分かるって、少しでも詳しく現状を分かっていて戦いたいスよ。

 おう、そうだ!そうだ!分かっていて戦いたいといえば、どこかでオレ、訓練したいんスよ」

「訓練?」

「だって、剣といえば、体育授業の剣道しかやったことがないし、如意宝珠ニョイホウジュでどんな力がついたかだって分からない。

 それじゃ、初戦であっけなく敗退となっちまうかもしれない。甲子園目指しているなら、それも青春の思い出ですよ。けれど、ここじゃ、野垂れ死にだ。自分の今の力がどれほどのものかを知って戦いたい」

「コウシエンって、それは何なの?オオ、咬歯猿コウシエン……、そうか、猿の魔物か」

「高校野球って、知るわけ……ないスね」

「おい、遅いぞ。騾馬の限界スピードで行くぞ」


 星那さんが迷宮に入り、遅れたオレ達に悟蘭の怒声が響いた。


「悟蘭、香輝くんが訓練したいってさ。このままじゃ、初戦で敗退するってビビってるよ。やってやるかい」

「済まんが、その余裕は無い。実戦で自分を知り、鍛えるしかない。

 いよいよだ、奴等の臭いがする」


 奴等じゃなくて納豆臭いだろと言いかけたが、辺りを見回せば、あれほどベッチョリベタベタしていた天の施しがない。


「やった!天の施しがない。やっと普通の場所に出た。爽やかな空気が吸えるぜ」

「そうじゃない。天の施しがないのは、魔に制圧されている証拠だ。敵がいつ出てもおかしくない。香輝、深呼吸なんてするんじゃないぞ。

 星那、頼んだぞ」

「分かっている」


 星那さんはいつの間にか、アカザの杖を手にしている。悟蘭も左手に手綱、右手で柄の長い斧を手にしている。明らかに戦いの準備だ。オレも剣を抜いた方がいいのかと迷っている内に、左の藪から五人の人?が出てきた。


『良い戦いは良い準備から』


 オレの頭に、生きていれば今後使えそうな言葉が浮かんだ。

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