第3話 下天 ファーメントへ

「私の手をお取りください」


 天女様は手を取れと言ったが、オレはギュッと握った。柔らかく華奢キャシャな手だった。人生の長さと彼女いない歴とが同じオレだが、ようやくその日が来たのだ。


「そんなに強く握らなくとも大丈夫、墜落することはございません」


 天女様が言った時には、すでにオレ達は浮いていた。飛天は、自分だけではなく、手を触れることで他の人間も飛べるようにする力があるらしい。


「怖くて怖くて、しっかりと握らねば天界から下りられそうにないです」

「まあ、心配なぞご無用ですのに。勇者様も存外小心者でございますね。ホホホ」


 オレは天から下りながら、天に昇っている気分だった。


「地上には、魔物を倒すために香輝様と共に戦う者が待っております」

「軍隊ですか」

「いえ、お二人です」

「たった二人」

「ファーメントに残された大半の兵は既に懸命に戦っております。最終決戦と言ってもいいかもしれません。戦いは膠着状態といったところですが、もし負ければ、ファーメントは消え去る」

「そこへ三人が加わったところで、焼け石に水ってヤツでは」

「いえ、希望はあります。茫漠ボウバクの力に及ぶ者はおりませんが、天帝様同様、茫漠も自ら出てくることはありません。命を受けた魔王が世を滅ぼすのです。そして、魔王であれば倒せる可能性もあります」

「魔王って十分強そうですけど」

「この世界に使わされた魔王はディケイといいます。香輝様は魔王を倒すことに全力をお尽くしください。敵の勢力が強大とはいえ、蛇は頭を潰せば死にます。

 戯言ザレゴトと思われるかもしれませんが、シャボン玉のような願いを確かな現実にするのが勇者というものです」


 そんなことが容易なら島を三つも失う羽目にはならんだろ、と言いかけたが、それではオレも何の役にも立たないと主張しているようでやめた。そうしている内にも茶色っぽい地上が近づいてきた。

 なんだかテカテカネチョネチョした違和感のある地面、風景だった。


「城に降ります」

「ヘッ、城?」


 城と云えばディズニーのシンデレラ城のイメージだ。

 だが、空からみた城?は、たしかにでかいが、古びて間もなく壊す予定の公民館といった雰囲気を漂わせていた。苔むし、屋根には草が生えている。

 とはいえ、周りには空堀が掘られ、丸太造りとはいえ塀が築かれており、申し訳ありませんが、これでも城ですと主張していた。

 オレが敵であってもたやすく落城できそうな城だった。砦に毛の生えたような代物だ。小高い山の上にあり、背後は断崖、海が迫っているという地の利だけが長所と言えそうだった。


「元々あった王城は既になく、これは残された出城です」


 これでは、確かに状況は危機的に違いない。なんだか牢獄に辿り着いた気分で、廃屋に近い城の屋上に降り立った。


 どういう手段でか知らせてあったらしい、話の通り二人の者が待っていた。


「さあ、女仙の星那様と歴戦の強者、ドワーフの悟蘭殿です。

 香輝様、では、ご武運を祈ります」


 紹介も早々、天女はオレの手を振り払うようにして、天へと戻っていた。


「エエッ、戻るの早くないスか」

「誰だ、お前は?藁みたいに細い体だ……。

 いくらなんでも『オレが勇者だ』とは言うなよ」


ポカーンと空を見ているオレに容赦ない言葉がいきなり来た。悟蘭という小さいががっしりとした体躯、髭の長い男だ。顔だけでも幾つもの傷跡が残っており凄みがある。


「いや、勇者だけど」

「ああ、お前が勇者……。人材枯渇がここまできたか。いよいよ仕舞いか」


 ギョロ目をつぶり悟蘭は本当にがっかりしたように下を向いた。


「まあ、そう言うなよ、悟蘭。天女様が勇者様として連れてきたなら、見かけによらず凄い力を持っているかもしれぬ。期待してみようではないか」


 女仙とかいう女、星那さんは二十歳後半に見えた。栗色の髪の毛にチャイナ服、腿の横にスリットが入っており、動く度に太腿が見える。天女様も良いが、この星那さんも良いではないか。大人の女の魅力ってヤツか。おまけに、これから戦いの旅に出る。危険とロマンスは隣り合わせだ。


「で、何ができる」

「何って、農学部で植物の研究を」


 オレは、妄想に入るところで現実に戻され、つい大学の学部を答えた。


「ノウガクブって何だ。何もないってことか」


 悟蘭が呆れたように言った。


「香輝様は如意宝珠に手をかざしておられます。ですが、この方の勇者の力が何かを試す時間的な余裕がございませんでした」


 オレが呆けているところを妙声鳥がカバーしてくれた。


「あらあ、ということは確かに勇者としての力はあるわね。

 まあ、どれほどのものかは判らないけれど」

「そうか。じゃ、早速、戦いに出る。お前の到着が後一時間遅ければ、先に出立していた。時間はない。力を振るってもらおう」


 悟蘭が巨大な手斧を手に取った。


「ちょっと待って。ちょっと待って。武器屋でオレの鎧を買ったり、剣を手に入れたりとかは」

「武器屋なんぞ不要だ」

「なんや他人事や思って」

「香輝くん、この下の部屋へ行けば用は足りるから」

「へっ」


 屋上の端から階段を降りると薄暗い廊下、いくつかのドア、その一室へ入った。なんだかカビ臭い細長い部屋だった。

 薄暗い照明の下、幾つもの肖像画が飾られ、剣だの防具だのが並べられている。


「ここはいったい?」

「これまでに亡くなった勇者たちの肖像画や遺品やらが置かれている。ここから気に入った装備を選べ。極上の品ばかりだ。

 おっと、時間はないが、お前も肖像画を残したいなら、絵師を呼ぶぞ。腕はいい」

「え~と、肖像画は要らないかな」


 死ぬ用意より、生き残るための極上の装備を手に入れたかった。

 だが、どれがいいかは、もちろんオレには分からない。おまけに戦いに敗れた勇者達の物なら、本当に役立つのかという疑念も湧く。とりあえず一番でかい剣に手を伸ばそうとした。


「それはお止めください。香輝様はその剛剣を振り回すのには向いていません。おまけに呪いがかかっています」

「呪い、それは要らないかな」


妙声鳥が何も分からないオレの耳にササヤいた。


「それよりも隅にある剣がお薦めです。大きさも手頃だし光の魔法で鍛えられており、スパークスオードと呼ばれている伝説の剣です。勇者の力を発揮できる可能性大です。いえいえ、真の勇者様ならば大いなる魔力を発揮できる可能性もあります。

 防具はミスリルでできた極上の物が二つ隣にあるので、そちらを」 


 剣は手に持つと確かにオレの手にぴったりした。だが、ミスリル製とかいう防具は、アルミのように軽く、銀のような輝きを持った金属の糸で織られたものだった。


「これは、軽いだけに、ちょっと弱すぎじゃないか」


 オレは不安を口にした。


「香輝くん、この部屋にある防具の中では、最上の物に違いないわ。軽くたって鋼よりも硬い品よ。そうでしょ、ドワーフの悟蘭さん」

「ああ、オレ達ドワーフの秘術で織られた代物だ。素人どころか大抵タイテイの武器職人には織るなんてできない素材だ。

 こいつには勿体ないような防具だが、頼りない勇者様にこそ必要な物か」


「なんだか、これ、デザインがマズくないスか」


 着てみるとオレにはサイズがデカいのか、まるで昔の割烹着カッポウギを着たサザエさんみたいになった。


「ベルトを締めたらいいんじゃない。そうそう、あら、面白い。横に剣も下げて。

 フフッ、ここまで弱そうな勇者様というのも初めてね。いいわよォ、香輝くん」


 星那さんは心底楽しそうに笑った。会ってからずっと苦虫をかみつぶしたようだった悟蘭も頬をピクピクとさせて、笑いをこらえている。

 オレは出発の前にポキーンと心が折れた。

 だが、兎に角、こうして、オレ達は世界を救うため、天女様の期待を受け、空堀を渡り、出立したのだ。

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