第2話 天女様に召喚された

 この地ファーメントに降り立つ前、艶やかな黒髪をした天女が心くすぐる笑顔でこう言った。


「貴方は、ちょうど事故で亡くなるところだったので、こちらの世界へお呼びしましたの」


 たしかに大学の校舎屋上から落ちた記憶があった。足をバタバタさせ宙を飛んでいたような……気がする。


「こちらの世界って、天国ってヤツですか?」


 オレは天女様の頭上でヒラヒラとしている紫や桃色の天衣に見とれながらそう思った。


「いえいえ、ここは天上界、そして行く場所は貴方が生まれ育った世界とは別の世界です」

「異世界ってヤツですか?」

「そうお考えくださって構いません。私は、貴方のお力に期待することにしたのです」

「オレですか」


 上から下までか細いオレの肉体は貧弱そのもの、頼られるような力がないのは明白だった。


「いえいえ、ご心配は要りません。人の力というものは、存在する世界毎に、天より与えられた使命で変わるものです。

 この世界では、貴方を勇者としてお呼びしました。ですから勇者としての力をお持ちです」

「ワイが勇者やて、冗談きついわ。

 いやいや、オレは二流大学の学生ですよ。武道だってやったことも無い。ひ弱で潔癖症で平均的な日本の青年ですよ。

 やめときませんかー!」

「やめるということは、貴方はどこの世界からも金輪際いなくなるということですが、よろしいのですか」

「世界から消滅?」


 オレの正直な意見に対して、天女様は綺麗な大きな瞳でじっと見つめながら、詰まるところ脅した。


「いやあ、オレ、小さな頃から仮面ライダーが好きで、実は勇者になりたかった」

「亀のライダーって、玄武ゲンブに乗ることですか?」


 異世界だろうとまだ生きていたかったので意欲を見せたつもりだが、仮面ライダーは通じなかった。


「いえいえ、玄武に乗らなくても、私は飛天ですから、空を飛べます。地上までは私が貴方をお連れします。

 でも、その前に、説明と勇者の準備をしましょう。さあ、こちらへ」


 石造りの東屋があり、オレはそこに座った。

 天女様はオレの向かいに座ったが、金色の髪飾りから花の形をした簪が垂れ、動きに合わせシャラシャラと音を立て、どうにも落ち着かない。地面なのか雲なのか、下はところどころに穴が開いており、そこからは下界が見えるし、見えると言えば、天女様のふくよかな胸元が薄い服の間からチラチラと見えかけて、話を聞く前に鼻血が垂れるかもしれなかった。


「天帝様は、森羅万象、つまりは世界を司られておりますが、その世界は幾つもございます」

「はあ、天帝様がおられるのなら、そのお偉いさんがエイ!ヤア!と腕を振るえば、それで済むんじゃ」

「いえいえ、世にはコトワリがあり、その幾つかは天帝様も守るしかないのです。

 一つ一つの世界を救うのは、そこに生きる者に限るという決まりごとがございます。命に限りある者が力を振るえるというのが定法です。

 そして天帝様には大いなる敵がございます」

「それ、魔王という奴ですか」


オレの貧弱な想像力では、この言葉しか浮かばなかった。だが天女様が頷き、今までほとんど感情の表れなかった美しい顔に苦悩の表情が現れた。

 ドキッ、オレはいよいよ魅せられた。


「はい、私どもが茫漠ボウバクと呼ぶ大魔王がおります。その茫漠は世界を一つ一つ壊しては、無にしているのです」

「世界を造る者と世界を消滅させる者とが戦っている」

「はい、賑わい栄える世界もあれば、滅び消え去る世界もある。茫漠の使わした魔物により滅ぼうとする世界を救うため、天女は天帝様に願い勇者を召す。

 けれども、それが上手くいかぬことも多々あります」


オレを勇者として召喚するようでは、かなり駄目なのではと言いかけたが、即座にオレの存在も消されそうなのでやめた。

 代わりにこういった。


「オレがこれから行く世界の状況はどうなのですか」

「ファーメントという世界ですが、敗色が濃厚です……。それもかなり」


 天女様の顔に憂いの表情が浮かび、小さめの唇からため息が漏れた。


「四つの大きな島がございましたが、それも三つまでは既に無くなりました」

「無くなった。すでに魔物ばかりがウジャウジャと跋扈している暗黒の島に?」

「いえいえ、文字通り無くなったのです、島ごと」

「島が」

「はい、暗黒に飲まれたようにぽっかりと無くなりました。

 これまで私のお呼びした勇者達もことごとく敵に敗れ去り、三島まで無に飲み込まれ、消滅しました。

 もし最後の島が無くなれば、貴方も、そして、ファーメントの天女である私も消え去ることになる、それが定法です」


 天女様は頷いた。


日居ヒオリ香輝様、もう時間は残されておりません。最後に残された島も無に帰そうとしております……。

 おそらくは、貴方様が私の召喚したこの世界最後の勇者になろうかと……。

 香輝様、どうぞお救いください」


 いきなり名前を呼ばれ、おまけに両手を握られ、オレは本当に、ツーッと鼻血を垂らしていた。天女様の瞳は紫水晶のように透き通っている。その瞳にオレの心は吸い込まれた。

惚れた!オレの嫁にできんか?


「はい、必ず勇者としてこの世界を救ってみせます」


男の本能で答えていた。


「ならば勇者としての力を覚醒させましょう。さあ、この如意宝珠に手をかざされて」


天女の掌には、洋梨のような形をした珠が載っていた。オレが手を伸ばすと一瞬空気が揺らいだ。


「さあ、これで貴方は勇者の力を得ました」

「はあ、どんな」


 オレの体には何の力も漲ったりしていない。体も弱々しい貧弱なままだった。何かが変わったような気もするが、まったく変わっていない気もする。


「もっと詳しく状況を教えてください。天女様、丸一日かけてじっくりと」


 オレは素早く天女様の手を握ろうとしたがかわされた。勇者の力といってもオレの俊敏さには変化が無かった。


「説明している今も状況は刻一刻と悪化しております。私の説明のかわりに妙声鳥を供として預けましょう」

「何ですか、この鳥?」


 いつ出現したのかオレの肩には青色をしたセキセイインコみたいな鳥がとまっていた。


「貴方が知りたいことや助言を与えてくれます。私の代理とお考えください」

「代理?」


 よく見ると、鳥の顔は女の顔だった。天女様をフィギュアにしたような顔だった。


「天女様、オレが見事使命を果たした時は、ご褒美をいただけますか?」

「与えましょう。望みのままに」


 天女様の代わりに妙声鳥が答えた。


「ホンマでっか!?」

「天上界に嘘はございません」


 天女様を嫁にするという野望、いや、欲望をしっかりともったオレ、凄まじいやる気が湧いてきた。


「香輝様、なにやら目にぎらついた邪悪なものを感じますが」

「さあ、行きましょう、天女様。オレ達の未来のために」

「はあ?!」

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