「会食(2)」
メモは昨日に処分してしまったが、脳に刻まれた記憶は間違っていないだろう。
サフィール市内でも小高い丘に建つレストラン“リストランテ”は、下界の景色を楽しむためなのだろうか、やたらと高く建つ塔の最上階に構えられてあった。見るからにかっちりした宴会にでも出席していそうな装いの人々が、各々に丸いテーブルを囲んでお上品に談笑している。ティエラはというといつものラフな格好でこの場ではだいぶ浮いてしまっているが、誰も彼女を怪訝そうな目で見ていなかったし、ティエラ自身も全く気にしてはいなかった。
店内に入ったティエラがぼけっとあたりを見回していると、見たことがある人物がこちらに向かって座ったまま手を振っているのを見つけた。。ティエラはこういった店でのしきたりをよく知らない。店員を呼び寄せてとりあえず少年を指差すと、待ち合わせですね、と彼の元へと通される。
「よく来てくれたね。ゆっくりしていってよ」
お代は僕が払うからさ、とメニューを手渡しながら少年、ムーは微笑む。昨日と全く一緒の装いで、彼もまた、この場からは何処か浮いている。ティエラは席に着くと彼の顔を一度も見ることなく、脚を組んでメニューを眺め始めた。
「普段はシンプルなファッションなんだね。素敵だよ、君という存在がより引き立つ」
「普通に店員呼んで頼めばいいんだよな。じゃあ私このコースで」
目の前の異性との対話など目もくれないその様子に、ムーはやれやれと苦笑した。しかしそれを咎める素振りは見せず、ティエラの好きなようにやらせている。
ティエラも様々な縁から何度か公的な食事会に出たことがある。その為フルコースの嗜み方は知っていた。しかし歩き回って色々な人と談話するようなこともないこの食事会は、ティエラにとってひどく退屈なものだった。前菜のサラダをあっという間に平らげると、そのまま心ここに在らずといった様子で外の景色を眺めている。以降も、ムーが振る話を一切聞くことなく、ティエラは出された食事を黙々と食べるだけだった。
「……意外と大食いだったりするのかい?」
「……」
メインディッシュであった肉料理を半分ほど食べたところで、ティエラはナイフとフォークを持ったままムーの目を見る。ここでようやく、ティエラはムーへと自身の情報を発した。
「……まあな。それなりに食う。一度男と比べられたこともあっただろうか」
「そこまでいく?食べるねぇ」
「私はあの怪物について必要な事を知りたいだけなんだ。無駄話に油を売る暇はない」
そう吐き捨てて、皿に残る肉を一切れ、口の中へ放り込む。柔いそれを確かに味わい、飲み込んだ。
「食い終わり次第帰るぞ。私が料理を全部平らげる前に、早く話したらどうだ」
「……せっかちだねぇ」
笑って目を伏せるムーの手元には、まだだいぶ前に運ばれた魚料理が置いてあった。
「――君は、この情報を得て、それからどう動くんだい?」
だいぶ前にティエラが食べていた上質な肉を、悪趣味にも細かく切り刻みながらムーは問う。
ティエラがあまりに急かすものなので、ムーは素直に持っている情報をほとんど打ち明けた。
あの日、一般市民を襲ったクリーチャーの出処を。彼女がかつて囚われていた研究所は今もまだ動いていることを。しかし研究所の施設は表向きには既に廃れているように見える、つまり現在本拠は地下の方に眠っているということを。意外なことに彼自身の能力についても訊かれた。
ムーは素直に、自分が召喚魔法使いであることを打ち明けた。尤も、自分はその端くれで、バック(このことはよく話さなかったし、そもそもそんなもの無いのかもしれない)の大いなる知識を借りて難解な召喚術を行使させていただいたと説明したが。
ティエラはムーが語る物事を、あまり信用しているようには見えなかった。まして風貌からして胡散臭い男だ、手放しに信用するなんて事はティエラじゃなくてもしないだろう。実際、ムーの話のほとんどは、ホラが混じって
「……まあ……せいぜい短い一文だけでも、お前の証言は役立たせてやろう」
デザートのアイスをつつきながらティエラは伏し目がちに応えた。「安心しろ、落ち込むことは無い。分かりやすく正確に、こちらで情報の整理はしておいてやるさ」
そう言いながらちびちびと、真白いアイスクリームを口に運ぶ。添えられたチョコレートは小皿に退かれていた。
「……結局、お前が何で私に接触したのかは分からなかったな」
「前も言っただろうそれは、ただ逢いに来たんだよ、君に」
「……何故だ」
「何故ってそりゃあ、気になるだろ?怪物を美しく、鮮やかに瞬殺したんだ」
「見ていたのか?」
「いや?」
何なんだ、とティエラは小さくぼやきながら、首を傾げてアイスを少しずつ減らしていった。
「いやあ、だからね、僕は満足しているんだ。会って話すだけじゃなく、こうして食事を共にできたからね」
「それは良かったな」
冷たく言い放ち、まだ肉を食べている最中の自身へ溶けかけたアイスを「食うか?」と差し出してくるティエラに苦笑する。実際困っているわけではないが、彼女の行動はムーにとってはいちいち面白いようで、ついつい笑いが込み上げてきてしまう。案の定、ティエラは「何が面白いんだか」とでも言いたげに軽蔑するような目でこちらを見ていた。
「……もう話は済んだな、私は帰るぞ」
「おや、もう行っちゃうのかい?もう少しゆっくり話そうよ、せっかくなんだし」
「もう満足したんだろう?それに言ったはずだ、こんなところで油を売ってる暇はないと」
「そうかい……」
ムーはしゅんとした仕草をしたが、ティエラは見向きもせずに手荷物を引き寄せた。
ムーの目の前に、乱雑に何枚か札と、硬貨が投げられる。
「釣り銭は貰ってって構わんぞ」
「いいよ、僕が払うって言ったろうに」
「会ったばかりの奴に奢られる気などさらさらない」
言い放つともう話したくないと、そんなオーラを身に纏いつつ、ティエラはさっさと席を立って身を翻した。
その背に昨日見せたような焦燥などはなく、ただ単にいら立っているだけと見たが。ムーは確かに、昨日の痛い場所をつかれたような暗澹の表情を、忘れてはいなかった。
ムーはさりげなく、手元のジュースの入ったグラスを回して言った。かの少女の揺らぎを、もう一度見たかったのだ。
「希望の運命の子、だもんね。応援しているよ、君が悪を断つのをね」
ティエラは去ろうとした脚を掴まれたように止めたが、何も言わずに、リストランテを後にした。言葉はおそらく効いた。ムーは確かな手ごたえを感じ、ジュースを一口、ゆっくりと味わった。
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