「会食」

 あれからかなり遅れて学校に帰還し、同僚達や先生からものすごく心配された。無理もないだろう、帰還予定時刻を三十分以上も過ぎて帰ってきたのだ。

 ─────はて、そんなに長話をしただろうか?そうティエラは時計を見て首を傾げたが、おそらくこの大遅刻の六割ほどは帰路をとぼとぼ酷くスローに歩いていたことが要因だろう、と考察した。ムーのことはあまりにも話したことが身にならな過ぎて報告することができなかった。『男にナンパされてた』と言うくらいで精一杯だった。

 正直なことを言うと、思い出したくなかった男だ。そんな男と明日会食をしなきゃいけないのか、とその場のノリで承認した己を責めかける。

「……まあ諸々、明日次第……だな……」

 情報が手元にない以上、無闇に動くのは難しい。左手に握りしめたままだったメモを私服のポケットに突っ込み、ティエラは家への帰路へとついた。






「リィ。明日私、友人とご飯食べに行くことになった」

「……え?いきなりだね」

 台所で夕飯の支度をするリーベがきょとんとこちらを見ている。カレンダーの明日の枠に会食の報を書き込む己の背中をじっと見つめている、そんな視線を確かに感じる。

「ほんと急に予定入ってな……」

「どこ行くの?」

「うーん……私も初めて聞いた名前の店だ」

「へえ……」

 はぐらかすように聞こえただろうか。納得の声を上げつつも、リーベの視点はティエラの背中を捉えたまま動かない。

 小鍋がふつふつと沸く音がする。振り向くと、リーベはじっとこちらを見たままで、鍋は今にも吹き出しそうになっていた。

「……リィ、鍋見なくていいのか」

「ん?あっ、あ……!」

 慌ただしいその形相にティエラはさぞ愛おしそうにクスクスと笑った。鍋が落ち着いたタイミングを見計らい、ふくれっ面の弟を抱き寄せてわしゃわしゃと頭を撫でてやると、珍しく彼はやんわりと抵抗した。しかしそれも、撫で続けていると自然と大人しくなっていく。リーベは姉に身を預けつつ、スープの様子を伺いながら訪ねた。



「……誰と行くの……?」

「なに、授業でたまに一緒になる子から誘われただけさ」

「……」

「……どうかしたのか?」

「ううん……、……ねえねえ、その新しいお店、もしすっごく美味しいお店だったら……今度連れていってね?一緒に食べよ」

「……ああ。そうしようか」


 お値段次第ではあるがな、とティエラが笑うと、リーベもつられて笑った。

 何処か後ろめたそうな、そして寂しげな笑い声だったが、二人とも、それを気にするようなことはしなかった。

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