「脅威、そして、決意」
その髪は生え際から毛先にかけて黒から不自然な黄へと色を変えており、その身には少し鈍い黒のローブを纏っている。爛々と目を輝かせてティエラを見下ろすその男は、おおよそ自分と同じくらいの歳なのだろうと推察できた。
「置いたはずの実験作が何の騒ぎも起こさなかったからねえ、それも誰かさんにスパッとやられちゃったんだって」
「……なんの話だ……」
「すごい人だなぁって思ったんだよ、これは本当の話。だから探してたんだ」
そこまで言って彼は目を伏せ、そしてもう一度、ティエラに向かって微笑んだ。
「君だよね?あれ倒してくれたの。……へぇ、新世代の女騎士って感じしていいねぇ」
「お前があの怪物を生み出したのか……?」
ティエラの声は低く、問い詰めるように彼へと投げかけられるが、少年は「そんな怖い顔しないでよ、せっかく綺麗な顔なのに」と、女を口説くかのように賛美の言葉を並べて嗜めていく。舐め腐った言葉の数々に、ティエラはだんだんこの少年へ警戒感よりも不快感を抱くようになっていった。
「僕は僕が興味を持ったモノにちょっと手伝いをしていくだけさ。そして、その秘密もちゃんと守るよ」
「簡潔に答えろ。お前があの怪物を生み出したのか、それとも別に製作者がいるのか」
「知りたいのかい?そうだね、なら君は、一つ真実に触れるべきだ」
そう言って、少年はティエラの元に降り立つ。そして彼が紡いだ言葉は、ティエラの目を見開かせた。
「ティエラ・テンペスト。君がいたあの研究所に、秘密は隠されているよ」
「……今なんて……」
「聞こえなかったかい?もう一度言おうか?」
少年の目の前を鋭く光る黒の刃がフッと一閃する。少年が無垢な瞳で刀を振った彼女を見ると、髪でよく見えないその目は怒りに満ちているようだった。ばくばくと、先刻まで賛美に冷めていた彼女の心臓が鳴っている。自然と酸素を多く取り込もうと、呼吸が深くなっている。
「……どうして私のことを知っている?」
「どうしても何もあるかい?僕は君のことをなんでも知っているよ」
ティエラがもう一度少年へ刀を振るう。規則性も筋もない叩きつけるような攻撃を、少年はひらひらと避け、その中でも対話は続いていく。
「馬鹿げた口を聞くな。質問に答えろ。なぜ私の事を知っている?」
「まあまあ落ち着いて、何から話そうかな……。そうだ、研究のお手伝いの話でもしようかな?」
「何が目的だ。私に何しに来た?」
「何しに?それはさっきも言っただろ?会いに来たんだよ、君に」
「気持ち悪い、お前は何なんだ」
「まあまあ」
どうどう、とティエラを落ち着かせるように少年は手をかざした。
「せっかく会えたんだ、ゆっくり話そうじゃないか。僕はね、これでも一期一会とか大事にする人間なんだよ」
「ゆっくりなんて……素性を晒さない人間とノロノロ話なんてできるか」
刀に水の刃を纏わせ、レンジの伸びたそれを少年の眉間に突きつける。ティエラは苛立っているように見えるが、少年にはその奥に戸惑いや焦燥といった暗澹が立ち込めているのが見えていた。
その暗がりを視る彼は、にやりと気づかれないように笑う。
「……そうかい、残念だ。急いでるらしいし、今日はこの辺にしとこうか」
言いながら手をかざし、掌の上に現れた魔法陣から一枚メモを取り出す。
ティエラはそこまで自然に召喚を行う魔法使いを初めて見た。刀の握る力が強くなるとは裏腹に、少年はそっと紳士的に、取り出したメモを手渡してくる。
「知ってるかな?最近出来たんだって、“リストランテ”って名前のレストラン。店の中で貴族様のようなフルコースを楽しめるんだってよ。そこで色々話そう、美味しいものでも食べながらさ」
受け取ったメモには日付と日時、彼の云うフォーマルレストラン“リストランテ”とそこへの地図が丁寧に描かれていた。
「“リストランテ”って……知ってるかな?“レストラン”と意味おんなじなの。重複してるんだよね、『フォーマルレストラン“リストランテ”』ってさ……笑っちゃうよ」
少年は店の名前に言及して嗤ったが、ティエラは眼前の彼の行いに、普段人に聞かせないあざけた声色で笑った。半ば吹き出し笑いのそれを刀を持ったまま、口元の蒼いマフラーで隠して、瞳は細く、きろりと見やった朱交じりの金色が少年を射抜く。
「何だ、餌付けのつもりか?」
「餌付けだなんて」呆れたように少年も笑い返す。「蛮的な考え方だね、優雅にお誘いと言ってくれよ」
せっかく綺麗な顔をしているんだからさ、と口説かれ、それに笑って口元を隠したまま、再度ちらりとメモを見てそのまま拳を握れば、メモはティエラの手中でぐしゃりと音を立ててしわくちゃの紙屑へと成り下がった。
「そんなに落としたいのなら、考えてやらんこともないが」
悪女のような笑みは、言葉を皮切りにすっと温度を失う。
「せめて名を名乗れ。名前すら言わずナンパする男がいるか」
「……名前ねぇ」
考えるような仕草、そして、お手上げだとでもいうような仕草。名乗れと言われ何を感じたのか、少年はころころと仕草を変えたのち、小さく何かに頷いて、ティエラの側を通り抜けようとした。
「君の名前ほどきれいなもんじゃないからねぇ……」
「……おい」
「ムー。そうとでも呼んでおくれよ」
すれ違いざま名乗った少年は、ひらと手を振って木々の覆う闇へと去っていった。楽しみにしているからね、と残して。
アコールの電話を取った時はまだ明るかったはずの空は既に昏く紺を帯びていた。ムー、そう名乗った少年が去っていった方向を呆然と眺め、ゆっくり顔を上げたティエラはデバイスで時刻を確認すると、広い空へと小さくため息を吐いた。
「……あそこは、まだ動いているのか……」
研究所の記憶。彼女の心中には、その情景とまつわる色々な言葉、用語が渦巻いていた。あそこは、ある日突然国と都の合同衛兵隊が立ち入ってきて、あらゆるものを破壊された。そうしてティエラとリーベは解放されたのだ。
─────私を連れだした衛兵は、第三者(おそらく、まだ研究所へ連れられる前に仲良くしてくれたハイテレス家の兄弟のどちらかだろう)の通報によって研究所の非人道的な行為を知ったのだと言っていたな。ティエラはそう、当時を感慨深げに思い返す。国はティエラ達の境遇を憐れみ、せめて以降はのびのびとした人生を送れるようにと、住居を提供してくれたり、サフィール都内で最高の学園であるプラティヌベルへ特待生として入学させてくれたりと、様々な支援をしてくれた。
─────その恩に報いるため、ティエラは今までを走りぬいてきた。
当然、この国の平穏を脅かす存在は許してはならぬと考えていた。その脅威がまさか。
「今も尚……私の前に立ちはだかろうっていうのか」
ティエラはもう一度息を吐いた。そして、抜いたままだった刀を鞘に収めた。
目を閉じて、こころと問答する。答えは決まっていたが、逸る感情を押さえつける時間が、彼女には必要だった。
「……そうだな」
木々はざわざわと風に揺られ音を立てるが、冷たささえほんのり香る鋭く低い声はよく聞こえる。
誰に聞かれるわけでもないが、自分が聞くために、声を零す。
「戦うぞ、私は。この国の平穏と、私の安寧を壊そうならな」
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