「“授業”開始」
「黒い……人間型のクリーチャー……ですか」
朝、一年生教室につながる廊下にて。
一年次組の担任であるカルドを捕まえることは思ったよりも簡単であった。登校してきた後輩たちが彼女を捕まえた人物を見て興奮気味に囁きあう中、当の本人らは至って冷静に議論していた。
「そいつ、確かに普通の人がアーマーでも纏ってるような面してたんです。それで話しかけた人に襲い掛かって……、襲われた人も助けたし、被害が広がる前に居合わせた皆は逃げてくれたので誰が怪我したとかそういうのは無かったんですけど」
「そういった魔物は今までに目撃されたりしていませんね……。そもそも魔物なのかしら……?ともかく、怪我人が出なかったことはいいことです。民間人をよく守ってくれましたね、ありがとう」
いえいえ、と照れ笑った憧れの的に、女子生徒達はきゃあと心でも射抜かれたような声を上げて静かに騒ぐ。
「このことは管理局の面々に伝えておきましょう。黒いオーラを纏った人型のクリーチャーで、……人間が素体の可能性があると?」
「た、多分」
「……知能は見受けられず、動きは鈍重……。こんなところですね」
「はい」
「……ええ、では、今日の放課後、いつもの教室で対応策を伝えます。貴方達に手伝ってもらうこともあるでしょう、その時はよろしくね」
「はい、いつでも大丈夫です」
握り拳を胸に添えて告げたティエラへ頼もしいわと微笑み、カルドはその場を去った。ふう、と息を吐き自身も戻ろうと歩き出した時に、ちらりと自分をきらきらした目で見る後輩達が視界に入る。彼女らに微笑んで小さく手を振ると、廊下はたちまち黄色い悲鳴の大合唱で埋め尽くされた。
ファンサービスも程々に、階段を上ろうとした時。
「待って、ティエラさん」
突然、去ったはずのカルドから呼び掛けられた。「聞き忘れていたわ、……例のクリーチャー、倒した後はどうなりましたか?」
「あ……」
急いで昨日のことを思い出す。あの後襲われた男の負傷無しを確認した後、気は引けるがアンプルの一つや二つでも取れるなら取ろうと倒したクリーチャーに近づいた。確かに覚えている。
しかし、その時には既に、クリーチャーは跡形もなく消えていたのだ。
「……対処が難しそうね……分かったわ、ありがとう」
今度こそ、カルドは去っていった。その背を見送り、その途中で、ティエラは自分の頬がすっと冷めていることに気が付いた。
「皆さん集まりましたね?それではこれから授業を始めます」
「「「よろしくお願いします」」」
「では、今配った書類を参照してください。……これは、ティエラさんの報告によって判明したことなのだけど」
昨日のクリーチャーのことは滞りなく二十三番クラスへ伝えられた。
話を終始不安げな表情で聞いていたプリエールは、カルドの話が終わると同時に隣にあるティエラの顔を見た。視線を感じてティエラも目だけでプリエールを見、プリエールをティエラと挟むアコールも、その場所から二人を覗く。
「すごい怖いじゃん……大丈夫だった?」
「大丈夫じゃなければ、今私はここに居ないぞ」
「先生、これって他のクラスの人にも伝えられてるんですか?」
「ええ、全クラスに警告と警戒を、そして一部のクラスではこれ関係で任務が与えられます」
「ええと……ここには」
「目撃者がいるクラスですからね……十四番、十七番クラスと合同での偵察任務。それを兼ねた巡回護衛任務が与えられています。クリーチャーが発生したアイオライト市場付近を巡回、捜査してください」
手元の書類を見ていた三人が顔を見合わせる。
「昨日行ったとこの……」
「食品売りのテントが並ぶ地帯だ。昨日雑貨を買ったところからも見えるから入るのは容易い」
「そこと……ティエラちゃんがクリーチャーと会ったのはその奥の広場なんだよね?……意外と広いね、そう考えると」
「……何かすまんな」ティエラはぼやいて苦笑する。
「ティエラが会いたいと思ったわけじゃないのに向こうから勝手に来たんでしょ」
「フ……っ、大丈夫だよ全然」
笑いが二人にも伝染し、三人は特に理由もないのに何故か吹き出した。カルドには彼女らが笑う理由が分からず、これがフォークが転んでも可笑しい年頃というものかしら、と一人場に取り残されながら思案した。
「……すみません、続きは」
笑いを堪えながらティエラが問いかける。
「……大丈夫かしら。……あとはこちらから言うことはないわ。プリントに書いてある通り、任務実行期間は今日から三日間。午後の六時半まで任務に当たること。翌日から特別授業開始の際に、前の日の捜査結果を報告してください。簡易なレポートを作ってきてくれたら好ましいです」
「わかりました」
「ではそろそろ切り上げましょう。夜まで任務が長引く際は気を付けるように。それではこれにて授業を終わりにします。お疲れ様でした」
「「「ありがとうございました」」」
授業の終わりとともに、生徒達は蜘蛛の子のように散っていく。
任務の始まりだ、今回も抜かりなく。問題なく日常へと帰るために、気はいつだって抜けない。
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