「プラティヌベルの放課後」

 この魔法に満ちた世界にて、ミスティは北には荘厳な氷山を、南には暖かな気候の平地と海を持つ神秘の島に成り立つ国だ。

 王都ミスティは北の氷山地帯にあり、雪と氷で囲まれながらあたたかい街を成す。そこにある王家の城は『精霊が棲む』と言われるほどに美しく、見たものは誰もが感嘆すると言う。

 対して温暖な地方、南には王都に匹敵する大規模な街が成り立っている。「新興工業都市」サフィールはこの世界ではある意味異質な街だ。

 世界の裏にあり、魔法は無いが人々がモノづくりの力を極め、灰色の高く大きな塔が建ち並び、小さな列車が幾つも行き交うといわれるもう一つの世界、工学世界。そこから流れてきた技術が、この街の根底を支えている。技術を得たといえど向こうのように灰色の塔や小さな列車があるわけではない。しかしサフィールの住民の生活様式は、向こうの世界で言う「近代的」なものに極めて近い。この世界にも工学に満ちた都市は幾つもあるが、ここほど近未来的に発展した場所はないだろう。



 都立プラティヌベル魔法学校。その大きな校舎は、幾つも広い教室を詰めても有り余る。


 忙しない午前はあっという間に過ぎ去って、講義を終えた生徒達は各々の活動へと散らばっていった。ティエラも一人、だだっ広い多目的講義室の天井を仰ぎながら、遠くで鳴り響く放課の鐘の音を聞いていた。

 その姿勢はお世辞にも利口とは言えないものだった。体は背もたれに任せっきりだし、脚も机上に投げて前の背もたれには片足の足首を引っかけ、もう一方の脚は組んでいる。誰もいない講義室でありのままの態度のまま、手中のデバイスで同期且つ友人の動向を探っていた。

(早く来ないかな……)

 思案のさ中、誰かがドアをノックした。ティエラは、控えめな叩く音から友人の一人が来たのだと察知した。


「失礼しまーす……」

 動きが重いドアが、ゆっくりと開けられる。小さな体躯が室内に収まると同時に、大きな音を立ててドアは閉まった。

「……プリエール」

 ここに居ると言うかのように、こちらに気付かぬ様子で辺りを見回した友人へティエラは呼びかける。

「……ティエラちゃんだけ?」

「ああ」

「そっか……、今日って特にやることはないんだよね」

「任務の振り返りだけで終わると思うぞ」

「だよね」

 デバイスを弄りながら荷物を下ろすプリエールは、ティエラの眼前を通る時に「なんてカッコしてるの」と彼女の脚を優しく叩いた。

「ねえねえ、アコールちゃんいつ来るか分かったりする……?」

「ん?分からん、まだ講義中なんじゃないのか。連絡繋がらんぞ」

「うーん……どうしよう、先生来るまで間に合うかな?」

「それは向こう次第かと」


 まだ生徒がたくさん残る学校を、傾きつつある夕日が照らして淡く橙色に染めている。プリエールは窓から大きな校庭を見下ろした。

 魔法を学ぶと言えど、学生が学生であることには変わりなく、皆各々の青春に今を捧げている。工学世界の人々も同じようにティーンエイジャーの時期を過ごすと、どこかで聞いたことをプリエールは思い出した。スポーツに励む彼らの華麗な術に感嘆していると、影に覆われた教室から心地よい低めの声が彼女を呼んだ。


「アコール、今補習終わったって。こちらに向かってるそうだ」

「補習やってたの?」

「そうらしい。今回はどこで転けたんだろうな」

 ティエラはそう言ってクク、と小さく笑って続けた。「それと、今カルド先生を見かけたらしい。なんか生徒と喋ってたとさ。まあすぐ来るだろう、こちらに関しては」

 相槌を返し、プリエールは自分の荷物の近くまで戻った。書類を整えながら、他愛もない話は続く。

「早く帰りたいなぁ……、今日ね、お菓子作ろうと思ってたの。リンゴ味のクッキー」

「……クッキーなんかにあれ使っていいのか」

「普通のリンゴ使って作るよ……」

「……使ったら使ったでお手軽ヒーリングアイテムになりそうだがな」

「え、今度作る?あげるよ?欲しいんだったら」

「私は要らん、リィとかにあげてやれ」

 ティエラとプリエールの談話は絶えずゆるゆると続いた。

 かたや校内最強と謳われる雷魔法と水魔法の使い手、かたや幼くして治癒の加護をポム───彼女はこれを『林檎リンゴ』と呼ぶ───に詰め込み、土壌から育てることのできる治癒食品ヒーリングアイテムとして開発した伝統的な祈りの魔法を担う才女。各々の学ぶ環境で、級友から一目置かれて慕われる彼女らの対話とて、これといった難解なことはないごく普通の女子学生の和やかなものだ。

 彼女らは学ぶ魔法の種を超えて仲が良い。馴れ初めはいつだったか、ひょんなことから繋がりを持ち、今ではティエラがプリエールの家へ頻繁に足を運ぶ程度に仲が良い。彼女らの相性を能力的にも友情関係的にも考慮した結果、二人が特級クラスにおいて級友となることは誰もが想像ついていた事象だった。


 さて、そんな校内の柱とでも言うべき二人とクラスを共にする少女と、彼女らを擁する『特級クラス』なるものだが───。


 バタバタと廊下を駆ける忙しない音が聞こえたと思うが否や、重いドアが勢いよく開いた。ギギィと周波数の高そうな不快な音が教室中に響き、後から聞こえるそのドアが勢いそのままにずしんと閉じる音も、この教室を壊さんばかりの重低音だ。

「ごめん!すっごい遅れた!!!先生まだ来てない!!?」

 そして耳に障るのは、ドアで不快な音を奏でた彼女自身もである。ティエラはそっとデバイスを机に置き、顔を顰めながら答えた。

「……来てないぞ」

「あー……よかった……」

「……お前、この教室を壊す気か」

「だってもう私風専攻なのに水魔法の云々とか分かんないよ!?もうびっくりしたぁ私まさか補習あるとか思ってなかったもん」

「おおこれは話を聞いてないな?まあもう……はぁ、来たは来たし別にいいが」

「アコールちゃん、多分もうちょっとで先生来るから早くプリント出しときなよ?」

「大丈夫わかってる!これでしょ?」

 そう言って級友の手元にあるものと同じ紙を取り出して、アコールは太陽のように笑う。


 プラティヌベルにおいて一定以上の評価を得た成績優秀者は、教諭からの推薦を経て結果的には自ら志願することにより、『特級クラス(別称、特別クラス)』へ元から属するクラスとは別に編入される。

 特級クラスにて行われる『特別授業』は、特定の地域の巡回や実戦演習など場合によっては危険が伴うものもある。されど実体験ほど貴重な学びはないと、そんな言葉を体現するかのように、ここを介した卒業生達は数々の実績をあげているし、在学中に特級クラスに属していた者が表彰モノの業をなすことも珍しいことではない。在学生の誰もが、このクラスの枠を目指して切磋琢磨している。


 ティエラ・テンペスト、アコール・ティフォーネ、そしてプリエール・フォン・ビリーグレイス。三人で組成された第二十三番クラスは、その和気藹々とは裏腹に、数々の厳しい実技演習をこなしてきた優秀クラスであった。


「ごめんなさいね、待たせてしまったかしら。……うん、皆居るわね。早速だけど、前回の地域護衛演習の反省会を行います。集まってらっしゃい」

「はあい」

 彼女らの監査を務めるカルドが教室の戸を開けて間を置かず、生徒達は恩師の元へ駆け寄った。

 久方ぶりの自由な放課後は、賑やかなものになりそうだ。

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