5-8 残された宿題

「なんでホムラがカズと一緒にいるんだよっ!」


「これはご挨拶が遅れましたわ。わたくし、降魔さまと晴れてパートナーになりましたの」


「コーマとパートナー!? カズはどこに行ったんだよ! ……まさかホムラがなにかしたんじゃないだろうな!?」


「わたくしに三次の魂をどうにかできるわけないでしょう? 弱小脳ミソ、もう少しお使いになってみたら?」


「なんだとっ!」


『うるせえぞ、お前ら!』



 怒鳴りつけ、二次元どもを黙らせる。


 実体化したブルームはふん、と鼻を鳴らしてソッポを向き。スマホに下げたホムラのキーホルダーはジト目で頬を膨らませている。



 一応、ホムラとはいつでも会話できるように、メルカニで中古のキーホルダーを取り寄せてやった。


 女性を中古で買うなとブー垂れていたが、引退したライバーのグッズなんて正規ルートじゃ売ってない。そう説明をすると現実を思い知ったのかしょんぼりされてメンドくさかった。



 と、二次元のことはどうでもいい。


 いまは机向かいに座る、銀髪の少女――紗々に用がある。


 先ほどまでは「カズくんを返してください!」と泣き喚いていたが「オレもそのつもりだ」と言うと、にわかにおとなしくなった。


 まだ感情が高ぶっているのか、目を赤くして鼻を鳴らしている。


 ……思わず手を貸してやりたくなるほどにいじらしい姿だ。だがそれはオレの役目じゃないだろう。



 つーか、ビビるくらい美人だな。


 二代目はマジでこいつを落としたのか? 無才能のくせにやるじゃねーか。うらやましい。


「……なにしに来たんですか」


 紗々がかすれた声でそう訊ねる。


「二週間でカズくんは戻るって聞きました。……あれはウソだったんですか」


『ウソじゃない、本当にそのつもりだった』


「でも、あなたは……わたしの知ってるカズくんじゃありません」



 睨みつけるような瞳から涙がこぼれ、ブルームがその背をさすっている。



『仕方ないだろ。アイツが起きてこねーんだよ』


「起きない……?」


『ああ。二代目――カズの魂はいまここにある』



 オレはポケットの中から”だいじなもの”を取り出して見せる。



「これ、カズくんが持ってた石じゃないですか」


『そうだ、カズの魂はこの中にある』


「ここにカズくんが……」


 紗々は小石を大事そうに受け取り、胸元で優しく包み込む。



『細かいことはハショるが、オレはカズに頼まれ、ユーグレラの追加原稿を書いていた。二週間で完成すると踏んだから、三厨さんにもそう伝えた』


「どうして直接わたしに言ってくれなかったんですか」


『だってお前、カズの女だろ?』


「ち、違います。カズくんがわたしのものなんですっ」


『あ? なにが違うんだよ』


 紗々はきゅっと口をつぐみ、指で小石を転がしている。


『……ま、どっちでもいい。要はカズと深い人間はオレにとって毒だ。紗々と接触すればオレの魂が追い出されるかもしれない』


「でも、わたしたちはいま普通に話してるじゃないですか」


『だから困ってる。オレは魂を剥がすためにお前に会いに来た。二代目に体を返すためにな』


 オレの言葉に、ホムラが真面目な声音で補足する。


「次元さまに体を返すということは、降魔さまの魂が帰る場所を喪うことを意味します。……その覚悟をそしることは、誰であっても許しませんからね」


『ホムラ、余計なことを言うな』


「でもっ!」


『いいから』



 話が脱線する。

 紗々にとって次元和平は二代目以外の何物でもない。


 余計な情報でカズの帰りづらい状況を作るのは本意じゃない。


 だがホムラの話に思うところがあったのか、紗々は眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をする。



「夢見先生が悪いわけではないことはわかりました。さっきはひどいこと言って、ごめんなさい」


『……気にすんな』



 素直に頭を下げられ、面食らう。

 さっきはあれだけ泣き喚いていたのに。


 クソ、美人な上に性格までいいのかよ。心底うらやましい。



「でも、どうしてカズは戻ってこないの? カズだって早くママに会いたいはずだろ?」


『さあな。わからないからお前らの知恵も借りたい』



 ……なぜ、カズは帰って来ない?


 いまになって生きる理由を見失ったとは考えにくい。だとしたら、オレの側に問題が? それともこの石になにか問題が?




「あ、あの。夢見先生、ひとついいですか?」


 紗々がおずおずと上目遣いで口を開く。


『なにかいい方法でも思いついたか?』


「いえ、こんな時に言うのもなんですが……サイン、もらってもいいでしょうか」


『あ?』


「わたし、実はDSの大ファンなんです……」



 紗々が上目づかいでマジックを差し出し、スマホの裏面にお願いしますと言う。


 さっきまで睨まれていた相手にそんなこと言われて、面食らう。

 だがファンと言われたら、無碍に断わることなんか出来ない。


 マジックを受け取り、何万と書いたサインをスマホの裏面に書き込んでいく。



『ほら、これでいいか?』


「はいっ、ありがとうございます!」



 紗々は目を輝かせて、オレのサインを恍惚とした目で眺めている。



「わたし、DSのアニメがきっかけで声優になろうと思ったんです。ブルームにならなければ、カズくんと会うこともありませんでした。だから本当にありがとうございますっ!」


『……そっか。なれて良かったな、声優』


「はい。大好きなことで仕事ができて、本当に嬉しいです」



 屈託のない表情に、思わず頬がほころぶ。


 ふと、薫を声優にすると息巻いていたカズの言葉を思い出す。


 オレは薫という女を知らない。


 成功しようと不幸になろうと、どうでもいい。


 だが夢を叶えて、嬉しいと笑う紗々の顔を見ていると……オレのしたことは存外、無駄じゃないのかもしれないなんて思った。



「ちょっと、降魔さま。……なに三次の女と楽しくおしゃべりしてやがりますの?」


『あ? なんだお前。いっちょ前に嫉妬でもしてるのか?』


「当たり前でしょう! わたくしはあなたとパートナーですのよ!? 女性と話す時は許可を取ってくださいまし!」


『あ? そんな重い契約なら破棄だ、破棄』


「な、なんてこと仰いますのっ!? あの日、降魔さまが運命を共にすると仰ってくれた時、わたくしはどんなに嬉しかったかっ……う、ううっ……」


『あーもう、わかった。維持だ、維持』


「もっと真剣に言ってくださらないと、イヤでございます!」


『ホムラ、愛してるじ。一緒に死んでくれ』


「はいっ、もちろんでございます!」



 ホムラが嬉しそうに言うと……なぜか紗々がマジックを投げつけてきた。



「カズくんの顔で他の女性といちゃいちゃしないでください。腹が立ちます」


『あ? これは元々、オレのツラだ。外野がぎゃーすか言うな』


「カズくんの所有権はわたしに帰属しています。貸借人がえらそうな口を聞かないでください」


『んだと、えらそうなのはどっちだよ』


「……ねえ、二人とも。カズを戻す方法、考えるんじゃなかったの?」



 ブルームの呆れた声で我に返る。

 そうだ、こんなアホな会話をしてる場合じゃない。



「紗々さまは次元さまからなにか言付かってないのですか?」


「特には聞いてません。クリスマスイヴのお昼に連絡をもらったのが最後です。ケジメをつけてくるって言われて……それっきりです」


 紗々が見ていて憐れなほど落ち込んでいる。あまりこの話題に触れるのはやめてやろう。


「コーマのほうこそ、カズからなにか聞いてないの?」


『オレはユーグレラのリテイクを頼まれただけだ』


「じゃなくてさ、伝言みたいなの? 最後の瞬間までいたのはコーマなんだろ?」


『そんな大した話してねえよ。なあホムラ?』


「そうですわね。最後まで紗々さまとの連絡を切望されてはおりましたけど……」


「っ、……カズくん」


『そう凹むな。カズには必ず体を返してやる』


「……夢見先生は、それでいいんですか」



 紗々は涙ぐみながらも、ためらいがちに聞いて来る。



「カズくんに体を返したら、夢見先生は……本当にいなくなってしまうんですよね」


『ざっくり言うと、そうだ』


「未練とか、やり残したことはないんですか」


『あるにはあるけど……結果には納得してる。オレは好き勝手に生きて、しくった。ケツ持ちくらい自分でやる。そりゃ死にたくはなかったが、その責任を他人に押し付けようとは思わねえよ』


「ご自身ではそう納得していても、周りは納得してないんじゃないですか」


『……どういうことだ?』



 喉に小骨がかかった感覚がする。


 どこかで聞いたことがあるような言葉だ。



「みくりんから夢見先生の話を聞いた時、とても後悔してました。徹夜明けでバイクに乗るなんて危険だってわかってたのに、強く言えずに止められなかった、って」



 そうだ。

 カズにも似たようなことを言われた。


 人の忠告を聞かなかったからこうなった、周りの人間を雑に扱い、自分も雑に扱ったと。


 だからオレは納得していても、周りは納得していない……?



『バカな。なんで三厨さんが後悔してんだよ』


「自分にできることができず、大事な人を失ったなら後悔するに決まってます」


『いやいや。言いつけを守らないバカが死んだら呆れて終わりだろ』


「そんなわけ、ないじゃないですか……」



 紗々が困ったような、呆れたような顔で言う。



「大事な人が亡くなったら悲しいに決まってます。自分を責めてああしてれば、こうしてればたくさん考えてしまいます」


『三厨さんにも誰にも非はない。それにオレみたいなヤツが、人にそんな風に思われるワケねーだろ』


「……なんでそんなこと言うんですかっ。わたしにはみくりんが悲しんだ理由、はっきりわかります」


『ウソつけ、お前にオレのなにがわかる?』


「わかりますよっ!」



 紗々がテーブルに拳を叩きつけ、眉に皺を寄せる。



「だって夢見先生、わたしにだって優しいじゃないですかっ!」


『優しく? オレがいつお前に優しくした?』


「ホムラさんが怒った時、間に入って止めてくれました。声優になれて良かったな、って笑ってくれました。自分も生きたいはずなのに、カズくんに体を返そうとしてくれてます。……普通、そんなことできませんよ」


「……紗々さまの、仰る通りですわ」



 暫く黙っていたホムラが、あいだに割る。



「降魔さま、自己評価が低すぎますわ。自分のこと天才とは仰られるのに、なぜ他者からの好意を素直に受け取ろうとしないのですか?」


『……そうは言われても、誰かに好かれてるとか、そんなの考えたことねえしよ』


「だったら、考えてください」


 瑠璃色の瞳が真っ直ぐオレに向けられる。


「きっとカズくんだって、そんな夢見先生だから体を預けたんだと思います」



 ――お前、悪ぶってるだけじゃん。本当はそこそこいいヤツだろ?


 ――あいにぃや三厨さんのこともきっと他人だなんて思ってない。


 ――そう考えたほうが納得できることが多い。



 カズも似たようなことを言っていた。


 そして意識を落とす間際、アイツはなにかつぶやいていた。


 セリフは断片しか聞こえなかった。

 だが互いの感情はわずかに混ざり、本当は聞こえない言葉も本当は拾えていた。



『……後悔を残すな、素直な自分になってこい』



 オレが反芻した言葉を聞くと、紗々がほっと安堵の息をつく。 


「カズくんが戻らない理由、わかりましたね」


『……なに?』


「夢見先生が、まだ宿題を終わらせていないからです」

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