5-6 最期に見つけたモノ

「薫さまはそのような外道なことは致しません!」


『だから言ってるだろ。これはアズサがすることで声優は関係ない』


「そうは仰いましても限度があります! 透香だってかわいそうじゃありませんか!」


『お前が透香ブルーム側に感情移入してどうすんだよ』



 ネカフェに滞在して一週間、年が明けた。


 いまは反乱軍に捕まった透香が、アズサに拷問されるシーンを書いている。


 二代目は石の中で眠り、話し相手は落書きのホムラだけ。いまはブラックでマジシャンな衣装に身を包んでいる。



『ほら、お前からリクエストはないのか。腕くらい切り落としたっていいんだぞ』


「な、なんて恐ろしいことを仰いますの!?」


『あのな、オレは復讐を代行するために書いてんだぞ? ホムラがヒヨってどうすんだ』


「ヒ、ヒヨってなんていませんわ! ただ必要以上に苦しめなくたって……」


『よく言うぜ。ブルームの魂を抹殺しようとしていたクセに』


「そ、それは……」



 ホムラがしゅん、とした顔を見せる。



『……ったく、どいつもこいつも腰砕けやがって』



 怖気づいたのはホムラだけじゃない。


 ホライゾンの演者ライバーたちも似たようなことを言い出したのだ。




 彼女たちはアズサ率いる反乱軍に纏められている。


 そして紗々はそんな同僚たちからヘイトを持たれていたと聞いている。


 だからホムラ同様、演者たちのヘイトも代弁してやろうと、出来る限り汚い言葉で透香――紗々を罵倒する機会を与えてやった。


 わざわざ台本にも”調子に乗った新人を叩き潰すつもりで”と注釈もつけた。


 本人に思ってることが言えればスッキリするだろ、というオレの優しい心遣いだ。


 ……だというのに、現場からはこんな声が上がり始めた。



 ――同じ事務所の仲間に、こんなこと言っていいのかな?


 ――新人を叩き潰すなんて……みんな仲良く、やっていきたいよね?


 ――相手は大物にこたまブルームですよ? こんな失礼なこと、台本でも言いたくありません……



 舐めやがって。


 裏ではこそこそと陰口を叩いていたクセに、ライバーの名前を出され、悪口を収録されるのだけは拒否感があるらしい。


 ……要は安全なところから攻撃したかっただけなんだ。


 陰口を言うヤツが複数集まれば、自分の責任が薄まると思い込んでいる。


 ヤツらが心配したのは相手が傷つくかどうかじゃない。自らの保身だ。



『どうせならバチボコにぶつかれよ、薫を見習ってさ?』



 逆に薫は闇堕ちアズサを気に入っているようだ。


 そもそも闇堕ちアズサは、二代目とホムラの話を元に書き直した薫本人をモチーフにしたキャラクターだ。


 仲間であるはずの透香に嫉妬心を燃やし、憎しみを制御できず、その感情を言葉と過激な行動へと変化させていく。


 薫の抱えた感情を物語で昇華させるためのキャラクターだ。アズサの感情を代弁するための声優として、薫以上の適任がいるはずもない。


 だがセリフや展開が禍々しくなるにつれ、ホムラが謎の拒否反応を示すようになってきた。




「薫さまには合いませんわ、こんな役」


『薫だってこの配役を気に入っている。なにが不満なんだ?』


「不満というわけじゃ、ありませんけど……」



 どうにも歯切れが悪い。

 オレはキーボードを打つ手を止め、ホムラの落書きに視線を落とす。



「薫さまはブルームや紗々さまを恨んでいませんでした。そんな方に復讐を肩代わりさせるのは抵抗がある、と言いますか……」


『薫はそもそも二次元存在に意志があるなんて知らない。だからユーグレラの追加シナリオには”ホムラ自身のウサを晴らす目的がある”なんて気付くことはない。気にするだけムダだ』


「だったら! そんな薫さまがわたくしの復讐を代行するのは、的外れなのではなくて!?」


『あのな。お前にとって復讐は目的かもしれないが、オレたちにとっては手段だ。本来の目的は薫に声優業へのやる気を取り戻してもらうことで、復讐はついでだ』


「わ、わたくしの復讐をなんだと思ってますの!?」


『上手く料理すれば薫を元気にできる都合のいい原材料。以上だ』


「……それって復讐できたことになりますの?」


『王道ハッピーエンドよりは多少、紗々とブルームを不快に思わせただろ。復讐大成功だ、おめでとう』



 おめでとう、おめでとう。

 エ○ァの最終回よろしく、ホムラの周りに拍手をする人々を書き込んでいく。



「な、なんですの、この空しさは……」


『復讐を遂げた人はみんな空しくなるんだ、ようやくお前もその境地に立ったな。おめでとう』


「もう、おめでとうはやめてくださいまし!」



 落書き上のホムラが頭から煙を出して怒っている。



『ま、でも良かったんじゃないか? お前の復讐とやらはまわりにまわって薫の糧になった。結果オーライじゃないか』


「そうでしょうか?」


『当然だろ、薫だってお前が視えてりゃ最上級の感謝をするさ』


「どうでしょう。……所詮、わたくしと薫さまはパートナーになれない程度の関係でしたから」



 ホムラは膝を抱えて座り、寂しそうに笑う。



「わたくしはずっとブルームの邪魔ばかり考えてきました。次元さまも小清水さまも、薫さまの復帰を第一に考えてきたのに」



 こいつは小清水とパートナーだったことがあるらしい。


 だが小清水もホムラと手を組んだのは薫の復帰を望んだからだ、あくまでブルームへの復讐は手段でしかなかった。



「復讐だけにこだわっていた性悪はわたくしだけ。薫さまとパートナーになれるはずもありませんわね」



 ホムラが自嘲めいた言葉に、……オレは言いようのないイライラを感じた。



『いまはオレがお前のパートナーだろ』


「あら、先日のアレは本気で仰ってましたの?」


『お前はそう思ったのか?』


「だって降魔さまがパートナーを申し出る理由、見当たりませんもの」


『まあ、理由っぽい理由はないが……そう言われるのはムカつくな。つーか、随分とパートナーにこだわるのな?』


「いいではありませんか。誰かと特別な関係を結び、心を通じ合わせてみたい。そんなものに憧れたって」


『小清水とはなかったのか? 心の繋がりみたいなものは』


「あの方とは利害関係だけでしたから」



 パートナーになる理由を完全な形で説明するのは不可能だ。


 双方に好意や目的意識、次元間を越えた存在の確信。様々な条件が重なったタイミングで、相手はパートナーとしていきなり目の前に現れる。


 オレだって四次元存在とは心の繋がりどころか、必要以上の意思疎通すらしたことがない。一方的に魂を逃がしてもらっていただけだ。




「思えば嫉妬だったのかもしれませんね。ブルームと紗々さまの睦まじい関係が」



 プリント用紙に描かれたホムラの表情は、どこかつまらなそうな、遠い目をしていた。

 


『……ホムラはこの復讐が終わったら、どうするんだ?』


「そうですわね。薫さまとはパートナーになれそうもありませんし、この世界での意識を閉じようと思います」


『いいのか? 薫が夕日丘ホムラとして復帰するかもしれないんだぞ?』


「いいんです。薫さまはブイチューバーを引退した後、とても謙虚になられました。もし薫さまが再び夕日丘ホムラになったとしても……その時は別の夕日丘ホムラになっているはずです」



 ……魂の上書きか。

 演者の成長によって、キャラ崩壊が起こるのか。


 もし薫がブイチューバーとしての活動中に少しずつ変わっていったのであれば、それはキャラクターの成長という形で魂は維持される。


 だが薫が変わったのはホムラを辞めた後だ。もし薫が復帰後に演じる夕日丘ホムラがいきなり謙虚になっていれば、そこに繋がりはなくキャラ改変となる。


 それは魂の上書きとなり、ここにいる夕日丘ホムラは消滅する。



「皮肉でしょう? わたくしが復讐しようとした方法で、今度は自分が消滅するのです。……わたくしのお慕いする人が、良い成長をされることで」


 ホムラは瞳に涙を滲ませる。


「汚れた魂を持つわたくしは、消える運命にあるのです。……でしたら自ら眠りについて、消えていくことを望みますわ」



 こいつは最初から全部知っていたのか。

 どちらにしろ、自分が消える運命にあるということが。


 魂の上書きでブルームを消そうとしたのも、自分がその立場にあったから思いついたのかもしれない。



 なんて愚かで、憐れな女だ。

 思わず笑ってしまいそうになる。


 ひざを抱えてしょぼくれる姿に、オレはついこんなことを言ってしまった――



『じゃあ、一緒に死ぬか』



「……なにを、仰ってるんです?」



 ホムラがぽかんと口を開き、潤んだ瞳を丸くしている。



『オレとお前はパートナーだ。どうせなら最後まで付き合ってやるよ』


「パートナーって、あれは冗談だったんじゃ……」


『冗談なんていつ言った? 事実、オレはもう四次と関係を切って、お前とパートナーになっている。魂を逃がす先もない』


「だったら四次元存在と、関係を結び直せばいいではありませんか」


『いいよ、どうせつまらないし』


「つまらないって……少しいい加減じゃありません!?」


『は、なにキレてんの。ウケる』


「だって降魔さまが無茶苦茶なことを仰るから!」


『理路整然としてるだろ。そもそもオレは無駄な長生きより、短くても骨太な人生がいいんだよ。だのに情けでもらった二年をダラダラ過ごしてなにが楽しい? だったら破天荒でグラのいい女と心中するほうがよっぽど上等だ』



 そもそも二年なんて最初から過ごすつもりはない。オレは体を奪い返された瞬間に、自分の死を受け入れている。


 二代目アイツの言う通り、オレは大人の話に耳を貸さず、事故って死んだ。そこでオレの物語は終わってたんだ。


 だがオレの魂は四次に守られ、生きる意志の薄い二代目に上書きされる形で復活するはずだった。


 だが、アイツは生きる動機を確固たるものにしていた。


 そうなった以上、生きてるヤツの邪魔をする権利はない。


 二代目はもう次元和平として上手くやっている。いまさらオレがしゃしゃり出ても特にいいことはない。


 ……強いて言うなら、DSは完結まで書きたかったが。



『二週間で追加シナリオは書き終わる。そしたら二代目に体は返す』


「……本気ですの?」


『本気だ』


「同情だったら、やめてくださいまし」


『同情じゃねえよ、ひとりで死ぬのが寂しいから付き合えって言ってんの』


「……そんな言い方、ずるいです」



 ホムラはそう言うと、顔を伏せて黙り込む。

 そして少しだけ下から覗き込むように、チラチラと視線を向けてくる。



「そ、その、どうして、わたくしにそこまで……」


『なんだよ、まだ理由が欲しいのか?』


「だって急にそんなこと言われても、信じられなくて……」


『お前のグラがすげーよかった、つい筆が動いちまうくらいに。これって一目惚れの理由なるだろ?』


「……ならないと思いますわ」


『そ、そうか』



 おかしいな。

 ちょっとカッコいいこと言ったつもりだったんだが。


 だが、オレが黙っているとホムラはくすくすと笑い出した。



「降魔さまにもトボけたところ、あるのですね?」


『……茶化すなよ』


「いいえ。降魔さまの貴重な一面、忘れませんわ」



 そう言ってホムラは、首を竦めてはにかんだ。



「ねえ、降魔さま。衣装のリクエスト、してもよろしいですか?」


『いいぜ。なにがいい?」


「花嫁衣裳、お願いできますか?」


『……そうだな。残りのシナリオ、描き終えた後で用意してやる』


「ふふ、楽しみですわ」




 向かう先にもう道は繋がっていない。


 だが、そこに辿り着くまでの時間は、きっと悪くないものになる。


 そんな予感がした。

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