5-4 フェードアウト

「薫さまのための追加シナリオですか、よろしいのではなくて?」


「本当に興味なさそうだな、お前は」


「だから何度も言ってるでしょう。協力する気はないと」



 プリント用紙に描かれた、澄まし顔のホムラ。

 いまはこうして普通に話せているが、なんとかこの辺りで手を組んでおきたい。


 オレはこれから長い間、眠りにつく。

 だが放置しておけば必ずブルームにちょっかいを出す。


 なんとかここでホムラを抑えておく必要がある。



「ホムラはブルームに復讐したいんだったよな?」


「ええ。夕日丘ホムラの名前が忘れられる”第二の死”まではそのつもりです」


「そっか。じゃあ俺たちと手を組もう」


「……なにを仰ってるんですの?」


「これからユーグレラに追加されるシナリオは――ホムラ紗々ブルームに反旗を翻す物語なんだよ」




 ――薫の演じるアズサは、主人公透香の引き立て役。


 通常のシナリオではアズサはその役目を最後までまっとうする。


 だがエンディングを迎えると、シナリオの分岐が示唆されるメッセージが表示され、二周目にアズサの描写が多数追加される。



 透香を越えようと必死に鍛錬を積む姿。


 片思いの幼馴染が透香に求婚を申し込むシーン。


 かつての取り巻きがどんどんいなくなり、一人寂しく昼食を取る描写。


 ……アズサは不平を口にするようなキャラクターではない。だが、ふと現れた敵国のスパイにこう唆される。


「透香の目的は国の私物化。近いうちにこの国は帝国化し、侵略戦争を画策する。それはすべて透香の引き金である」と。


 そしてリークされた翌日、透香は国王に最高司令官へ任命され、国号を帝国に改める号令が出される。


 アズサはこれに真っ向から反対、だが聞き入れられずに一時拘束される。


 通常ルートでは「国が帝国化しないよう、緩やかに王を説得する」という透香の話を聞き入れ、アズサは怒りの矛を収める。が、追加シナリオでは最後まで納得することはない。


 そして最高司令官授与の式典当日。

 式典の衣装に身を包む透香は、背後に控えているアズサに槍で一突きにされて致命傷を負う。


 透香は一命はとりとめたが、目を覚ますと国は泥沼の紛争に突入していた。




「ホライゾンのブイチューバー全員を、アズサ率いる反乱軍役として組みこむ。そしてこれまで順風満帆にことを進めてきた透香を、絶望の淵に陥れる」



 これは代理戦争だ。


 反乱軍は国政の不満をすべて透香にぶつけ、矢面に立つアズサは妬みに取り憑かれる。まるで現実の立場をなぞるように。



「ホムラの復讐は降魔が形にしてくれる。を一番苦しめるストーリーを考え、物語上で実行してくれる」


「降魔さまが、復讐を形に……?」


「そうだ。薫とホムラが望むストーリーを降魔が生み出してくれる。だからホムラにはどんなエグい仕返しをしたいか、意見を言って欲しいんだ」


『ラストは透香をむごたらしく殺してもいい。そもそもユーグレラは大衆狙いの作品じゃない、望み通りの話を書いてやる』



 降魔の言葉に、ホムラは視線を泳がせる。



「……誰かの手を借りる復讐なんて、邪道ですわ」


『あ? そもそも復讐に邪道もクソもないだろ?』


「でもっ、この方法では復讐になりません。この方法じゃブルームは苦しまないじゃありませんか!?」


「……なあ、ホムラ。そもそも復讐ってなんだ? 薫は誰も恨んじゃいない、打つ仇なんてどこにもいないんだぞ?」


「そんなことは百も承知です。わたくしが受けた仕打ちに、やり返さなければ気が済まないだけですわ」


「だったら降魔に協力して意見をくれ。後味の悪い物語を作って、ブルームのサクセスストーリーに泥が濡ってやろうぜ?」



 ホムラはあまり納得のいかない表情で、なにか考え込んでいる。……クソ、どうにもうまい言葉が思いつかない。


 俺のその考えが伝わったのか、降魔が代わりに口を開く。



『あ~あ、クソめんどくせえ女だな。要は殴ってスッキリしたいだけじゃねえのか?』


 降魔がめんどくさそうに言う。


「……そんな一言で片付けられるものじゃありません」


『じゃあ、ホムラの気が済むまで話を聞いてやるよ。お前のことを真の意味で理解できるまでな』


 降魔の言葉にホムラが不思議そうな顔をする。


『オレとパートナーになれ』


「わっ、わたくしと、降魔さまがパートナー!?」


 ホムラが頬に多数の斜線を並べ、目を白黒させる。

 ペン画だから元々モノクロだけど。


『ああ。いま手を組んでる四次元存在ヤツとは手を切って、お前とパートナーになってやる。嬉しいだろ?』


「そ、そんなこと急に言われても、困ります……」


『あ? オレとパートナーになるのがイヤってか?』


「イ、イヤというわけではっ! で、でも、わたくしは、その……」


『探さないと見つからない理由じゃ断らせねーよ。イヤじゃないなら黙って流されとけ』


 降魔の言葉にホムラはおとなしくなり、小さな声で「……はい」と返事をした。



---



 さて、かなり強引ではあるがホムラを仲間に引き込んだ。


 最終的にホムラが腹の虫を収めるかは今後にかかっている。が、ひとまずは一段落と言ったところだろう。



「あとは薫にも連絡しないと……って、連絡先わかんねー!!!」



 スマホの中身は降魔に上書きされてしまった。


 おかげで紗々や薫に連絡をつける手段がない。



「そうだ! 三厨さんから二人の連絡先を聞いて……」


『薫って女にはオレが話つけとく』


「いや、降魔にそこまで頼めない。それに俺から話すのがスジってもんだろ?」


『違う、そんな時間ないって言ってんだ』



 降魔に言われて時間を確認する。


 二十二時五十分。

 もともと予告されていた時間まで、あと十分しかない。



『わかった、そっちは任せる。でも紗々には一本連絡させてくれ』


『紗々ってヤツは、お前の女なのか?』


「……なんだよ、急に」


『いいから答えろ』


「…………そうだよ」



 どう答えたものか少し考えたが、いまはそれでいい。


 紗々から向けられる好意がどんなものであっても、俺はそうなって欲しいと強く思っている。



『そうか。じゃあ連絡は認められないな』


「……なんでだよ、普通は逆だろ?」


『魂の定着は体への執着だ。紗々に行かないでと懇願されてみろ。言葉に魂が引きずられ、体から抜けられなくなる』



 ――降魔に言われ、胸がじくりと痛む。


 そうだ。

 本当だったら今頃は部屋で紗々と一緒にいたはずだ。


 少しだけ豪華な夕飯に、ケーキなんか買ってきたりして。


 そして人生史上、最も勇気を伴う言葉を告げていたはずだった。


 でも、それを選ばなかった。


 俺にはまだその資格がなかったから。


 俺は、俺という人間に、まだ紗々を任せられなかったから。




『イヤなら、やめてもいいんだぜ』


 降魔が、ぼそりと言う。


『いまならまだ間に合う。連絡した二人に頭を下げれば、まだ撤回だって――』


「やるよ」


 間髪入れずに答える。


『……わからねえな。こんなことしてもお前になんのメリットもないじゃねーか?』


「メリットならあるさ、きっと説明しても理解してもらえないだろうけど」


『二年だぞ? 女はどうするんだ?』


「言い訳もできない以上、愛想つかされるかもな。……だから伝言だけ頼む。勝手に離れてごめん、待てなくてもいいって」



 俺がそう言うと、降魔は黙り込んでしまった。

 


「……それより教えてくれ、俺の魂はこれからどうなるんだ? 降魔と同じく四次元にでも隔離されるのか?」


『お前が四次元存在とパートナーになればできないこともない。が、それよりもいい方法がある』


 降魔はポケットから小石を取り出した。


『お前はその石に執着した、オレの魂を追い出すほどの強い執着をな。だったら二代目はこの石を体とし、魂を逃がしておくことができるかもしれない』


 目を瞑り、小石に意識を集中してみる。


 すると握りこんだ指先と、石との境目があやふやになってくる。まるで指先にある石にまで神経が繋がっているような錯覚に陥る。


「……確かに、行けそうな気がする」


 あの時拾った変哲もない小石。 


 自分の存在を自己投影し、最後には見捨てられなかった路傍の小石。……まさか石を体にすることになるとは思わなかったけど。


『じゃあ決まりだな。もしオレが体の乗っ取りに成功したら、そのままこいつを墓石にしてやる』


「演技悪いこと言ってんじゃねえ!」


『……だが、冗談じゃねえぞ。お前は本当に帰って来れなくなるかもしれないんだからな?』


 脅すように降魔が重々しく言う。


『厳密には体の貸し借りなんてルールはない、その時その時で強く魂を定着させたほうが体に選ばれるだけだ。オレが二年でお前以上に強い執着を持てば、お前の魂は行き場を失う』


「大丈夫だろ」


『……なにを根拠にそんなことが言える?』


「俺は降魔に勝ったけど自発的に体を譲ることができた、だったらお前も同じように返してくれればいい」


『オレが返すという保証がどこにある?』


「返すさ。だってお前、意外といいヤツじゃん」



 先ほど、紗々と連絡が取れないと聞かされ動揺した時、降魔は「イヤなら、やめてもいい」と言ってきた。


 本気で体を乗っ取ろうとするつもりなら、自分からこの話をなかったことにするはずもない。



「お前、悪ぶってるだけじゃん。本当はいいヤツだろ? あいにぃや三厨さんのこともきっと他人だなんて思ってない」


『バ、バカヤロウ。なに知った口を聞いてんだ』


「わかるさ。そう考えたほうが納得できることが多い」



 降魔が本当にイヤなヤツだったら、降魔がどんなに功績を残したとして嫌われていただろう。


 記憶喪失として生まれた俺は、常に息苦しさを感じてきた。それは降魔が愛されてきた証拠だ。降魔はきっと自分で言うほど悪いやつなんかじゃない。


 だからこそ、俺は安心して降魔に体を任せられる。




「……二年間、ちゃんと楽しめよ」


『アホが、後悔しても知らねえからな』


「ユーグレラの件も、頼んだ」


『上手くいくかは保証しかねるがな』


「大丈夫だろ、夢見降魔先生なら最高の仕事をしてくれる」


『ま、お前みたいな無才能よりは上手くやるさ』



 降魔が石を強く握り込むと――猛烈な眠気に襲われる。



「……後悔、……残すな」


『ああ』


「……素直、……こい」


『わーったよ、さっさと寝とけ。クソおせっかいが』



 最後に降魔の憎まれ口を聞き――俺はゆっくりと眠りについた。

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