5-3 VS二次元存在

「なんだよ、さっきのメチャクチャな電話。三厨さんが昇進するなんて聞いたこともないぞ?」


『そんなのわかんねえだろ? ま、どちらにせよ小清水が三厨さん以上の手柄を立てたなら、その話は流れるだろうが』


 降魔がわざとらしく、すっとぼける。



 昇進の話なんて、最初から存在しない。

 だが進退まで仄めかされた小清水は、すっかり降魔の話を信じてしまった。


 おそらくブルームが白鳥本社に守られたように、自分の完治しないところでなにかが決まることを恐れてのことだろう。


 だから降魔はそれを利用した。

 今回は自分が陰謀に加担する側だと思い込み、やり返せると思わせた。


 ……最終的には断るという選択そのものが奪われていることも気づかず。


 最初は演者のスケジュールまで心配していたのに、最終的には三厨さんの出鼻をくじく話で結託していた。



「でも、さすがにバレないか?」


『大丈夫だろ。今回ので小清水が得る報酬は現状維持だ。来季の人事、アイツはなにも起こらなければ大喜びする』


「どうせだったらアイツを白鳥から追い出す策を練ってくれよ」


『あんな使いやすい駒が要職にいるんだ、追い出すメリットがない』


「……俺はそのせいで色々と苦労したのに、お前にとっては駒扱いかよ」


『詰み上げてきたモノが違うんだよ。お前だってオレのガワに生まれたから好き勝手やってこれたんだろ?』


「ま、まあ、そうだけど」



 降魔の威を狩って俺がしたこと……枚挙にいとまがない。



「っていうか追加シナリオってなんだ? おまけに声優二十人って……魔改造し過ぎだろ」


『リテイクよりは追加シナリオの方が、オレの作業量が少ないだろ』


「いやいや周りのこと考えてなさ過ぎだろ」


『オレに延命措置ほどこして、シナリオ書かせようとしたヤツがよく言うぜ』


 ……言葉もない。


 そもそも降魔に頼むことになったのも、オレに創作スキルがなにもないことが原因なのだ。


『つーか。お前も感想を聞かせろ、無才能でも第三者の感想は聞いておきたい』


 そう言って降魔はその追加シナリオとやらを語り出す。


 時間にして約十分ほど、もちろん細部はざっくりしていたものの――話の要点は理解することができた。そして、俺の感想は……


「……降魔、実は天才だろ?」


『だから言ってるじゃねえか』


 強気に言い張るものの、降魔から安堵の感情が流れ込んでくる。やっぱり、天才と言えども他者の評価は気になるのだろう。


「降魔、この話を共有しておきたい人がいるんだ」


『誰だ? まさか紗々って女じゃないだろうな?』


「紗々にも教えてやりたいけど、違う」


 いま、この話を一番必要とし、立場が劇的に変化する可能性があるヤツ。


「降魔、夕日丘ホムラって検索してくれ」


『ゆうひがおか、なんだって?』


「夕日丘ホムラ、薫が元担当していたブイチューバーだ」



---



「ホムラ! ちょっと話を聞いてくれ!」


「……なんですの、今日はまたご機嫌な様子で」


 パソコン上には訝しそうな顔のホムラ。


 いつもと同じくスリッドの大きく入った忍び装束を身に着けた、バーチャルくノ一。


「どんな話をお持ちいただいても、あなたに味方なんてしませんわよ」


「まあまあ、とりあえず聞くだけタダじゃないか」


「お黙りなさい。わたくしもヒマなワケじゃ……って、あなた。なにをしてらっしゃるの?」


「なにって……? あれ、なにしてるんだ?」


 気づけば体はプリント用紙にボールペンを走らせていた。 


『……いい、顔がいいっ!』


 降魔がそう言いながらA4のプリント用紙にペンを走らせている。


「……降魔、なにしてんだ?」


『気にすんな』


「いや、体に別のことされてると、流石に気になると言うか……」


『だって仕方ないじゃねーか。書いてみたくなったんだから』


 降魔はそう言ってペンを走らせ続ける。


 ガリガリとなにを書いているかと思えば、……それは夕日丘ホムラの模写だった。


「あら、あなた絵をお書きになれるのね?」


「……ああ、ちょっとかくかくしかじかあってな」



 ひとりで会話するヤバいヤツとは思われたくないので、ホムラにもこの体にいる、もうひとりのことを話してやる。


「夢見降魔……どうりでお上手ですこと」


「知ってるのか?」


「当たり前ですわ。二次元こちらの世界に大きな影響を与えた方ですもの。それくらいは存じております」


 ……二次元存在的には、降魔はどういう扱いなんだろうか。俺たちからしたら神みたいなものか?


 一次元上の存在といえば、俺にとっては四次元存在だが神かと言われると微妙な感じがする。


『よっしゃ書けた、悪くないだろ』

「あら、素敵な絵柄ですこと」


 そう言って、ホムラは――パソコン上から、描かれた落書きに意識を映す。


 プリント用紙に描かれたモノクロのホムラが、髪をいじったり自分の服装を確かめたりしている。



『もう一枚書いてやるよ。ほら、ちょちょいのちょいでセーラー服だ』


「あら、素敵」


 降魔はまるで手品のようにセーラー服姿のホムラを描き出す。


 ご丁寧に投げキッスのポーズを取っている。……とても俺の手から描かれた物とは思えない。


「似合って、ますの?」


 ホムラはプリント用紙の上でくるりと回って見せる。


『当たり前だ。お前のグラに合うことがわかってて書いたんだから』


「あ、ありがとうございます……」


 ホムラは頬を染め、嬉しそうにはにかむ。


 ……なんだ、こいつ。俺の時とはえらい反応が違うじゃないか?


『気に入ったなら、他の衣装も書いてやる』


「ホ、ホントですかっ!? ぜひっ!」


「お、おい。時間ないんじゃなかったのか?」


『うるせえな、少しくらい息抜きさせろ』


 降魔はそう言うと、様々な装いのホムラを描いていく。


 パーカーにカーゴパンツのラフな装い、パニエで大きく膨らんだドレス、チャイナドレスにお団子頭。


「すごいですわっ、まるで違う自分になったみたい!」


 ホムラは瞳を輝かせて、色々なポーズをとって見せる。


『お前、売れた割に衣装のバリエーション少ねえのな。人気のあるブイチューバーってのは、そういうのいっぱい持ってんじゃねえの?』


「そうなんですの! いまのコたちは当たり前に新衣装をいただけてますが、わたくしがデビューした頃は発注費だの、一周年記念だの言われてしまい、結局引退が決まって話が流れてしまいましたの。いくらなんでもひどいとは思いません!?」


『かわいそうにな。これじゃせっかくのイイ素材が台無しだ』


「イイ素材って……もっと褒め言葉くらい選べませんの?」


『うるせえ。お前のツラが気に入って、衣装まで書いてやったんだ。素直に喜べねえのか?』


「それは感謝してますけど……あなた、随分と強引な方ですのね」


 ホムラは上目遣いに顔を上げ、困ったように微笑む。



 ほらほらほらっ!

 なんか俺の時と全然反応が違うっ!


 こいつ、いつからこんな乙女になったんだ?


『ほら、二代目。こいつがイイ気分のうちに話しとけ。いまだったらなんでも聞いてくれるぞ』


「バ、バカ! わざわざ声に出すな!」


 な、なんてこと言うんだ。

 わざわざ口にしたせいで、バーチャルくノ一さんは額に青筋を立てている。


「……なるほど。あなたたちはわたくしを懐柔するつもりだったというわけですね?」


『あ? 勝手に気持ち良くなったくせによく言うぜ』


「き、気持ちよくなんてなっていませんわっ」


『そうか、じゃ気持ちよくしてやるか』


 降魔はパソコンモニターの電源を切る。

 これでホムラが意志表出できる媒体は、降魔の落書きだけになった。


『じゃあ続きまして――ホムラの横に一匹のオークを書きます』


「えっ?」


 ホムラの横に凶悪な目をした、でっぷり腹のオークが描かれる。

 しかも股間にテントを張った状態で。


「な、なな、なんですの、このオークは?」


『なんだろうな? とりあえずお前とオークをひとつの檻に閉じ込めてみるか』


「ヒ、ヒイイィィィッ!!」


 オークとホムラを釣鐘上の線で覆っていく。

 逃げ場を失ったホムラは、格子を握って必死の形相だ。


『続きのシーンを描かれたくなければ、二代目の話を聞くんだな?』


 降魔が邪悪な笑みを浮かべ、ホムラの周囲に複数のオークを書き込んでいく。


「おい、いくらなんでもかわいそうじゃないか?」


『いいんだよ。タカビーなお嬢様にはオシオキと相場が決まってんだ』


「そうは言ってもな……」


「つ、次元さまっ、お助けくださいましっ!」


 ホムラがすがるような視線で見つめてくる。

 俺はその涙ぐんだ瞳に見つめられ……カチンときた。


 あんだけ生意気な態度を取ってたくせに、こんな時だけ調子よく助け求めやがって。背中に胸を押しあてれば、どんな男でも味方になると思ってんのか?



「……降魔。ホムラの目にハートでも書き込んでやろうぜ。そしたらなんか合意っぽくなるだろ」


「な、ななななにを仰ってるのですか次元さま正気ですか」


『よっしゃ、ボンテージ姿でダブルピースでもさせてやるか』


「ケ、ケダモノッ! オーク以上のケダモノが二人もいますわーっ!?」

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