3-10 ものわかりの力、身につけた
薫と一緒に入ったのは、イタリアンが美味しいと評判の店。
抑えめの照明と、寡黙な店主。
天井にはシーリングファンが回り、テーブルにキャンドルがセットされた雰囲気重視のお店。
そこで頼んだピザとサラダを食べながら、あいも変わらずくだらぬ話を繰り広げていた。
「かおる、エモいって言葉好きじゃないんですよねー」
唐突にそんなことを言い出した。
「なんだよ、エモに親でも殺されたか」
「そうじゃないですけど~、なんか適当に相槌打たれた感じするじゃないですか?」
「あの映画面白かったよね、わかるー超エモかったー、……みたいな感じ?」
「そう! まさにそれです! あ~、思い出しただけでもモヤモヤするっ!」
薫が体を振り乱して、頭をガリガリと掻く。
「せっかく共有したい、わかり合いたいって気持ちだったのに、エモいって言われると一気に冷めちゃうんですよね。……あ~君もエモの民だった? みたいな」
「まあ、わからなくもない」
適当に返事をされたというか、相手がの程度の人でガッカリ、みたいな気持ちになるかもしれない。
「じゃあエモいって言われたらどうすんだ、エモいって言った人を矯正させる? それともエモの民とは少しずつ距離をあける?」
「本当に仲のいいコだったら言いますね。かおる、エモアレルギーだからやめて~! って」
「エモアレルギー」
「そうです。あ、別にエモーショナルな感情を否定するわけじゃありませんよ? 正確にはエモ使いの民だけを粛清します」
「粛清って、猟奇的な」
「あと、それなって言う人も粛清ですね。ソレナ族は健全な同意感情を阻害し、青少年に悪影響をもたらします」
「それなくらいだったら俺も言いそうだな」
「なぬっ、かおるの前で言ったら現行犯逮捕ですよっ!」
「逮捕されたらどうなる?」
「そうですね……とりあえず二度とエモソレないように、すべて『わかる~』に矯正します」
「俺、わかる~も大概ムカつくけど」
「えっ、なんでですか!? 普通じゃないですか!」
「それは薫が普通に使ってるからだろ。俺からしたらエモいと変わんねえよ。ということで俺の前でわかる~って言ったら現行犯逮捕な?」
「絶対言っちゃいますよ! ……ちなみに言ったら、なんて矯正されるんですか?」
「右に同じ」
「きっつ!! 左にいたら詰みじゃないですか!」
薫がどうでもいいことで頭を抱えている、愉快なヤツだ。
「仕方ありませんね、言論統制には革命を起こすしかありません。かおるは健全な同意感情のために立ち上がります!」
「別にそれは構わないが……わかるマンの味方に付くのは、エモ使いの民とソレナ族だけだぞ?」
「ぐぐっ……昨日の敵は今日の友、やむを得ません。っていうか、わかるマンはキツすぎません!?」
ヒドいのは俺たちの会話だ。
オシャレな店でする話題がこれでいいのだろうか。
ちらとカウンター席の方を覗くが、まだ他にお客さんは入っておらず、店主は黙々とグラスを拭いている。ここまで人が入ってないと、逆に店のほうが心配だ。
「でも和平さんって、面白いですね~」
薫がはにかんで笑った。
「こんなに楽しいのって思ったの久しぶりです」
「そうか? 薫の性格だったら、楽しい友達だっていっぱいいるだろ」
「昔はいなくもなかったんですけど、仕事辞めてからはさっぱりです」
仕事を辞めて、か。
学校に通ったり、定職についてないとは思っていた。
でなければ平日の昼間に遊びましょう、なんて電話はかかって来ない。
「……ね、和平さん、お酒飲んでもいいですか?」
「いいんじゃないか、大人なんだし」
「なにそれ、年下のくせに上から目線」
「薫が下から目線なんだろ。別にさん付けなんてしなくていいのに」
「だって仕方ないじゃないですか。和平さんのこと、どうしてもそう見ちゃうんですから」
そういって薫が顎を引き、薄っすらと目を細める。
……なんだろう。
うまく言葉に出来ないけど、いまの薫はとても可愛く感じる。
いつもより落ち着いた雰囲気が、そう見せるのだろうか。
俺は吸い込まれるような瞳から視線を逸らし、オレンジジュースを注文。
薫はスクリュードライバーって名前のカクテルを頼んだ。
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