3-9 かおるのターン!
「本当にこんなの似合うか?」
「メチャメチャ似合いますよ! なんか仕事の出来る男って感じです!」
仕事はしてない俺にそれは禁句……というツッコミは置いといて。
ロングコートを羽織った俺は、鏡の前で腕を伸ばしたり、回ってみたりする。
「ね、ね! 店員さんもそう思いますよね」
「はい~、とてもよくお似合いだと思います」
おいこら、店員にそんなこと聞くな。
就業中の彼らは全肯定マシーンだ。俺らが黒と言えば、彼らはすべて黒と応える。
でも鏡に映る姿に不思議なところはない。
言われてみれば、確かにどこぞの社会人に見えなくもない。
「薫がそこまで言うなら、これにしとくか」
「はいっ、いいと思います!」
クレジットカードを会計を済ませ、駅に併設されたアパレルショップを出る。
「悪いな、呼びつけた上に買い物まで付き合わせて」
「オールオッケーです、紳士服コーナーなんて始めてで新鮮でした!」
肩を並べて歩く薫が、にぱっと笑う。
「ていうか十二月にジャケット一枚なんて凍死しますよ、去年のコートはどうしたんですか?」
「引っ越しの時、実家に全部置いてきちゃってな」
「ということはひとり暮らしっ!?」
「それに近いかな……」
「なんですか、それ~? あ、彼女と同棲とか!」
「ち、違うって……兄と二人暮らし。まあ、ほとんど帰って来ないからひとりみたいなもんだけど」
一瞬、紗々のマンションを思い浮かべたが……あいにぃとのことを話しておいた。
最近では月に二・三回しか帰ってないが、そこまで詳しく説明する必要はないだろう。
「なんだつまんない。一人暮らしだったらかおるの寝床にしようと思ったのに~」
「……薫は実家なんだろ、外泊なんてしたら家族が心配するんじゃないのか?」
「う~ん、うちの家族は無関心でもないけど不干渉だからね。明日から一人暮らしするって言われても『あっそ』としか言われない気がする」
「……へえ」
少し意外だった。
薫は大事に育てられてる感じがするから、外泊や一人暮らしなんてさせてもらえないイメージがあった。
「和平さんはなんか主夫っぽいですよね~、一緒に住んだら毎日ご飯作ってくれそう」
「な、なんでそう思うんだ?」
「だって面倒見がいいじゃないですか。気を遣ってくれてるっていうか」
「自分じゃ良くわからないけど」
「だって歩幅とか自然に合わせてくれるし。あ、薫は足速いんで気にしなくていいですよっ」
「え? あ、ああ……」
予想外の指摘をされて反応に遅れる。
「あ、自分じゃ気づいてなかったとか言うんでしょ? やらし~女の子慣れしてるんだ」
薫がいひひっと、冷やかすように笑う。
紗々と会ったばかりの頃、歩幅の違いに気付かず疲れさせてしまったことがあった。それから気をつけてはいたが、いつしか癖になっていたらしい。
「クレーンゲーム中もいきなり声かけてきたし? ……和平さんってもしかしてチャラ男ですか?」
「こんな人畜無害な男を捕まえて、なんてこと言うんだ」
「ぷ、人畜無害って! 男は誰でもオオカミですよ」
「随分知った風だな。もしかして薫ってそんなにナンパされるのか?」
「たまーにですけどね。でもナンパする人って誰にでも声かけるんですよ? だからそこに特別な意味とか感じたりもしませんよ」
「そうか? 薫の場合は顔見てナンパされてると思うけど」
そう言うと薫が顔を真っ赤にし、怒ったように抗議する。
「な、なな、なにを言うんですか、急にっ! やっぱりナンパなんですかっ!? かおるにホの字なんですかっ!?」
「ホの字なんて、きょうび誰も言わねえよ……」
「……で、でも和平さん的にはかおるの顔面、アリってことですよね?」
「顔面って言うな。……まあ、薫は普通にかわいいと思うぞ」
「きゃっ、コクられちゃった」
「告ってねーよ、盛るな」
「え~、つまんない。ここは勢いでグイって行きましょうよ、グイって」
「行かねーよ。っていうか軽すぎだろ」
「そうですか~? かおる的には結構アリですよ? クレーンゲームの前で困っていたかおるを助けてくれた和平さん。それから二人は何度も遊びに行く関係になってゆくゆくは……。かおるはそういう展開、期待してみたり?」
薫はわざとらしく距離を詰め、上目遣いで甘えた仕草をする。
「でも俺は薫の第一声を忘れないぞ? 不機嫌そうな顔で『……取れるもんなら、取ってみてください』だったかな?」
「あれはもう忘れてくださいよ~!」
薫とそんなことを言い合っていると、ポケットから着信音が響いてくる。
紗々からのメッセージだ。
――すいません。今夜の夕食会が延期になってしまいました。
――いまからお夕飯、間に合ったりしますか?
……なんて間の悪い。
とはいえ、今日は薫と外食をする約束をしてしまった。さすがにいまからは断れない。
「ごめん、ちょっと連絡返しててもいいか?」
「もちです。かおるはそこのドラッグストアで買い物してますね~」
薫は特に気にする様子もなく、薬と書かれた店に吸い込まれて行った。
――ごめん。今日は人と外食の約束をしたからなにも作ってない。
送信。
返信はすぐに来た。
――わかりました。今夜はそんなにお腹も空いてないので、アイスだけにします。
出た出た出た!
めんどくさがって夕飯を食べない病!!
毎日規則正しい時間にメシを食わせてたから、直ったかと思ったのに!!
紗々よ、なぜお前の腹はアイスで満ち足りてしまうのか?
白なめくじには炭水化物やたんぱく質は必要ないとでも言いたいのか!?
そこは普通別腹だろ!?
女子特有のご都合主義、別腹でそれぞれ別の食べ物が入るはずだろっ!?
と、長文の説教でも送ってやろうかと思ったが、
――冗談です。コンビニでなにか買って帰ります。の返信を見て、胸を撫でおろす。
でも、あれだな。
なんか、こう……罪悪感があるな。
いつもは紗々のメシを作っている時間に、他の女の子とこれから外食。
しかも紗々は家でコンビニ弁当を食べると言うのだ。
薄暗い部屋で。
ひとりぽつんと、
箸を動かす紗々。
そして後ろから聞こえる、
「ママ~!」の騒がしい声。
「まるで心配する必要がなかったな」
「和平さん、お待たせしました~!」
……たまには、こういうのもいいか。
少しだけ肩の力を抜き、俺たちは予約していた店へと向かった。
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