3-5 潜入捜査

「お~い和平、聴こえるか?」

「感度良好、しっかり頼むよ」


「任せろ~オレを誰だと思ってんの?」

 あいにぃの声に反応し、パソコンに映る波形が大きく揺れる。


 声を拾っているのはGPS付き盗聴器。

 以前、俺が持たされていたあのスマホケースだ。


 あいにぃはそのケースをスマホに取りつけ、現地の音声をこちらに流している。



「タケちゃんと呑みなんて久しぶりだな~楽しみ」

「飲み食いは好きにしていいけど、頼まれた仕事はしっかりしてくれよ?」


「りょーかい、我が弟様は太っ腹だなぁ~!」


 これからあいにぃと小清水は居酒屋で楽しいひと時を過ごす。

 ただ会話内容には仕事の話をたくさん盛り込んで欲しい……要は潜入捜査スパイを任せたのだった。


 こちらの音声は現在通話で繋いでいる。

 スマホでも消音放置で似たようなことはできるが、二・三時間の持久戦では電池が持たない。


 盗聴器で会話の流れを追い、ラインであいにぃに指示を出すのが最も効率がいい。


「……今日のお食事代、カズくんが払うんですか?」

「ああ、バイト代としてな」


「だったらわたしにも出させてください」

「いいよ。俺が勝手に決めたことだし」


「これはわたしとホライゾンの問題です」

「じゃあ俺の問題だろ」


 そう言うと紗々は黙り込み、唇を尖らせる。

「……ずるいですよ、そんな言い方」


「だからって体の脇をつつくな、くすぐったい」

 不満そうな顔をしながら、ぷすぷすと人差し指を突き刺してくる。……変な声が出そうだからやめて欲しい。


 正直なところを言えば、あいにぃとお金のやり取りをして欲しくないだけだ。

 ……今回の奢りとは別に、あいにぃにはウン十万円を貸してるしな。


「そういえばカズくんって、お仕事してないのに結構お金持ってますよね」


 ぎくり。

 脇とは別の、つつかれたくない点を突かれる。


「まさかとは思いますが……わたしの見てないところで、怪しい仕事をしてたりしませんよね?」

「し、してねーよ。失礼な」


「じゃあそのお金はどこから出てくるんですか?」

 紗々が胡乱な目を向ける。


 ぐ……いつも以上に食いつきが激しい。

 とりあえず急場をしのぎたいが、ウソはつきたくない。


「記憶喪失前にしてた仕事の貯金が、結構残ってるから……それを少しずつ切り崩してる」

 苦し紛れの、情報小出し作戦。だが、あまりいい手じゃない。


 ――その仕事ってなんですか?

 ――わたしと同年代なのに、そんなに溜まりますか?


 次なる追求で一気に窮地へ立たされる。


 だが意外にも紗々は、

「そうでしたか。すいません、変なことを聞いてしまって」とあっさりと引き下がった。


 ……なんだったんだろう、いまのは?

 そんな疑問を余所に、部屋にはインターホンの音が鳴り響く。


 エントランスのカメラに映っているのは、ビニール袋を提げた三厨さん。

 先日に続き、今日のドキドキ盗聴会も一緒に参加するためだ。



「お待たせ~、もう愛さんたち飲み始めちゃってる?」

「いえ。まだなので、ゆっくり上がってきてください」


 エントランスのロックを開錠し、間もなく三厨さんも合流する。


「はい、これおみやげ」

「どうしたんですか、こんな荷物下げて……ってほとんどアルコールじゃないですか」


「ノンノン! ちゃんと二人用のも買ってあるって」

 中身を漁ると確かにコーラやらジュースやらも入っている。


「あっ、ハーゲンナッツも入ってます、いいんですか!?」

「もちろん。さーちゃんはいつも頑張ってくれてるからね」


「やたっ、みくりん大好きです~」

 そう言って二人はハグを交わす。てぇてぇなぁ……


「三厨さん、今日も結構早く上がれたんですね」

「……あんまり大丈夫じゃないけど、こんな面白そうなイベント逃すわけにはいかないし?」


 謎の多かった上司の秘密を解き明かすチャンスだ。

 三厨さんにとってはある意味、仕事を円滑にするための重要な仕事と言える。


 これまで面と向かって聞けなかったことも、友人あいにぃを通してなら話してもらえるかもしれない。


 とはいえ、小清水のほうが年上だ。

 飲みに行くほどの仲とは言え、程度を間違えれば怒らせたり不審がるかもしれない。


 まずは二人の関係性をしっかりと見極めることが重要。


 ……だが、俺はどうやらあいにぃのコミュ力を見くびっていたらしい。



「おっ、タケちゃあぁぁぁん! 今日は突然なのに来てくれてありがとね!」

「バカヤロー、愛からの誘いなんて初めてだろ? 部下に仕事ぶん投げて、さっさと抜けてきたぜ!」


「大丈夫なの? いまはそーゆーのパワハラって言われんじゃない?」

「なに言ってんだ、部下が怖くて経営なんて出来るか!」


 ……想像していたより、小清水の言動がラフだ。

 ふたりも同じことを思っているのか、少し引きつった顔で話を聞いている。


「怖えぇなぁ、タケちゃんとビジネスで会わなくて良かったわ~」

「は? つれねぇこと言うなよ、お前の曲だっていつかはウチで使いたいと思ってんだから」


「えっ、なにそれ、興味津々~」

「とりあえず店に入ろうぜ、もう喉がカラカラでよ」


 画面上の点滅が動き始める。

 二人はこれから予約していた店に移動するようだ。


「プロデューサー、お兄さんとは本当にお友達なんですね」

「……そうだな、思ったよりも友達してるな」


 あいにぃは二十五で、小清水は三十前後と聞いている。

 大人になったらあまり歳の差は関係ない、とはよく聞いていたが話のノリは大学生そのものだ。


 二人は談笑しながら店に入り、早くも最初の一杯を注文したようだ。


「そいじゃま、乾杯と行きますか」

「なにに乾杯だ?」


「そ~だなぁ、じゃ私事だけど、弟の童貞卒業に!」


 なっ!?

 なに言ってんだ、あいにぃ!? ていうか童貞卒業してねえし!?


「お、なんだよ、その面白そうな話!」

 小清水の喜々とした声が聞こえ、グラスのぶつかる音がする。


 俺は質問攻めにする小清水の声を聞きながら――背中に感じる殺気に思わず振り返る。


「……カズくん、いまの話本当ですか?」

 隣を見ると紗々は膨大な霊圧を放つ、妖狐紗々に変貌していた。


「そ、そんなわけないだろ!? ここ最近だってずっとこのマンションにいたし、そんなことしてるヒマねーよ!」

 俺が必死に抗弁するも、紗々の霊圧は弱まらない。


「そうでしょうか。わたしはずっと仕事なので、カズくんが昼間になにをしようと知るすべがありません」

「だからってスキマ時間で、スマートに卒業できるようなもんじゃないだろ!?」


「現在は店屋物みたいに、女の人を呼べるサービスがあると聞きました。カズくん、まさかこの家に……」

「呼んでねーよ、俺はまだ童貞だ!」


 俺はなぜこんなことを紗々に白状してるんだ?

 ほら、三厨さんだって心なしか俺を見る目が冷ややかだ。


「……次元くんって、童貞だったんだ?」

「どどどど童貞ちゃうわ!」


 反射的にテンプレ回答をしてしまった。


「やっぱり違うんじゃないですか!」

「ち、違ぇーよ! いまのは言葉の綾でっ……」


「二人とも少し静かにして、愛さんたちの声、聞こえないから」

「俺的にはもうそれどころじゃないんですが!?」


 と、俺たちがわちゃわちゃしてる間に、某弟の話は終わっていた。

 ……一瞬で終わる話題なら乾杯のエサにするな。






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