3-4 意外な接点
「サーシャに特別プレゼント。ウチのバンドロゴがついた、スマホケースでーす!」
「ホントですか、ありがとうございますっ!」
あいにぃが手渡したのは俺も以前使っていたスマホケースの色違い。
前はブラックとレッドの柄だったが、今回はピンクとグリーンなので女性でも使いやすい……
「って、ちょっと待ったああぁぁぁ!!」
紗々が受け取ろうとしたスマホケースをひったくる。
「なにをするんですかっ、わたしへのプレゼントですよ」
「俺とあいにぃが前に話したことを忘れたのか!?」
スマホケースを色々な角度から調べる。
が、パッと見にはなにもついていない。
「盗聴器なんてついてねーよ、そんなことしたら犯罪だろ」
「前科持ちがよくもまあ、いけしゃあしゃあと……」
以前、俺がもらったケースには盗聴器が仕掛けられていた。
普通にデザインはよかったので、俺はなにも知らないまま一年もそのケースを使っていた。
「和平は家族だからいーの。サーシャにつけるわけねーだろ、うっかり個人情報なんか拾ったらどうすんだ」
「俺の盗聴情報で
「まー、でもサーシャのはついてない。約束する」
「それならいいけど……」
俺は渋々、スマホケースを紗々に返す。
「……愛さん、いまもバンド続けてたんですね?」
三厨さんが意外そうな顔でそう訊ねる。
「もちろん、今度ミカちゃんも聞きに来るっ!?」
あいにぃが嬉しそうに聞き返すが、三厨さんは少し難しい顔をする。
「時間があえばって感じですかね、帰りいつも遅いし」
「へ~、ミカちゃんの会社ってブラックなの?」
「まあ、ホワイトとは言えないかな。……今日の仕事も明日に回したし、明日は終電コースかな」
三厨さんがははは、と瞳の色を消して笑っている。
「サラリーマンは大変だね~。な、和平?」
「……俺に振らないでくれ」
無職の俺は、この話題に非常に肩身が狭い。
一応専業主夫と言えないこともないが、それ一本でやって行こうとは思っていない。
「いつでも言ってよ~? 業務過多なホライゾンは、いつでも優秀なマネージャーを募集しておりますので」
三厨さんが正座になり、ぺこりと頭を下げる。
「そうですよ。カズくんがマネージャーになったら、わたしだってもっと頑張れます」
「俺が内側に入るのはマズいだろ」
「なにがマズいんですか」
「ほぼ一緒に住んでるし、小清水に突っかかったことあるし、なにより……」
他の担当をつけられても、絶対に紗々をひいきしてしまう。
そんな公私混同ぐちゃぐちゃのヤツ、俺だったら自分の会社に入れようと思わない。
「へえ、ミカちゃんの上司にケンカ吹っ掛けたの?」
「ケンカっていうか……納得いかなかっただけだよ」
あの時のことはあまり思い出したくない。
みっともなくキレ散らかしただけだし、大人な対応とは程遠い。
「あの時の次元くんカッコよかったよ~? ね、さーちゃん?」
話を振られた紗々は俯き、耳を赤くしている。
やめろ、そんな反応されたら俺だって恥ずかしくなってくる……
「なんにせよ、うまく片付いてよかったよ……謎は残ったけどね」
「謎、ですか?」
俺が訪ねると、ほろ酔いの三厨さんは目を細めて言う。
「そ、問題になってた天下りの件。あれからもうちょっと調べたんだけど……不思議な点が多かったんだよね」
当初、紗々の代わりに入ってくるはずだった声優。
本社取締役のお気に入りという話だったが、色々と不可解な点が多いと言うのだ。
なんでも当の声優はこの話に乗り気ではなかったらしい。
既に長期の仕事を抱えており、ライバーの仕事とは相性が悪いから、と後ろ向きな応えをもらっていると。
そしてなにより不思議なのは、紗々の異動が決まってから声がかかったらしい。
「順番、おかしくないですか?」
「そう! 普通、天下りは上からのお願いに、下が応じるはず。でもその流れが逆になってるの」
つまり取締役がこの席を空けろと、小清水に命じたのではない。
小清水が「この場所空いたので、よかったらどうですか?」と取締役に話を上げたことになる。
「そんなことってあります?」
「ない。だからよくわからない」
三厨さんがお手上げといった様子で、両手を上に向ける。
「わたしがそれだけ嫌われてたってことでしょうか……」
「紗々は気にするな」
隣にある頭にぽすんと手を乗せる。
勝手に嫌わせておけばいい……と言いたいが、そうもいかない。
小清水や同僚の心証を悪いままにしておけば、最終的に不利益を被るのは紗々だ。
とはいえ心の問題は難しい。これをこうすれば解決、みたいな正解はどこにも存在しないのだから。
「ていうかさ? サーシャもミカちゃんも、そんなにブラックな企業なら辞めちゃったら?」
あいにぃは無責任にもそんなことを言う。
「問題があるのはプロデューサーくらいだからねえ……」
「へえ、どんなツラしてんの?」
「えっと、確かホームページに顔写真が……あった!」
三厨さんはホライゾン公式のページを開く。
そこには斜め四十五度の、歯を見せて笑う小清水の姿があった。
「うわ、無駄に歯が白い」
「こんなフレッシュな笑顔、事務所じゃ見たことないよ」
「これだけ見ると、ちょっぴり優しそうです」
俺たちは口々に勝手な感想を言う。
だが、あいにぃの反応は少し毛色の違う反応だった。
「あれっ、タケちゃんじゃん」
聞き慣れない呼び名に、俺たちは目を丸くする。
「……あいにぃ、知り合いなの?」
「おう! 前に最期まで演奏を聞いて、号泣しながらユキチくれたスゲーいい人」
マジか。
いろいろとびっくりポイントは多いが、音楽で涙流せるタイプだったのが一番びっくりだ。
「オレの曲が胸に染みた、とか言ってくれてさ。そのまま意気投合して朝まで呑み。もちろんタケちゃんの金でな」
「……あんにゃろう、私にはメシすら奢ったことないくせに」
少しズレたところで三厨さんが青筋を立てている。
「まータケちゃんは少し昔気質なトコがあるし、正攻法じゃなかなか打ち解けられないかもね~」
「お兄さんはプロデューサーと、仲が良いんですか?」
「じゃなきゃ朝まで呑まないっしょ? 連絡先も交換してる」
思わぬところに、思わぬ接点。
そして初めて見つけた、小清水の内側に入れる人間。
……だったら、これを利用しない手はない。
「な、あいにぃ」
「どうしたマイブラザー?」
「ちょっとバイトを頼まれないか?」
「バイト?」
「ああ、小清水とお酒を呑みながら談笑する……とても簡単なお仕事だ」
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