3-6 追求と迷走、そして拒否
話は戻って、あいにぃたちの居酒屋。
「で、愛は最近どうなんだ。前にどこぞの事務所にスカウトされたとか言ってなかったか?」
「あーアレは流れちゃった、初回のミーティングに遅刻しちゃってさぁ」
「なんだそりゃ、本当に適当人生だな」
「まあねー、オレもいまだに本当にやりたいのが音楽かわかんないし」
「笑い事かよ、キリギリスみたいな生活ばっかしやがって」
「いいねっ、キリギリス。じゃ真面目に仕事するタケちゃんはアリだ! ――オレにはぁ、冬の季節がやってくるぅぅ、けれどタケアリさんは暖かい~。困ったキリギリスを見かねて、タケアリさんは救いの手を差し伸べる~。なんて優しいタケアリさんっ! キリギリスはタケアリさんの援助を受け、末永く幸せに暮らしました……めでたし、めでたし」
「ふざけるな、阿呆」
小清水は呆れながらも笑っている。
愛にぃが下手に出て、小清水がそれを小バカにする。
それが二人のコミュニケーションの形なんだろう。
「援助はしないが、本当に困ったらウチで働かせてやる。コネはあるからな」
「さっすがぁ! つーかさ、タケちゃんって仕事なにやってんの?」
俺たちは顔を見合わせる。
ようやく愛にぃが仕事の話を振り始めた。
「ハッキリとは言えないが……まあ芸能事務所みたいなもんだ」
「へぇーいいじゃん。女のコもいっぱいいるんでしょ? 今日から入社します!」
「馬鹿、お前みたいなサカったオオカミ入れられるか。……紹介するなら、関連会社だな」
「マジかぁ~残念っ! でもそんなデカイとこでタケちゃんアタマやってんでしょ、ふつーに尊敬するわ」
「入社してからこの会社一筋だし、下摘み時代も長かったからな」
「すっげ、ガチのアリさんじゃん。ほらタケちゃん、グラス空いてるよ?」
「お、悪いな」
「……お兄さん、すごいですね」
紗々が感嘆のため息をつく。
「あんな風に楽しそうにされたら、わたしだってなんでも話してしまいそうです」
「あいにぃは元ホストだからな」
まだ俺が降魔だった時の話だ。
当事者じゃないので詳しくは知らないが、まあまあ人気があったとは聞いている。
「それも素行不良で店を追い出されたらしいけどな」
「揉め事ばかりですね、さすが陽キャ大魔王です」
三厨さんは俺たちの話に混ざらず、黙って缶ビールを傾けていた。
熱に浮かされたような、どこか遠くを眺めるような瞳で。
――それからは話はどんどん小清水の仕事、そして愚痴に移っていく。
休まずアルコールを注いだ甲斐あって、小清水はあっさりとブイチューバーの運営であることを明かし、ついには個人名まで出し始めていた。
「で……気づいたら一ノ瀬が他社で声優やるって話になっててよ? 本社は一ノ瀬を守れって圧力かけてくるし……もう訳わかんねえよ」
「なんだよタケちゃん、ぜんぜん部下管理できてないじゃん。ウケる~」
「三厨が裏で手引きしてたんだよ。アイツは昔っから跳ねっ返りでな、一ノ瀬を守るために本社や他社まで巻き込みやがった」
あいにぃは
小清水としてもあいにぃが関係者じゃないからこそ、話しやすいこともあるのだろう。
いまこの世界中で、小清水の愚痴を聞いてやれるのはあいにぃだけかもしれない。
「……そろそろ踏み込んでもらおうか」
スマホを取り出し、あいにぃにラインを送る。
――紗々を追い出そうとした理由を、聞き出して欲しい。
あいにぃサイドに通知音が響き、メッセージを読んだあいにぃが再度話を振る。
「タケちゃんはさ、どーしてイチノセを追い出したかったの?」
俺たちの間に緊迫した空気が漂い始める。
「一ノ瀬か……」
小清水が声のトーンをぐっと下げる。
「タケちゃん、イチノセをよっぽど追い出したかったみたいじゃん。そんなヘタクソだったの?」
「下手じゃない、一ノ瀬は間違いなく天才だ」
「じゃあ嫌いだったとか? 有能だったら追い出す理由ないもんね?」
「別に嫌いというのも違う……ただ、俺は償いたかっただけだ」
……償う? 誰に?
あいにぃはあえて追求せず、場に沈黙を横たえる。
すると小清水はゆっくりと口を開き始めた。
「一ノ瀬がデビューする傍らで、五十嵐って演者が辞めていったんだ」
俺たちも良く知る話。
紗々の才能に潰れていった、夕日丘ホムラの演者、五十嵐。
聞き慣れた話ではあるが、思えばこの話を小清水から聞くのは初めてだ。
「五十嵐は新人の才能に嫉妬して潰れ、辞めたと言われてる。……が、俺はそう思っていない。本当の意味で五十嵐を潰したのは俺なんだ」
俺たちは顔を見合わせる。
……どういうことだ?
「突如現れた天才に五十嵐はひどく嫉妬した。絶対に抜かれまいと色々なことに挑戦した。だがその努力は空回りし、人気はどんどん落ちていった。……だが努力をするように強く求めたのは俺だ」
小清水の話を聞く限り、二人の距離は俺たちの想像より遥かに近かったらしい。
事務所立ち上げからブレイクしていた五十嵐には、小清水も一目を置いていた。
生来の明るさと、負けず嫌いの気質、そして周りを巻き込むムードメーカーっぷり。
彼女のノリは体育会系の小清水と近く、部活の顧問と生徒のような関係だったらしい。五十嵐のレコーディングには自ら立ち会い、口を出すことも多かったという。
「三厨さん、そんな話知ってました?」
「……少しだけね。最初の頃は私も演技指導に入ったけど、企画と担当が増えてから音監に任せっきりだったし」
そして
一ノ瀬の手法を真似ろ、ファンを増やす方法を必死になって考えろ。
天才に勝つにはいままでの練習じゃダメだ、自分に言い訳をして楽をしてるんじゃないのか? このままでいいのか? 元気のないポッと出の新人に負けて悔しくないのか?
小清水のどんな言葉にも「はいっ!」と答え、身を削るような努力した。
だが結果は思うように伸びず、次第に心を消耗させていったという。
「五十嵐を追い込んだのは俺だ。本当はトップにこだわらなくていいと言ってやるべきだった。でもアイツが悔しがる姿を見てると、胸が熱くなっちまってな……。だったらと思い、焚きつけるよう言葉ばかりをぶつけてやった。だが結果はご覧の通りだ。不完全燃焼という形で終わりを迎えた」
……なるほど。
小清水は自分が追い込んだことに責任を感じていたということか。
「タケちゃんはイチノセを追い出して、イガラシを事務所に呼び戻そうって思ってたの?」
「そうだな、それに近いことを考えていた。……だが五十嵐には怒られてしまったよ、そんなことをされても嬉しくないってね」
当たり前だ。
五十嵐は負けたことが悔しかったのだ。
勝者がいなくなっても、負けた事実は覆せない。
悔しいって感情は自分の心が生み出すものだ、究極的には負かされた相手すら関係ない。紗々が事務所からいなくなっても、敗北感や劣等感が癒えることはない。
「アイツの勝つ姿がどうしても見たかった。皆を管理する側にいながら俺はきっと五十嵐のファンだった。……これがいわゆる推しって、ヤツなのかもな」
小清水は低い声で笑う。
「引退した後もなんとか五十嵐が輝ける道を作ってやりたかった。オーディションがあれば紹介し、別のライバー事務所へ移る提案もした。……それにライバーのガワを変え、ホライゾンに復帰することも提案した」
おい、ちょっと待て。
それって、もしかして……
「じゃあ、イチノセを追い出そうとしてたのって……」
俺の疑問を、あいにぃが言葉に乗せる。
「ああ、一ノ
「……当たり前じゃん、なに言ってんのこいつ」
三厨さんが低い声と共に舌打ちを立てる。
「なに、このあっけない
三厨さんは悪態をついて床に転がる。
紗々も言葉が見つからないようで、黙って俯いている。
つまりは、こういうことか?
五十嵐を復帰させたいがあまり、小清水は盲目的に紗々のポジションを空けた。
だがその枠に五十嵐はハマらなかった。
仕方ないのでそのポジションにハマる人を探し、取締役の知人を充てることになった。
これが事の真相。
……三厨さんの言う通り、しょうもないという感想しか抱けない。
だがその答えは当然、別の疑問へと入れ替わる。
俺は指を走らせ、次の質問をスマホに走らせる。
――どうして空いたポストに紗々を戻さなかったのか聞いてくれ。
だが、あいにぃは指示には従わず、返信を書いて寄越した。
――タケちゃんは後悔してる。これ以上聞くのはしのびない。
俺たちに小清水の顔は見えない。
だが先ほどから拾う小清水の声には、もう不遜な態度は見られない。
……もう追い打ちをかけてやるな、ということだ。
大前提として、小清水はあいにぃの友人だ。
盗聴なんて手段で協力してくれたのも、俺たちの事情を理解してくれたからだ。
だが、度が過ぎていればあいにぃには止める権利がある。
これ以上は小清水を傷つける。
あいにぃがそう判断したのであれば、俺たちは黙って従うしかない。
「よっしゃ、タケちゃん。オレはいまからスピリタスをキメるぜ」
「馬鹿、やめておけ。アルコール度数、九十六度の酒だぞ?」
「知ってら、オレはバカだからそれでも飲むんだよ。ブッ潰れたら写真でも取って、笑いものにでもしてくれ」
「訳のわからないことを。そんなことしてお前になんの意味がある?」
「意味なんてないさ。ただ自分より遥かにバカなヤツがいたら、少しは安心するだろ?」
「…………勝手にしろ、潰れたら店に置いていくからな」
「大丈夫さ、タケちゃんはそんな薄情な人じゃないからさっ」
「……本当にお前はいい性格してるよな」
俺はそれだけ聞いてから、盗聴器の電源をオフにした。
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