3章 陽キャヒロイン、五十嵐かおる!

3-0 利害関係のパートナー

「降りるって、どういうつもりですのっ!?」

「言った通りだ、もうブルームの演者には触れない。私は手を引かせてもらう」


 画面上の二次元キャラクターが眉をひそめる。

 ……いつ見ても不思議な光景だ。


「冗談じゃありませんわっ! このままブルームにやられっぱなしなんて、納得がいきません!」

「では、お前だけで続ければいい」


「そんなっ、わたくしと貴方はパートナーでしょう!?」

「利害関係が一致したから協力していただけだ。お前の言う通りに魂の上書きとやらも試した。だが……」


 あと一歩のところで邪魔が入った。


 出版部門とゲーム部門のトップから呼び出しがあり、一ノ瀬紗々の残留を命じられた。話を聞いてみると過去に凍結となったゲームに、一ノ瀬がにこたまブルームの名前で出演することが決定しているというのだ。


 なぜそんな話が湧いて出たのかはわからない。

 わかっているのは私の手が及ばないレベルの話し合いにより、この話は覆せなくなっているということだけ。


 出版とゲームは白鳥の根幹となる事業だ。

 自分もひとつの事業を任されるトップとはいえ、立場が違いすぎる。


 もし頑なに演者の変更を譲らなかった場合、必ず本社会議で追及の手が入る。

 私の立場は危ぶまれるのはもちろん、の存在も公にされるだろう。


 会社という組織である以上、下の物を従わせることができると同時に、上の物には逆らえない。そういうことだ。


「機会は過ぎ去った、もう一ノ瀬を動かすのは無理だ」

「あきらめるっていうんですの!? あの方の無念を晴らそうって気持ちはありませんの!?」


「お前の気持ちはわかる、だが私はホライゾンのトップだ。いつまでも感情に縛られて、事務所と心中するつもりはない」

「くっ……!」


 画面上で顔を歪める、夕日丘ホムラのアバター。

 数ヶ月前、魂の上書きという方法を提案してきた五十嵐の忘れ形見。


「パートナー、解消ですわね」

「仕方あるまい、あまり役に立てなくて悪かった」


「貴方にとって、あの方がその程度ということがよくわかりました」

「……」


 私の目的とホムラの目的は違う。

 ホムラの提案に乗ることで、私の目的も達成可能と踏んだから受け入れただけ。


 だが私の目的は早々に頓挫した。

 ……本来の紹介先には、早々に断られてしまったのだから。


「もう顔を合わせることはないと思いますわ、短い間だったけど協力感謝します」

 夕日丘ホムラは尊大に言って、ぷいと顔を背ける。


「それでは、さようなら――」

 ホムラはそう言って自由意思を閉じ、本来の一枚絵に戻る。



 私はひとつため息をつき、業務用パソコンの電源を落とす。


 奇妙な体験だった。


 だが幻覚と呼ぶにはハッキリし過ぎていたし、数ヶ月も同じ幻覚を見ていたとは考えづらい。となれば夕日丘ホムラには本当に自意識があり、私は次元の壁を越えて彼女と会話をしていたことになる。


「こんな話、酒の場でも人には話せないな」


 頭がおかしくなったと思われるのがオチだろう。

 であれば、さっさと忘れてしまうのがいい。


 今日は久しぶりに友人と酒の席だ。

 思う存分、憂さを晴らさせてもらうとするか……





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