3-1 再会! クレーン少女

 ブルームの復活配信から一ヶ月。

 街路樹の葉は少しずつ落ち始め、木枯らしも吹きはじめた十一月。


 すっかりと主夫が身についた俺は、晩飯と消耗品の買い出しでアキバの街をぶらりと歩いていた。


「あっ、神だ!」

「お~久しぶりだな、神」


 またもや人気絶頂のブイチューバー、天ノ川サクラ……のタペストリーにお声がけをいただいてしまった。


「今日は随分ともこもこ厚着だね~?」

三次こっちはもう冬だよ。露出の多いお前と一緒にしないでくれ」


「え~、露出多いかなぁ?」

 天ノ川という名前だけあり、サクラは織姫をモチーフとした天女の姿をしている。


 が、天女の清楚的イメージとは裏腹に、デザインの細部には昨今の需要が取り込まれている。上半身はノースリーブで肩は丸見えだし、スカートの丈もかなり短く肌色部分が多い。


 しかし本人は天然の気もあり、その点を恥ずかしいともアピールポイントとも思っていないようだ。


「ブルームちゃんの件、うまくいって良かったね」

「ああ、お前が降魔の話を覚えててくれたおかげだ」


「うん? なにか言ったっけ?」

「……いや、お前はそのままでいいや。その方が助かる気がする」


 サクラは降魔時代からの知り合いだ。

 当時、降魔がユーグレラを没にされたことを愚痴り、数年越しに話を振ってくれたおかげで二代目おれがユーグレラに辿り着けた。


 もしサクラが「俺に降魔の話を振らないほうがいい」なんて気遣いをされていたら、ブルームはすでに消滅していたかもしれない。

 そう考えるとこいつには感謝してもしきれない。


「もし困ったことがあったら言ってくれ。協力できることがあったら協力する」

「やった、神に貸し作っちゃった。なんでもいうこと聞く、ってヤツだね?」


「なんでも、とは言ってないけど……」

「じゃあじゃあ、さっそくなんだけどっ!」


 話を聞いているのかいないのか、サクラはもうなにか頼もうとするようだ。


「あそこにマロンブックスあるじゃない? そこの入り口に困ってる人がいるから助けてあげて~!」

「別に……いいけど。お前に関係することじゃなくていいのか?」


「いいんだよっ。みんながハッピーだったら、サクラもハッピーっ!」

 と、国民的アイドルみたいなことを言う。

 いや、サクラは国民的アイドルだからいいんだけど。



 仕方なく言われた建物の入り口に向かう。

 奥には地下へ降りる階段があり、その手前には多数のガチャガチャボックス。


 そのガチャ機の前で座り込む、ひとりの茶髪女性。

 眉を顰めるその横顔は、先月見た光景とまるで変わらない。


「今度はガチャガチャやってんのか」

「うわ、びっくりした! ……ってクレーンの師匠じゃないですか!」


 先月、出会った一人称かおるの人だった。

 やや体育会系ノリの、テンション高めなサブカル女子。


「センセー、このガチャ機ぜんぜん欲しいの吐かないんですけどっ! コツ教えてくださいよー」

「ガチャにはコツなんてねーよ」


 そう言いつつかおる氏の横に座り込む。

 どうやら今回ご執心されているのは、二次元男性アイドルのミニフィギュアらしい。


 そのアイドルグループは六人構成で、フィギュアは私服姿とアイドル衣装の計十二パターン。だがアイドル衣装はスーパーレアと銘打たれ、排出率は絞られているらしい。なるほど、えげつない。


「がんばって十一種類は揃えたんだけど、リーチくんのアイドル衣装だけがどうしても出なくって……」


 ガチャ機を横から覗き込む。

 リーチくんって言ってたけど……どいつだ?


 リーチ、リーチ……と覗き込んでいると、赤髪男性のフィギュアに利一りいちと書かれた名前を発見。

 シルクハットを被ったおしゃまな格好、おそらくこいつのことだろう。


 だが残念なことに位置的にすぐ出るとは言い難い。

 あと十回……下手したら二十回はかかるだろう。


「まだ金はあるのか?」

「銀行から降ろしてくればありますけど」


「降ろせば……っていくら使ったんだ?」

「そんなのわかりませんよ~!」


 涙目でショルダーバッグの中を開いて見せる。


 すると中からはジャラジャラと音を立てるほどのフィギュアが出てくる。五十、いや六十個はくだらない。

 一回三百円って書いてあるから……アホほど使っていることは理解できた。


「お前、もうあきらめろ」

「ここまで来たら爆死なんて出来ませんよ!」


「だったら降ろしてくるしかないな」

「その間に他の人が当てたら鬱過ぎて死んじゃいます……」


「わかったよ。俺が出るまで引くからあとで金返せよ?」

「もちのロンです、やった~!」


 両手を振り上げて喜ぶ。

 ……身振り手振りが大げさで少し恥ずかしい。


「じゃ早速一回目」


 百円玉を三枚入れ、ハンドルをひねる。

 すると犬の着ぐるみを着た、赤髪リーチくんのフィギュア。おそらく私服姿のほうが出たらしい。


「あーーーーーっ、出たーーーーーっ!!」

「……えっ?」


「すごいっ、リーチ一発ヅモォォッ! さすが師匠っ、すげーーーーー!」


 途端に大絶叫。

 周りも何事かと驚いている、大層恥ずかしいのでやめて欲しい。


「……それ、アタリなの? だって着ぐるみじゃん」

「そうですよっ! リーチくんは普段おしゃれですけど、ライブの時はかわいい子犬姿になるんです!! そのギャップにキューンときちゃうんじゃないですかっ!?」


 知らんわ、そんなの。

 私服姿がシルクハットとかただのサイコ野郎じゃん。


「あと一回だったんだぁ、もし離れてたら他の人に取られてましたよ。ここで師匠に会えた奇跡にマヂ感謝っ!」

「……そんなことより、早く離れようぜ」


「すいません、お金ですよねっ。すぐ下ろしてきます!」

「そうじゃなくて……周りに見られて恥ずかしいんだよっ!」

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