1-13 ジェラシィ
「……あんなに酔ったみくりん、初めて見ました」
「すごかったな。酔っぱらうと人はあそこまで壊れるのか」
泥酔した三厨さんをタクシーに押し込み、#ブルームを救いたいの会は閉宴となった。
紗々をマンションに送る帰り道、先ほど日付を跨いだところ。
楽しい余韻を引き摺った帰り道になるかと思いきや――紗々はご機嫌斜めだった。
「ツギモトさんもツギモトさんです、キスされそうなら抵抗くらいしてください。あんなに鼻の下なんか伸ばしちゃって、不潔です!」
「いや、してただろ。抵抗」
「結果的にされたら同じことです!」
「口は死守したんだからいいじゃないか」
三厨さんはデキャンタが入った瞬間、キス魔と化した。
紗々の頬にキスしたのを皮切りに、キス魔の手は俺にも容赦なく襲い掛かった。
「ほっぺでも同じことです。キスなんてしたら確実に妊娠します」
「するわけないだろ、つーか俺は男だ」
コウノトリとかキャベツ畑を信じる民なんだろうか。
不登校ではなかったっぽいので、それくらいの性知識はあると思うが……
「最近の若者の性は乱れています、由々しき問題です」
「未成年のお前が若者を語るな」
と、終始こんな感じである。まあそのうち機嫌も治るだろう。
途中、三厨さんからのラインが届く。
しつこく
<紗々ちゃんのこと、ちゃんと送ってあげてね~
<送りオオカミには……なっても可!
なんて怪文書が届いたのでシカトしておいた。
それから間もなくマンションには到着。
俺はエントランス前で立ち止まる。
「カズ~、今日はどうすんの?」
……いつのまにかブルームの虚像が俺の首に乗っていた。
体重がゼロなので肩車されていても気づけない。
「どうするって、なにが?」
「今日はママのとこに泊まらないの?」
「いや帰るよ、泊まる理由ないし」
「……帰っちゃうんですか」
なぜか紗々も不服そうだ。
「ああ、ていうか人の家にはそう易々と泊まるもんじゃないだろ」
ましてや俺と紗々は男女だ。
初日に夜を明かしたのも、俺が家を出るとカギを閉める人がいなくなるからだ。
「えー? 別に泊まってもハンザイにはならないんでしょ? じゃずっとママと一緒にいればいいじゃん。二人とも仲良しなのになんで毎日お別れしてんの? 三次元世界って不思議~」
ブルームが三次元の常識に疑問を呈す。
「三次元には色々しちめんどくさい道徳があるの」
「……わたしは構いませんよ」
紗々は表情一つ変えずに言う。
「ツギモトさんに泊まっていただいても、迷惑なんかじゃありません」
「若者の性が乱れるんじゃないのか」
「ツギモトさんは、信用できますし、それに――」
「カズがいないとボクは立体になれないからね~」
「それが本音かよっ」
「あ、言っちゃった~」
ブルームがカラカラと笑う。
紗々は先ほど言いかけた言葉を飲み込み――どうですかと目で訴えかけてくる。
「いや、でも今日は帰るよ。一応は兄との二人暮らしだし」
「……あ、お兄さんと暮らしてたんですね。それでは仕方ありませんね」
紗々はそれを聞いて、しぶしぶあきらめる。
……なに言ってんだろ、俺。
別にあいにぃが帰ってくることなんてほとんどないのに。
これじゃまるで紗々と一緒にはいたくないみたいだ。
「……なんだかなあ」
ブルームが不服そうに言う。
「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「別に~?」
ブルームの煮え切らない態度にイラッとする。
もう話す気は失せてしまったのか、俺の頭上からはゆらりと消えていく。
その場に二人、残される。
エントランスの植え込みに浮かぶ、穏やかな灯りが紗々の沈鬱な横顔を照らす。
……なんだろう、どうにもこの場を去りづらい。
「三厨さんも進展あったら連絡くれるって話だし。そしたらまた来るよ」
紗々はうんともすんとも言わない。
だがなにかを堪えるように胸を抑え、ゆっくりと深呼吸をしている。
一体、どうしたって言うんだ?
「……おしえてください」
すると紗々は一語一語確かめるよう、ゆっくりと言葉を吐きだした。
「ツギモトさんの……おしえてください」
「ごめん、紗々。なにを知りたいって?」
「
「あ、ああ……」
急に予想外の話をされ、狼狽えてしまった。
そう言えば、まだ紗々とはラインを交換していなかった。
だが、そんな俺の反応が気に入らなかったのか。
紗々は堰を切ったように言葉をあふれさせた。
「なんで……なんで昨日から一緒だったのに。なんでみくりんと先にラインを交換するんですか……!」
紗々は涙目で怒っていた。
「わたしが陰キャだからですか、白なめくじだからですか。ほっぺにキスしたりしないからですかっ?」
思えば紗々が機嫌を崩したのは、三厨さんと別れ際……ライン交換をしてからだ。
「人見知りなわたしでも、ツギモトさんとなら上手くお話しできました。でもツギモトさんとみくりんはすぐ仲良くなって、やっぱりわたしはこのままだと、連絡先も教えてもらえなくてっ……!」
――胸が、締め付けられる。
「違う、気付かなかったんだ」
紗々はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ごめん、本当に悪かった」
「……もういいです、ツギモトさんのラインなんて知りたくありません」
「頼むよ、俺だって紗々とラインがしたい」
「ツギモトさんはみくりんとだけラインしてればいいんです」
「そんなこと言わないでくれよ、な?」
「じゃあ今日も泊まっていってください」
「それは……」
「ほら、やっぱりわたしなんて――」
「紗々」
肩を掴んで、無理やりこちらを向かせる。
「無神経だった、ごめん。俺だって本当はもっと紗々といたい。でもずっと家に泊まるなんて、良くないのはわかるだろ?」
先ほどブルームが口にした――毎日お別れする不思議。
それにいい答えなんか見つけられない。
きっとその答えを見つけるのは想像よりずっと難しく、これからもわかったフリをし続けていくのかもしれない。
でもそんな欠陥ばかりの俺でもわかることがある。
誰かを傷つけてしまったのなら、ちゃんと手当をしなければいけない。
紗々は鼻をすすりながら目を逸らしている。
でも話は聞いてくれている、それぐらいは俺にもわかる。
「だからお願いだ。俺は紗々と繋がっていたい、なにかあったら連絡してくれ。いやなにもなくたっていい。俺だって本当は紗々と一緒にいたいんだから」
「……ホントですか?」
「本当だよ。俺だって紗々と……仲良くやっていきたい」
理由なんてなにも思いつかない。
ただこのままだと紗々に嫌われてしまうかもしれない。それだけはイヤだった。
紗々は少し考えるように黙り込み、ポーチの中からスマホを取り出した。
「……ふるふるです」
「ふるふる?」
「そんなこともわからないんですか。ツギモトさんのスマホ、貸してください」
そう言って紗々は俺のスマホをひったくり、二つのスマホをマラカスのように振り出した。
「これで交換出来ました」
「おおっ!」
スマホの画面にはブルームのアイコンと、Alexandraという名前が追加されている。
「英語にするとかっこいいな」
「名前的には英語圏じゃないんですけど、こっちのほうがみんなにも読めますし……」
紗々は前髪を触りながら、少し早口になっている。
「……なんかいいな、他のヤツに自慢したくなる。俺はアレクサンドラさんと友達だぜ、しかも実はあのブイチューバーの声優だぞ、って! あ、でもニートだから自慢できるヤツはいないな」
「ふふ、ツギモトさんはアレクサンドラさんなんて呼んじゃダメです。あなたは初対面で呼び捨てにする、失礼な人なんですから」
「……もしかして、イヤだった?」
「いえ失礼だとは思いましたが……特別に許してあげます」
そう言って澄ました顔を見せた後、月明りを浴びながらふわりと微笑んだ。
「いや~二人とも、今日はなんかアッツイですね~」
再び現れたブルームのわざとらしい声に、俺と紗々はパッと距離を取る。
「……なんていうか、ごめん」
「わたしこそごめんなさい。変なことで怒ったりしてしまって……」
むず痒い雰囲気が場に漂う。
「そろそろ、帰るな」
「はい、送っていただいてありがとうございます」
紗々は小さくぺこりとお辞儀をし、俺はマンション脇に止めた自転車の鍵を開ける。
「あとでライン送ってもいいですか?」
「ああ、家に着いたら俺も連絡するよ」
互いに視線をうまく外せず、後ろ髪引かれる思いでマンションを後にした。
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