1-12 #にこたまブルームを救いたい

 俺の顔を見るなり、にへらっと笑い出した三厨さん。


「キミ、今年でいくつになるの?」


「十九歳です、けど」


「さーちゃんと同い年かあ。てことは、カワイイ子のピンチに手を差し伸べちゃったパターンかな?」



 三厨さんはニヤリ、と歯を見せる。



「ちょ、ちょっとみくりん。やめてください」


「いいじゃん、どうせだったらブルームに復帰した暁には付き合っちゃいないよ。次元くん結構イケメンだし?」


「そんなのは関係ありません! それに白なめくじなんかがへばりついたら、ツギモトさんも、迷惑ですよ……」


「お? さーちゃん的には満更でもなさそうな返事だね?」


「違いますっ!」



 きゃいきゃい騒ぎ始める女子二人。

 なんだか、予想してた展開と違う。……もしかして、気づかれてない?



「ねね、逆に次元つぎもとくんはさーちゃんのこと、どう思ってんの?」


「どうって、言いますと?」


「そりゃ、彼女にしたいとか、ペロペロしたいとか色々あるでしょ」


「いや、紗々とはまだ会ったばかりですし、そう言うのじゃ……」


「会ったばかりだからいいんじゃん! 変に仲良くなってからじゃキツイよ~? いまの関係を壊したくないオバケが出るからね」



 なんか実感こもった発言が飛び出した。



「そうだ、次元くんもみくりんって呼んでよ。私あまり上下関係とか気にしないから。さーちゃんにもそう呼んでもらってるし」



 そこは確かに違和感があった。

 紗々は同年代の俺にも敬語をはずさない。


 それなのに四つも年上で、役職も上の人をみくりんなんて呼んでいる。


 俺の考えていることを読んだのか、紗々は先回りして答える。


「だってみくりんって呼ばないと、くすぐるのやめないなんて言うから……」


 ただのパワハラだった。


「だから次元くんも気兼ねなくそう呼んでね」


「機会があれば」


「あれあれいいの、くすぐるよ? さーちゃんみたいにおつゆまみれになるまでくすぐられたいの?」


「おつゆなんて零してません!」


 恥ずかしがる紗々を見て、三厨さんは愉快に笑う。イジられてんなぁ……


「でも次元くんの場合、年上のお姉さんにくすぐられたい可能性が……?」


「いや、それはないです。ていうか後輩にあだ名を強要するのってですよ」


「ヴッ……貴様、言ってはいけないことを」


 三厨さんは急にガクリと肩を落とし、膝を抑えている。矢でも受けてしまったのだろうか。


 と、思いきやガバッと起き上がり、急に早口でまくし立てる。



「あのね、私はまだ二十三なの! まだうわキツなんて思わせないし、思われたとしても自分がオバサンだと自覚したら、可愛げのない女になると思わない? だから私は年齢自虐ネタを言わず、逆に生涯まだまだイケるって思い続けることにしてるの。前向きじゃない? そういうお姉さんってどう思う、惚れる? 惚れた、むしろ軽率に惚れて欲しい」


「惚れました」



 口した瞬間、脇腹になにかが突き刺さる。

 紗々の無言のエルボーだった。どうして……



「ノリいいね~次元くん。さて、これでようやく真の自己紹介は済んだってことで……」


 少しだけクールダウンした三厨さんが、話の角を整える。


「一応、確認だけどさ。もしさーちゃんがブルームに復帰できたとして……戻れた後の環境に耐えられる?」


「戻れた後、ですか?」


「そう。もしプロデューサーからストレートに復帰許可をもらえたとしても、事務所の雰囲気をすぐには代えられない。もちろん私も他のコの説得には当たるけど、いまの環境は正直さーちゃんに優しくはない」



 そうか。


 俺は自分の依頼に手いっぱいで、大事なことを見逃していた。


 紗々の事務所での立場、同僚に向けられる蔑視の視線、ホライゾンに復帰できたとしても、周りが紗々に抱く印象は変わらない。


 学校の先生が「いじめをしてはいけません」なんて言っても、いじめがなくなるとは限らない。


 本当に紗々のことを思うならすることが一番なのかもしれない。



「いえ、わたしは大丈夫です」

 紗々は淀みなく応えた。


「ブルームはもうひとりのわたしなんです。自分が立派なことをしてるとは思いませんが、間違いなくブルームはみんなにとって必要な存在です。自分のためには頑張るのは苦手ですが、ブルームを守るためだったら……わたしは最後まで頑張りたいです」



 その時、三厨さんと視線が合う。

 こちらに向けられた困ったような笑顔。


 ……ああ、きっと俺は三厨さんと同じ感情を共有したんだろう。


 いつか、紗々には自分自身のために頑張って欲しいって。



「よし、わかった」


 三厨さんは自分の足をぱんっと叩き、威勢のいい声で言う。


「それなら私は全面的にさーちゃんを応援する。とりあえずはプロデューサーに直談判できる手配しておくね」


「ありがとうございます」


「さ、これでブルーム救出隊の用意は万端だね。さしずめハッシュタグ、にこたまブルームを救いたいって感じかな」


「それ、全然本気で言ってないヤツですからね……」



 冗談を飛ばしつつ、話は一段落。

 具体的な対案は決まっていない。


 だが内部の人間が味方に付いてくれたのは大きい。


「ま、さーちゃん意外にブルームは務まらないよ。似せた声と設定だけじゃブルームの魂はリスナーに届かないんだから」


「ええ。初代の魂が一番いいに決まってます」


「キャラデザ担当としても自分の子供が凋落するのなんて見たくないし」


「あ、三厨さんがブルームのデザイン担当だったんですね」


「会社の人間は色々便利に使われんのよ、サラリーマンはつらいね」


「片手間に書けるデザインじゃないですよ、可愛くかけてると思います」


 ブルームの絵柄は好きだ、中身はともかくとして。


「はは……次元君にそう言ってもらえると嬉しい、かな」

 三厨さんは手を挙げて、近くの店員を呼びつける。



「すいません、店員さーん! デキャンタひとつ!」


「みくりん、お酒飲むんですか?」

 紗々は少しイヤそうな表情をする。


「一杯だけ! 今日は飲まないとやってられなくてさ~~!?」


「……別にいいですけど。わたしはお願いする立場ですし、みくりんにもいつも迷惑かけてばかりで――」


「あ~ん、そんなこと思ってないからさぁ~~」


 三厨さんが紗々の手を握り、うるうるとした見つめている。すると紗々は「仕方ないですね」なんて言いながらため息。


 ここだけ見ると、どっちが年上かわかったもんじゃない。俺はその光景を横目に、ブルームの缶バッジを手に取って囁く。



「……よかったなブルーム、三厨さんは協力してくれるってよ」


 だが、ブルームからは意外な言葉が返ってきた。


「本当に、これでいいのかな」


 ハイテンションなブルームにしてはめずらしく、戸惑うような言葉。


「ボクは不安だよ。ボクがここにいることで……ママがまたイヤな思いをするんじゃないかって」


 そんなブルームの声が、しばらく頭から離れなかった。

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