1-11 大企業の陰謀
「まず白鳥が重視してるのはブイチューバーの運営自体ではなく、ガワ――3Dのモデルの技術開発だったりするんだよね」
いま、世間一般には安価なシームレスアニメーションアプリが出回っている。
だがホライゾンは白鳥の援助バックアップを受け、高度で美麗なモデルを使用。
ここで開発される3D技術はVRゲームなどにも転用できるため、援助を惜しまれることはない。
だが当然、ホライゾンの運営自体にもそれなりの利益は求められている。
「本社にはもちろんブルームの爆発的人気は伝わってる。でも残り九人のライバーほとんど赤字に近い数字なの。いまのホライゾンはブルームだけのワンマン営業。だからなんとしても全体の数字を押し上げたい」
「それが紗々を変えることに、どう繋がるんです?」
「ブルームを他ライバーの動画にゲスト出演させたい……要はコラボ動画。横のつながりが増やして、ブルームの視聴者をホライゾン全体の視聴者にしたいの。でも他のライバーから同意が取れず……実現できていない」
紗々が発言の意図に気付き、表情を曇らせる。
そうか。そう繋がるのか。
要は他のライバーが共演NGを出されているのだ。
皆に愛されていた、一期生ホムラの引退を逆恨んで。
「そこで問題を解決するためにブルームのガワだけを残すことにした。演者をリセットすることで横の繋がりを強固にし、全体の数字を底上げする。……まあ話だけ聞けば理には適ってる。……けど」
その方法にファンの感情は考慮されていない。
演者が変わった後もブルームのファンでいてくれる保証はどこにもない。
そしてなにより……紗々とブルームの気持ちを完全に無視している。
「でもね、実際はこれすらも建前っぽいんだ」
「どういうことですか?」
「次に迎えられる声優は……白鳥本社取締役の、お気に入りって話」
「天下りってことですか?」
「まあ端的に言えばそうだね」
天下り。
要は楽に儲かりそうなポストがあるから、そこにお気に入りのコにプレゼントしたいってことだ。
「……ブルームは、そんな風に使われるために生まれたんじゃありません」
紗々は自分の腹から湧く感情が抑えられないと、体を静かに震わせる。
そうだ、そんなこと絶対に許しちゃいけない。
「異動の強制って、パワハラとかにはならないんですか?」
「さーちゃんは白鳥出版の正社員だからね。本社からは正式に異動の辞令が出た以上、原則的に会社には従わなければいけない」
「ブルームの権利を買い取ったりは?」
「それも難しいね。ブルームは一番の稼ぎ頭だ、伸びしろが未知数の知的財産を簡単には売っぱらったりはしないよ」
個人勢としてやっていくのも難しいか。
やっぱりそうなるとなんとか紗々を元のポストに復帰させるほかない。
と、考え込んだ俺に、三厨さんが値踏みするような視線を向けてくる。
「……ところでキミは、紗々ちゃんとどういう関係なの?」
ぎくり。
話の流れですっ飛ばしてきたけど、ついに三厨さんの興味が俺に回ってきた。
「真摯にさーちゃんのこと考えてるから悪い人じゃない、とは思うけど。それ明らかに変装だよね?」
「い、いえ、地毛です」
三厨さんはまるで信じていない様子で、胡散臭そうにこちらを見ている。
「紗々とは友達……ですかね」
「白なめくじに友達なんていません、バカにしないでください」
紗々が大真面目な顔で言う。
「お前な、わけわからん理由で否定するな。話がこじれるだろ」
「ツギモトさんこそ、そのカッコやめて欲しいです。わたしが変な人についていく、アホな子だと思われるじゃないですか」
クソッ、さすがに外堀はもう少し丁寧に埋めとくべきだった。
……でも、なんて説明すればいいんだ?
元アシスタントにだって詳細は知らされてない。
それなのに俺が普通に歩いて出回ってたら三厨さんは驚くだろう。
そして隣にいる、紗々。
こいつはDSの大ファンだって言っていた。だからこそ知られたくない。
だが二人は無言で、俺に素顔を見せるよう圧をかけてくる。
……ええい、ままよっ!
俺は覚悟を決め、爆安の殿堂セットを取り外した。
マスクを外し、サングラスを取り、帽子とカツラも脱ぐ。
目の前には表れたのは変哲もないニートの男。
紗々にとっては普通のツギモトさん。だが目の前の元アシスタントにとっては……
「みくりん?」
三厨さんは呆けたように、俺の顔をガン見している。
紗々が不思議そうに三厨さんの顔を覗き込む。
そしてひとつだけ大きなため息をつき――
「なんだ普通の男の子じゃん。もっとキツいオッサンが出てくるのかと思った」
そう言って三厨さんはカラカラと笑った……?
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