1-10 マネージャー、みくりん
それから間もなく待ち合わせのファミレスに着いた。
ドリアが安く食べられるあのファミレスだ。
営業スマイルでやってきた店員はマニュアル通りの挨拶をしたあと、俺の姿を見て凍り付く。
「……お客様、何名様ですか?」
「三名。もう一人は後から来ます」
「おタバコのほうは」
「吸いません」
「かしこまりました」
ファミレス店員が俺と紗々の姿を交互に見て、露骨に顔を引きつらせている。
「紗々、はじっこの席に座ろう」
「それは構いませんが……」
「なんだ?」
「その恰好、どうしたんですか」
訝し気に俺の姿を眺める。
俺は爆安の殿堂で買ったサングラス、長髪のカツラ、野球帽にマスクを装着している。
「……いや、その、ちょっと冷えるかなと思ってな」
「まだ九月です、寒いはずがありません」
「そういう日もある」
「さっきは汗だくでしたよね」
「俺は変温動物なんだ。なめくじと一緒だよ」
「変温動物とは外気温で体温が変わる生き物です、今日は気温が高いので寒く感じるはずありません。よってツギモトさんはなめくじではない、はい論破です」
紗々がキリッとした表情で、指を突き付ける。
「……詳しいな」
「なめくじに関しては雑兵に後れを取りません」
負けられない戦いがそこにあった、らしい。
四方から感じる視線を無視し、俺たちは端のテーブル席に腰掛ける。
「マネージャーはまだ来てないのか?」
「はい。……というか本当にその恰好で会うんですか? こんな怪しい人を紹介したくないんですけど」
「でもいい人なんだろ?」
「はい」
「じゃあ大丈夫だろ。人を見かけで判断するような人を、本当にいい人だとは思わない。もしマネージャーが俺の外見で軽蔑するなら、頼らない方法も考えなければいけない」
「こじつけにしか聞こえないのはわたしだけでしょうか」
安心しろ、こじつけだ。
「ブルームはどう思いますか」
「キモイ!」
「ですよね」
テーブルの上に置かれた缶バッジが、元気な声で応える。
「さっきから周りにも変な目で見られてますよ」
「……わかってるよ」
夜のファミレスに銀髪の少女と、変装した男なんて犯罪性しか感じない。
だが、背に腹は代えられない。
「なんか頼むか?」
「まだお腹減ってません」
「そうか、じゃドリンクバーだけにしておくか」
店員を呼び止め、二人分のドリンクバーを注文する。
「紗々はなに飲む?」
「オレンジジュースがいいです」
「わかった、待ってろ」
「それくらい自分で注ぎに行きますよ」
「マネージャーが来た時にお前が席にいないとわかんないだろ」
「……それもそうですね、ではおねがいします」
余談だが、俺はドリンクバーが好きだ。
なにが好きかっていうと、細長いコップに氷三個がギリギリに入る――この約束された秩序性だ。
まるでジグソーパネルがハマるみたいな感覚。
人のも注いでやればこの感覚は二度も味わえる。
そんな小さな幸せとふたつのグラスを抱えて席に戻ると、紗々が嬉しそうな顔で長身の女性と話していた。
茶色のポニーテールに、赤フレームのメガネに浮かぶ、からっとした笑顔。
てきぱきとした仕草は、仕事と私生活に馴染んだませた、大人の風格。
そして予想通り――この顔に見覚えはない。
紗々が俺に気付き、話を振ってくる。
「みくりん、この方がツギモトさんですよ」
みくりんと呼ばれて振り向く、ウワサのマネージャー。
その顔が、一瞬で引きつる。
「どうも次元と、言います……」
俺は身バレの恐怖から、俯きがちにボソボソとした声を出す。
「どうも、
三厨と名乗る女性も、引いた顔でおそるおそる挨拶を返す。
浮かんでいる表情からは「うわあ……」って心の声が聞こえてきそうだ。
「……ツギモト?」
だがその名前を聞き、難しそうな顔で首をかしげる。
「三厨さんも、なにか注文しますか?」
「いや、おかまいなく」
「そうですか」
三厨さんはいまも訝し気な表情で、こちらの粗を探している。
……ほら、怪しまれてるじゃないですか、と紗々が視線を送ってくる。
いや、多分この視線は違うんだけどな。
そんな気まずい雰囲気を破るため、紗々から話の口火を切ってくれた。
「今日は忙しいのに、ありがとうございます」
「なに言ってんの! 久しぶりにさーちゃんに会えて良かった、思ったより元気そうでなによりだよ」
「ごめんなさい。ラインの返事もほとんどできなくて……」
「わたしこそごめん、入院してる間にこんなことになってるなんて」
紗々を降ろす話はマネージャー不在のタイミングを狙って行われたらしい。意図的な悪意を感じる。
「みくりん、わたし……ブルームを続けたいんです」
紗々が胸元で拳を握る。
「ブルームのこと好きだし、なによりまだ全然納得できていません。それにブルームが出来るのはわたしだけだと思ってるんです」
テーブルに置いた、ブルームの缶バッジに手を添えて。
「プロデューサーが決めたことです、難しいのはわかってます。でもみんなに迷惑をかけてもわたしはブルームを続けたい、そう思ったんです」
「さーちゃん……」
三厨さんは呆気にとられた表情をする。
俺も少し、驚いている。
紗々からこんなハッキリした言葉が聞けるとは思ってなかったから。
「だからブルームを続けるためにお手伝いをして欲しいんです。ご迷惑をおかけしますが、お願いします」
紗々はそう言って頭を深く下げる。
それを見て三厨さんは大きく息を吸い、
「……よかったあああぁぁぁ」
と、深く安堵の息をついた。
「みくりん……?」
「いや、ごめんね。もしかしたらお別れの挨拶をされるのかと思ってたからさ……」
三厨さんは恥じるように頭を掻く。
「続けたいって話なら大歓迎。私も代わりを立てるなんて反対、クソデューサーはファンの心理をまったく理解してない」
プロデューサーではなく、クソデューサーと来ましたか。
これは積み重ねてきた信頼の厚さが透けて見えちゃいますね……
「でも具体的な話がもう動き出してる、早くしないと間に合わない」
「もう新しい声優さんは決まったんですか?」
「候補は二人、と言っても一人は見込み薄いから決まったようなもんかな」
「俺からもひとついいですか。後任予定の収録は、最短でいつ頃ですか?」
「……三週間後ってとこかな」
俺からの横槍に、三厨さんが不承不承応える。……やりづらいな。
「新しい演者の動画が投稿されればもう撤回できない。説得はしてるんだけど、クソデューサーには取り合ってもらえてない。……不甲斐無いよ」
そう言って三厨さんは歯噛みする。
「実際のところ、プロデューサーはなぜ新しい演者を立てようとしてるんですか?」
「本社の意向、だってさ」
「本社って……」
お前らの運営する事務所じゃないのかよ。
本社に言われたからって、なんでもかんでも従うのかよ。
「ごめんね、さーちゃん」
三厨さんは一言、紗々に断りを入れる。
「これから結構イヤな話をする。もし聞くのがイヤだったら……」
「いえ。最後まで聞きたいです」
「……わかった」
三厨さんは真剣な顔で頷き、内部の話を明かし始めた。
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