第6話
「いてえ…… さっきの飛んできたやつは一体誰なんだよ。てか、ここどこ? 」
壮馬がついた先は、周りには巨大に木々が生え、うっすらと木の間から太陽の光が見えるような森林だった。
そして周りには、一緒に転移してきたはずのソフィアさんと、あの『耳の生えた少女』はいなかった。
とりあえず壮馬は、尻込みして付いた土を取り払い立つことにした。
「セレナさんの言う通り、今頃城についているはずなんだが。まさか騙されたか? 」
この状況において、セレナさんが何も力を持っていない俺を騙し、
が、それを行うメリットがなさすぎる。
セレナさんは、俺が勇者筆頭の叶などと親しい人物とは知っているはずだ。
そんな俺を殺してしまえば、勇者の何人かから不信感が出始める。
だから、これは単純な魔法の失敗。もしくは……
「あの、ぶつかってきたやつによって、魔法に不具合が生じたかだ。」
次会ったら懲らしめてやる。とは思うが、今はそんな
「あれが、魔物か…… 近いな。」
壮馬の目の前には、自分の体の二倍ほどの巨大な黒い虎がいた。それも20メートルぐらいしか離れていない。
この状況は非常にまずい。今の俺にできることは、その虎に気付かれないために、木の後ろに隠れて息を殺すことだけだ。
「グルルルッ…… 」
木々の広がる静かな場所に、虎の声だけが響き渡る。その声が段々と近づいてくるにつれて、心臓が強く握りしめられるようだった。
額に汗がにじむ。足音は、自分が隠れている木の裏で止まった。
たのむ、気づかないでくれ…… !
その虎は立ち止まったが、俺のいる反対方向へと歩いて行った。
助かった…… こいつが去ったら、とりあえずソフィアさんを探しに……
「ここにおったのか黒い子よ! 目を開けたらいなくなっていたから心配したぞ! 」
目の前の大樹から、見覚えのある『耳の生えた少女』が出てきた。
あいつは俺にぶつかってきたやつじゃねえか! だが、そんなことを言っている暇は微塵もない。あの声のせいで虎が少女に気づき、獲物を逃がさんと駆ける。
その勢いのまま、少女を横から喰らおうとする。
「あぶねえ! 」
間一髪で俺が飛び出して少女をわき腹に抱え、喰われるのを防ぐ。
虎は、こちらの周りを歩きながら様子を見ている。
「なんじゃいきなり飛び出しおって、驚くではないか! 」
「お前にはあの虎が見えないのか! 」
「むむ? なんじゃあの黒い虎は!? こんな虎見たのは初めてじゃ! 」
「いや、そこじゃねえよ! このままだと俺たちはこの虎に喰われて死ぬ。」
虎から逃げる手段が俺にはない。それにこの少女を庇いながらなんてのは到底無理だ。
ここは俺が身代わりになって……
「あの虎をどうにかすればよいのじゃな? 」
不意に少女がこちらの顔を見ながら言った。
「お前何を言って…… 」
「昨日、国の者たちが魔法とやらを使っているのを見た。ならば魔力を持っておるわしはそれが打てるはずじゃ!」
「それは今すぐ打てるのか? 」
「任せるのじゃ!」
少女はわき腹から離れ、虎に向かって右手の手のひらを向ける。
「くらうのじゃ! 【ファイヤースピア】! 」
手のひらの前に、一本の炎の槍が現れる。その槍は虎に向かって放たれて、その速度によけきれず体が炎に包まれた。
「どうじゃ! 見たかこのわしの実力を。」
「ああ、すごいな。助かったよありがとう。」
「そうかそうか! ……それでなんだが、わしの願いを聞いてくれんかの? 」
少し顔を赤く染めて恥ずかしそうに少女は体を揺らす。
「なんだ願いって? 」
「それはじゃな…… わしも旅に! 」
その瞬間炎に焼かれた虎が耳の生えた少女に向かって口を開き襲い掛かってきた。まだ生きていたのか……!
「あぶねえ! 」
少女を守るためにとっさにその口に俺の右腕を食わせる。右腕に牙が食い込みひどい痛みが襲い、段々と腕の感覚がなりかけている。
「クソっ、いてえええ!! 」
「黒い子よ、何をしているのじゃ! 腕が噛み千切られてて…… 」
「いいから早く魔法を撃て! 俺の腕はもうもたない! 」
「だめじゃ! 今のままで打つとお主にもあたってしまう! 」
俺の腕が引きちぎられた後呪文を唱える間もなくこいつは食われる。いったいどうすれば……
そう考えていると頭の中に叶が出てき…… 叶?
こんな虎ごときに負けちゃうんだ君は。僕の介護が必要かな? とあざ笑ってきた。
「ふざけんじゃねえ…… お前ごときが、俺の腕を食えると思うな! 」
その瞬間、虎の口から紫色の炎が出た。その炎は牙を溶けさせて、虎は悲鳴を上げる。その紫色の炎は全身へと燃え移り、今度こそ命を絶った。
耳の生えた少女がさっきとは違う魔法を撃ってくれたのか。
「おい…… ほかに魔法が使えるなら早く使ってくれ。 」
「あれは違うのじゃ! わしではなくてくろ…… 」
「壮馬様! 」
少女が何かを言いかける前に虎の後ろから、鉄の甲冑を着たソフィアさんが草むらの中から出てきた。
「どうしたのですかその腕は! もう形が…… 」
「そこの魔物に喰われたんです。この腕を治せる魔法はありますか? 」
「あるにはありますが、その傷を治すことができる回復魔法を使えるのは高位の治癒士だけで、私には使えません…… 」
「その魔法を教えるのじゃ! 」
耳の生えた少女が速く教えろと言わんばかりの焦り様を見せてソフィアさんの目の前に立ち訴える。
「あなたはさっきの…… 」
「そんなことは今はどうでもいいのじゃ! 黒い子を助けることができる魔法とはなんじゃ!? 」
「それは…… 上位回復魔法【エクスヒーリング】と言います。ですが私はその詠唱を知りま…… 」
「名前だけ分かれば良いのじゃ! 【エクスヒーリング】! 」
少女は両方の手のひらを俺の右腕に向けて放った。すると緑の光が腕に集まってきて千切れかけていた肩と腕の接着部分や、牙に貫かれた欠損部分が修復されていった。
手のひらを広げて結んでを繰り返して元に戻ったことを確認する。
「黒い子よどうじゃ!? 腕は治ったか……? 」
「ああ…… ちゃんと力を籠めることができている。ありがとうな。」
「よかった…… よかったのじゃああ……!
涙をこらえていた少女は安堵したのか目から雫がこぼれだした。なんかこの状況はここ最近見たような…… だが、俺はこの手の対処を一つしか知らないため、耳の生えた少女の頭を撫でる。
「信じられない、【エクスヒーリング】をこんな小さな少女が…… 」
「ふふん。褒められるというのは良い気分になるのじゃ。」
目の前に起きた光景を受け入れることができない青髪の少女を前にして、仁王立ちでドヤっている。
この少女が一緒に転移してくれたのは不幸中の幸いだったな。
……そういえばなんでこいつ城の中にいたんだ。もしかするとあの国の貴族の娘かもしれないな。それはめんどくさいことになるぞ。
「なあ、耳の生えた少女。」
「どうした? 黒い子よ。」
「お前なんで城の中にいたんだ? 」
「そなたらとこちらの世界に転移してきたからに決まっているだろう。」
「は? 」
ありえない。そもそも俺たちが転移する瞬間はクラスの生徒しかいなかったはずだ。しかし言ってることが本当ならばその場にこの耳の生えた少女がいたことになる。
それに俺たちの世界で耳の生える人間は存在しない。
……妖怪か。だが俺たちに気付かれず潜むことができる奴がいるとすれば、俺と同等の強さを持つやつだが、そのレベルはもうSSS級としか……。
「……お前いったい何者なんだ。」
「わしの名は『天狐』。お主を見た時、面白そうな運命を辿りそうだったからついてきたのじゃ」
『天狐』
ある者はその妖怪は神の使いという。ある者はこの世を予期する力を持つという。そのような説が後を絶たない。なぜならば記録がないから。
陰陽連創立後、その存在を見た者はいない。だが、存在しないことを否定することはできない。だから陰陽師たちはこう位置を図づけた。
伝説上のSSS級妖怪と。
「天狐だと……? そんな伝説の存在がこの世に存在したっていうのか?」
「存在するも何もここにおるじゃろうが。」
自分の胸をトントンとしながら少女は言う。こいつの発言が本当だとは断言できないが本当だとするならば俺たちは何もできずに殺される。しかし幸い敵意はなくここは慎重に話してこいつの目的を聞くしかない。
「お前はなんで俺を助けたんだ? 」
「わしのことを助けてくれた者を見捨てるわけないじゃろ! そんな恩知らずの奴だと思われてるのか…… それは少しショックじゃぞ……。」
目の前の天狐が顔を伏せてわかりやすく落ち込んでいる。てか、なんだこの緊張感の差は…… 俺が悪者に見えてないかこれ。
「壮馬様…… そのお二方の関係は存じませんが少女をいじめる行為はよろしくないと思います…… 」
「えっいや、そんなつもりはなくて。もうどういうことだよ!」
ソフィアさんが俺の方を少し冷ややかな表情で見てくる。いや俺もこの状況を理解できてないから! だからその顔を向けるのはやめてくれ。
だめだ、こいつの目的が何かわからない。もう率直に聞くか。
「天狐。お前が俺たちについてきた理由はなんだ? 」
「それはその…… 」
天狐が少し恥ずかしそうに体を揺らし始めた。
「そ、そなたたちの旅にわしも連れて行ってほしいのじゃ!! 」
いや…… え?
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