番外編その一 砂塵のスカルソルジャー


 ——デルイービル砂漠。


 見渡す限り荒涼とした砂の海。緩やかな起伏に灼熱の陽光が突き刺さり、陰影を作る。

 まるで粉塵のように軽く細かい砂はそこを征く者の体力を奪い、時には命までも奪った。

 吹き荒ぶ風に攫われた砂のなかから人骨が顔を覗かせ、伽藍洞の眼窩で空を睨む。

 遥か彼方の地平線。魔王の居城、デスヘルデス城が蜃気楼に揺れていた。


「今参ります」


 陽炎のような魔王城を見遣り、襤褸布を纏った男が呟いた。深々と被られた頭巾フードでその表情を窺うことはできない。砂を踏み締める足元はかんじきのような履物が履かれ、砂上での運動性を高めている。陽光に晒されている足の甲に肉はなく、黄味がかった骨が砂を踏み締め、歩を進めていた。


 隆起する砂を登り、滑るようにして降る。時折所有者を失った剣や、人か獣か、それとも魔物かの骨が砂から突き出ていたが男は軽快な身のこなしで進んでいく。


 しかしいくつかの砂山を登ったところで足を止めた——乾いた剣戟の音がする。


 身を屈め、音の方向を見遣る。


「おっ」

 思わず声が漏れた。破れたチェインメイルに折れたショートソードを装備した骨の戦士。その鋒を失った剣が乱暴に振り回され、同じ骨の戦士の首を撥ね飛ばした。

 その首が着地した先では巨大な蠍が毒針を巨大な蛙に刺す。毒を受けた蛙は膨れ上がり、辺りを巻き込んで自爆した。毒を浴び溶解する骨の戦士、砂中から湧き立つように現れるくろがねの蠍——広大な砂漠の上、魔物同士の殺し合いが繰り広げられていた。


「魔力の暴走ですか……」


 標的を眼前に捉える事なく振り回される剣、そもそもその標的というのは同胞である筈の魔物だ。何かに取り憑かれた様に刃を交える魔物たちは忘我の境を彷徨っているように見えた。

 暴走——冒険者などによって完全に命を絶たれず倒れた魔物は地脈を流れる魔力と結びつき、自我を失い凶暴化することがあった。その思考に敵味方という概念はない。


「迂回している暇はありません。突っ切ります」


 ため息をついて独りごちた。そして吐いた言葉を追うように襤褸布の男は砂上を滑り、傾斜を活かして宙へとその身を投げる。


「ッ!」

 降り立つや否や、一体の骨の戦士がひしゃげた剣を振りかぶり男に駆け出す。その背を追うように、二体、三体とその数は増えていった。


「どう見てもワタシは仲間でしょう」


 微かに皮肉を込め、男は走り出す。纏っていた襤褸布の背が隆起し、風の流れに呑まれるように流れた。露わになったのは四本の骨腕。肉のない手、その全てに手入れの行き届いたカトラスが握られている。

 刀身を翻し、男は骨の戦士の群れを突っ切っていく。目にも留まらぬ神速の太刀筋、剣戟のと乱反射する陽光だけがそこに刃があるのだと示す。それはまるで一陣の閃光——。


「ふむ」


 凜。と澄んだ鋼の音。四本のカトラスが同時に鞘に収まる。男はほんの数瞬で戦場いくさばを抜けていた。目の前には再び広大な砂の海が広がり、風にその表面を波立たせている。


「腕が落ちましたかね」


 その背では魔力に浮かされた魔物たちが未だ剣戟を繰り広げていた。戦場は魔物たちの死屍累々でその中央が割れている。

 男——四本腕の骨の戦士はまるで旋風つむじかぜが走ったかのようなその光景を闇を湛えた眼窩に映した。そして——、


「あらあらあら、日焼けしちゃいます」


 熱を帯びた頭蓋をぺしりとやり、深々と頭巾を被り直すのだった————…………、





「——そうして四本腕の骨の戦士は……」


「ボーンよ」


「はい。魔王さま」

「えらく長々と喋っていたが、それが遅刻の理由?」

「ええ。はい。申し訳御座いません」


 ボーンは少し赤くなった頭蓋骨を掻いた。


————————続く。

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