獲物その四 賢者 後編
魔光を帯びたロッドを構えているところを見るに、どうやら魔法で扉を開けたか。勇者のことをエルと呼ぶローブ姿の女。その藍玉のような青髪には見覚えがある。
「あー見つかったか」
バツが悪そうだな勇者よ。女よ早く連れて帰ると良い。こやつはお察しの通りサボっている。
「どこに行ったのかと思えば……よりによってここ⁉︎ もう魔王とは終わったって言ってたじゃない!」
「レイシア、違うんだ」
「なにが違うのよ!」
「だからこれは違うんだって!」
ワシは貴様の浮気相手か。
痴話喧嘩なら他所でやるがよい。
「えらく怒っとるが?」
「あーこういう時は何て言うの?」
ワシは大仰に手を広げ首を傾げる。言い訳などせず、素直に謝ればよかろう。しかし困り顔の勇者はなかなかに面白いものだ。
女はどんどんと近づいてくる。ロッドの魔光がどんどんと膨れ上がる。
これは、ワシも巻き添えを食らうのでは?
「で、では魔王さま、本日の獲物はこちらです!」
「いや、それは違うであろう」
「あのスカルソルジャーならこう言うかなーっと」
因みにそのスカルソルジャーは本日休日。骨休めに城下の温泉とやらに行くと言っておった。自由な骨め。
「誰が獲物ですか!」
貴様、火に油を。
「ま、まあ落ち着くがよい女よ」
「“女”ではありません! 賢者アストーグ・レイシアという歴とした名前があります。魔王ガルヴァ・ガルマバーン。残念ながらお元気のようでっ」
あーもうやだ気が強い。
しかし賢者とな。この女、勇者一行の一人か。髪色には見覚えがあったが、その髪型と服装で気がつかんかった。人間の女はどれも同じに見えおるわ。
多彩な補助魔法、そして強力な回復魔法。ワシは勇者の仲間にこの女がいたせいで負けたとも言える。傷一つつけられんかった……。
「ここで貴方たちは何をされているのですか⁉︎ 私たちの関係はもう終わったはずです! なのに何故、勇者と! 魔王が! 密会!」
「み、密会など! ワシらは何もしておらん! 勇者が勝手にっ」
「そうだぞレイシア! 俺はもうこいつに気持ちはないんだ!」
「こらエルリーク! また誤解を招くようなことを!」
「きぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
いかん、ロッドが爆発しそうだ。まとまりきってない魔力が部屋中を飛び交って危険極まりない。この女とんでもない量の魔力だ。
勇者と賢者。今ワシの部屋には二人の魔力が渦巻いている。不思議と今日は調子が出ん……何というか気分が悪くなってきた。うぷ。
「アクトロスの民に知れたら事です! 早く帰りますよエル!」
「えー今日はお仕事終わりでいいじゃんー」
「こんなところで現実逃避など許しません!」
「えー何を言ってもやっても褒められるのつまんないー……ってどうした? ガルマバーン。顔色が悪いぞ」
ワシの顔色はいつも悪いぞ。もしかしてさらに悪くなっとる?
勇者に心配されるなど情けない。
「あの血色、まさか魔力に酔ってる? 嘘でしょ?
レイシアとやら、貴様までそのセリフを。
「気にするな……この程度で参る魔王ではないわ……ワシは貴様らの魔力で復活してみせるわ、フハハうぇえ……」
強がってみたものの気持ち悪い。横になろう。この際恥は捨てる。
「帰りますよ! エル」
「おいおいおい放っておくのかよ」
「放っておきます! なぜ封印した魔王を助けるんですか? 理由が分かりません! エル、貴方は勇者です!」
「そうだけど! お前なら何とか出来るだろ!」
あーワシの上であまりヒートアップせんでくれ。さらに気分が悪い。
「“慈愛の聖母”と呼ばれた賢者が困ってるやつ見て放って置くのかよ。見損なったぜ」
「そんな……私たちは人間のために戦って……何で、魔王を……ひっく」
「ああ、泣くなよレイシア。な? ちょっと言いすぎた」
勇者は賢者の肩を抱く。
貴様ら出来ておるのか? 仲間という一線越えとるのか?
「何とかすれば帰ってくれますか?」
「うん。今日は一緒に帰るよ」
「分かりました」
頭ポンポン……って何をイチャイチャしておるのだ。もう突っ込む気力も湧かぬ。
涙を拭いたレイシアのロッドがワシの心臓を指した。トドメでも刺すつもりか?
「貴方が魔力に酔う原因はここです」
違った。
「魔王ガルヴァ・ガルマバーン。貴方の魔力の根源、つまりは心臓。貴方の心臓は知っての通り私たちが封印しました。それは未来永劫揺らぎません」
復活への道のりは遠そうである。
「身体を流れる魔力は例えるに川。水源は心臓。貴方の体内には干上がった川筋が走っているだけ。空間内の魔力を吸収しても定着しない。乾いた大地に少量の水を浴びせてもすぐに乾いてしまうでしょう?」
川だの水源だの、どこかで聞いた解説だ。
「乾いた大地は水を欲する。そこに魔力が二人分。しかも勇者と賢者です。凡庸な魔力ではありません。喉が渇いたからと言って蒸留酒と葡萄酒を同時に飲めば酔ってしまう。魔力を失った貴方なら特にです」
グレイシアちゃん!
「その魔導書の六百七ページ」
女の指差す先にはワシが読んでいた魔導書が転がっている。
掲載ページまで分かるとは、レイシアとやら貴様もあの魔導書のファンか。
「あの魔導書。著者は私です」
「ぬ!」
驚いて急に上半身を起こしてしまったせいか、気が遠くなった。視界が白くなり、そして闇に溶けた。
そのままワシは気を失った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「——魔王さま」
「……ボーン」
どれだけ時間が経ったのか。居室には既に勇者たちの姿はなく、少し硫黄の匂いのするボーンがいるのみだ。その頭には手拭いが巻かれている。楽しかったか? 温泉とやらは。
「話は聞いております」
「そうか。やつらは何と?」
「封印の術式を改良したそうです。これで魔力に酔ったりはしないだろうとのこと」
「そうか……。甘いな、勇者ども。魔王に情けをかけるなど。自殺行為にすぎんというのが分からんのかフハハ」
礼は言わんぞ。
「魔王さま、魔力に酔われたのですね。——ッ」
「ボー……ん?」
ボーンのやつ、また笑いおって。
灸を据えねばと、身体を起こしたワシの目の前に紙袋が突き出された。
名物! だの、波打ったマークのようなものが見えるが、鼻先に突き出してるせいで全容が見えん。ただ、甘い香りがする。
「食べますか? 温泉まんじゅう」
「まんじゅう……うむ。いただこう」
ボーンよ。そういう気遣い、心に染みるぞ。
——————————続く。
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