獲物その五 弟 前編
本日も晴天なり。
天窓から刺す陽光が眩しい。伸びきった髭が痒い。角の根元も痒い。肌はどれだけ擦れども緑色だ。眠くもないがあくびは出るし、腹も減ってないが口寂しい。魔導書も読み飽きた。読んだところで魔法は使えん。
——暇。である。
「ん……あの鳥は」
窓外を巨大な鳥が横切っていく。鳥、というよりも我が眷属か。元々は精々木の実を食む程度の鳥だったが魔力を受けて巨大になった種族だ。戦闘には適さないが、移動手段や奇襲にその有用性を示した。
空を飛ぶ自由な翼。魔力さえあれば空を飛ぶことなど容易いが、今のワシにとっては小鳥ですら羨ましい。
しかしあの鳥、どこかで見覚えが。
うむむ、どこで見たのか思い出せん。
「オラァっ」
「ぎひゃ!」
頭を捻っていると扉がいきなり蹴り開けられた。その衝撃に部屋全体が揺れる。天井から落ちた埃がワシの頭に降り注いだ。
だからいい加減扉壊れるて。
このところの来訪者はなぜそんなに乱暴なのだ。人(人ではないが)の部屋の扉蹴って開けるなど、親の顔が見てみたい。心臓が飛び出るかと思ったわ。
しかし、何故此奴が……。
「魔王さま、本日の獲物はこちらでーすってか?」
「……ガルビート」
親の顔が見てみたい。と思ったが、その顔をワシは絵に描けるほど知っている。声も、強さも、優しさも全て知っている。
礼儀も知らぬ乱暴な来訪者。名はガルヴァ・ガルビートという。血を分けた、我が弟だ。
あの鳥はガルビートが移動手段として使っていたことを思い出した。
「相変わらずデケェことで。お兄さま」
「貴様も相変わらず。まるで人間だな」
ワシを見上げるガルビートはガルヴァ家の中でも異端な存在だ。
一族最強と噂される程の魔力を持ち、その魔法のセンスも威力も群を抜く。
洗練された容姿に溢れ出すカリスマ、魔物たちの中にはワシという存在がありながらもガルビートを真の魔王として崇める、そういう派閥があった。実に情けない話だ。
ワシが勇者に倒されてしまった以上、次期魔王としてこの玉座に座るのはこのガルビートが適任。そうなればこの国を手中に収めることなど容易く思える——なのだが。
この愚弟はそんなものに全く興味を示さなかった。それどころか人間の生活を愛し、その姿もまるで人間に変え、日々城下で遊び惚けている。
角もなければ肌は肌色、身長も人間サイズ。橙色の髪の毛に服装も遊び人の様な格好をしている。なんだその柄のシャツは。小悪党か。
唯一魔王の血筋を感じさせるものは燃えるような灼瞳くらいなものだ。
「何の用だ? この玉座に座る覚悟が出来——」
「んな訳ねえだろうがボケ。んなもん俺は興味ねえから、てめえが一生しがみついてろ」
ですよねー。
超食い気味の威圧やめて。睨まれただけで気を失いそうになったわ。何という魔力の波動だ。
今みたいなことになる故、ガルビートに魔王の去就関連の話をすることはタブーだ。だが一応兄として偉そうに言っておかないと……もう今日は言わないけども。兄としてのノルマは達成した。
「そんなビビんなってお兄さま」
「ビビッとらんし」
大丈夫? 声震えておらん?
しかし本当に何の用だ。
ガルビートは実の弟ではあるが、ワシはそこまで得意ではない。
思えば幼い頃からこやつの背には自由の翼が生えていたのだ。父上も母上も早々に魔王としての教育を諦め、ワシとは顔を合わせる頻度も少なかった。
魔王の子として生まれたはずが、興味を示したのは人の生活。魔王とは正反対の位置にいる同胞と何を話せというのだ。
最後に会ったのは、勇者たちとの決戦前か。その時は何と言っていたか……『万が一、お兄さまがこの世界滅びしたりなんかしたら——俺がテメェら滅ぼすから』——だったか。
一応『フハハハハハ! できるものなら!』とは返したが、実際は骨の髄から震えていた。そのせいで勇者に負けたのではと思わんでもない。
骨で思い出したがボーンのやつはどこだ。
さては逃げたか。
まあ無理もない。彼奴はガルビートの玩具だ。
頭蓋を蹴鞠にされたり、肋骨を組み替えられたり、背骨を達磨落としに……等々。
「ふーん。やっぱいいな、ふんふん」
そんなガルビートは部屋中を品定めでもするように見回している。
「なんだ? この部屋は昔からなにも変わっとらんだろうに」
「だと思ってきたんだ」
「ん?」
「お兄さま。今日ここにきたのは他でもない。ここをパーティーの会場として借りにきたんだよ」
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