獲物その三 家具職人 後編


 現れたのはいかにも職人なねじり鉢巻の中年の男だった。リザードテールスープを頭に浴びて「くせえ!」と喚いている。その臭いがクセになるのだぞ。これだから人間は……。


「家具職人とな? 見たところ魔力はないが」

「はい。本日はこの職人に魔王さまのベッドを拵えさせようと連れて参りました」

「ほう」


 気が利くではないかボーンよ。


「最近はお疲れのご様子。良き睡眠は魔王さまの魔力を取り戻すために必要かと考えまして」

「うむ。そうやも知れぬな」


 出来るだけふかふかで頼む。


「あんらぁ、こらバカでけえ」

「む……」


 気づけば家具職人はワシを見上げている。この男が小柄なせいもあるが、その背丈は玉座に座るワシの膝にも届いていない。


「小さき者よ。この魔王ガルマバーンにベッドを拵えてくれるとな?」

「魔王⁉︎ あんたがあの魔王かんね? ほえー! オラ母ちゃんから話には聞いてたけっども。こげなでっけえとはなー。オラぁゲンゾウっつーだ。はぁじめまっして」

「あ、は、ハジメマシテ」

「勇者さんにボッコボコにされたって? まあ落ち込むんじゃねえよ? ガハハハ」


 ゲンゾウとやらはワシのスネをペシペシ叩いて大笑いしている。その後ろでボーンも無音で笑っている。……ワシはこの感情をどこにぶつければ?


「なんでえこの椅子。えれぇ立派だな」

「代々受け継がれている玉座だ。気軽に触るでない……聞いておるのか?」


 もはやワシになど興味はないようだ。ゲンゾウの目は真剣で、ワシの声など耳に入っていない。玉座を四方から見ては叩き、採寸し、耳を当てて何かの音を聴いた。


「こりゃあすげぇ椅子だ」

「そうであろう」

「でも、ここいらで寿命が来るだよ」

「なんだと」

「長年職人やってっと木の声が聴こえんだ。でもこいつからは聴こえん。木が死んでらあね。もう役目は果たしたって感じだわ。もう眠らせてやんねえとこいつが可哀想だ」


 それは嘘ではないとその目を見れば分かる。

 そうか、この玉座もワシと同じくその役目を終えたか。ご苦労であったな。

 

「で一つ提案なんだっけども、魔王ゲルマニウムさん。この椅子を使ってベッド作るってえのはどうだい?」


 ワシはその提案に首肯した。


 小さくも誇り高き職人ゲンゾウよ——ワシの名はガルマバーンだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 ベッドが出来た。


「早く帰んねえと母ちゃんに叱られっぺ!」とゲンゾウは帰っていった。その汚れた顔は達成感に満ち、心なしかその背中は大きく見えた。

 人間は短き命。だからこそ一瞬の閃光のように目に焼きつく。あの男の仕事はワシの心に焼きついた。


「良き」


 ふかふかである。

 さすがコカトリスの羽毛百%。

 玉座は無くなってしまったが、背もたれも、脚も、貼られていた赤い生地もその全てが生まれ変わり、このベッドになった。

 これなら玉座を感じながら安らかに眠ることができる。地獄の父上も怒りますまい。


 ベッドだけになったこの間はもはや寝室となった。もし冒険者などが来たら拍子抜けするであろうな。

 まあよいわ。ワシを倒そうとする冒険者など来ぬ。倒れた木を倒そうとする木こりはおらぬのだ。


「おやすみなさいませ魔王さま」

「うむ。これなら魔力が取り戻せそうな気がするわ」


 ボーンの持つランタンの揺らめきが遠くなっていく。それに誘われるようにワシは眠りに落ちた。




 ——夢を見た。


 ワシは魔力を取り戻し、闇魔法で勇者を圧倒した。民衆の盾を失ったアクトロス王国は我が魔王軍に焼き尽くされ、世界はワシの手のなかに堕ちた。


「聞け! アクトロスの民よ! この時をもってこのアクトロス王国は魔王ゲルマニウムが統治する! 名はゲルマニウム王国となる! 皆ゲルマニウムベッドで健康! 誰しもが安らかに眠れる世界になるのだ! フハハハハハ!」


 ゲルマニウム! ゲルマニウム! ゲルマニウム! ゲルマニウム!————。



「ガルマバーンだぁッ!!!」


 飛び起きた。

 窓から線状に刺す朝日の中を、緑がかったコカトリスの羽毛が舞っている。まるで裸の天使がお迎えに来そうな光景だ。

 背中が硬い、冷たい。あのふかふかはどこへ?


「ボーン」

「——ここに」

「……ワシはまたやってしまったか」

「ッはい。ゲッ、ゲルマニウムとお叫びになられたときに。ッ——」


 露骨に笑うとるがな。骨だけに。


「ゲンゾウを呼べ……もう一度玉座を作らせよ」

「はっ。御意に御座います」


 これはきっと地獄の父上がお怒りになられたのだ。


 なにがふかふかだ。もうずっと座っていよう。ワシは魔王なのだ。その矜持は捨ててはならんのだ。


 と言うか、ゲルマニウムとは何だ?



————————続く。

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