獲物その二 ドラゴン


「魔王さま——」


 我が下僕、ボーン・ザ・ボーンの声がする。

 “旋風の四本腕”、スカルソルジャーのボーン。骨だからボーン。やはり安直な名前にしすぎた。

 犬でいうところのポチ。猫で言うところのタマ。我がネーミングセンスはそんなレベルである。

 因みに旋風の異名はボーンを恐れたアクトロス王国の兵士たちがつけたそうだ。


 そもそもどこを見ても骨だと言うのに気の利いた名前など——


「魔王さま」

「む……」

「お疲れのご様子で」


 やはりどこを見ても骨だ。


「うむ。暇、というものはなかなかに疲れるものだな。寝つきも悪い。この玉座も、腰にくる」

「お休みになられる時は横になられてはいかがですか」

「この床にか?」


 ワシは封印されておる身、この居室から外へ出ることは叶わない。この城にはワシの寝室もあることにはあるが、ベッドで横になった記憶など遥か昔のことのようだ。

 長年に渡る人間との戦いのなか、穏やかに眠ることなどなかった。


「——ッ」


 ボーンのやつ、この冷えた床で眠るワシの姿を想像しおったな。また声も出さずに笑いおって。真面目な回想がむなしいではないか。


「で、なんの用だ」

「獲物のお時間で御座います」

「別にワシは頼んどらんのだが。というか獲物って言い方やめんか? まるでワシが取って食うみたいではないか」

「全盛期の魔王さまなら取って食われておられました」

「うむ……まあ、そうだが」


 魔族誰しも、若気の至りと言うものがあるものだ。なんせ我は魔王ぞ。暴虐の限りを尽くしてきたものだ。


「ワタシはあの頃の魔王サマを取り戻したく思っておりマス。ソシテ復活された暁には再び世界を我々魔族ノモノニー」

「なぜ棒読みなのだ? 信用ならんのだが」

「まあ獲物というのは広義の意味で魔王さまの魔力の糧ということで御座います」

「ふぅん」


「——というわけで本日の獲物はこちらです!」


 ワシはこいつの遊びに付き合わされてるだけなのでは?


「グオオオオオォォ」


 扉の向こうで咆哮が聞こえる。地を揺らすようなこの声には聞き覚えがある。


 この声はヴァルドス火山の主“龍皇”——


「グオオオオ?」


 龍皇?

 扉はガタガタと揺れるばかりで一向に開く様子がない。


「入ってこぬな」

「ですね魔王さま」

「さすがの龍皇でもこの扉の蝶番には勝てぬか」


 ワシは自慢げに何を言っているのだ。


「ではワタシが開けてまいります」

「え? あ、うむ」

「えいっ!」


「んん⁉︎」


 変な声が出てしまった。


 今バーン!って開いたよ? バーンって。

 全盛期のワシでも手こずったその扉の固さから、我が居室は冒険者から「封印の間」だの、「未知の術式がかかっている」だのと言われてきたのだが……。


 ボーンよ。貴様やはりワシより強い?


 この蝶番は——っともうよいわ。なんだこの扉へのこだわり。誰が強かろうが、ワシはもう扉も開けられぬ魔力を失ったただの緑のおじさんなのだ。


「久しいナ。魔族ノ王よ」


 さすが火山の主。その巨体から放たれる熱で部屋が暑い。魔力を失っているからか肌がヒリヒリする。あーここは我慢だ。後でボーンに水風呂を用意させよう。きっと気持ちよいぞ。


「久しいな、龍皇ドラ」

「そのダサい名で呼ぶナ」

「よいではないか。ドラゴンだからドラだ」


 犬で言うところのポチ。


「我には歴とシた名がアル」

「興味がないな。ドラはドラだ」

「貴様はいつモ我を馬鹿にすル。貴様未ダ我を手懐けヨウと思っテいるのカ?」


 昔。ワシはこの巨大なドラゴンを手懐けようとしたことがある。要はペットだ。

 しかしワシと拮抗する程の力を持っていたドラが簡単に屈することはなかった。


「我に屈するかドラよ。我は貴様の背に乗りアクトロス王国を再び蹂躙する。協力しろ龍皇よ!」


 む? なんだか舌がよく回る。力が湧き立つ。肌のひりつきが魔力へと変わっていく感覚だ。プツプツと背が粟立ち、痒い。

 これはボーンが言っていた空気中の魔力の微粒子とかいうやつか。

 よし。この勢いに任せよう。


「さあどうする龍皇ドラ! 我に服従を誓え! 我の力となれ! 全てを切り裂く爪と牙になれ!」

「グゥルル……」

「さあ! どうする龍皇! さあ! さあっ! ドリャ!」


 魔力が漲る! 漲りすぎて噛んだわ! これはいけるぞ。魔王ガルマバーン復活だ!

 ドラより幾分も小さき我の姿がこやつの目には巨大な姿に映っているはずだ。


「もう一押しです魔王さま!」


 そうだなボーン。ここで決めてやろう。我のペットとなるのだヴァルドス火山の龍皇よ!


 さあ! この手に契約をせよ!



「お手ッ!!!!!!」



 その瞬間にワシの視界は闇に消えた。


 覚えているのはそこまでだ——。



◆ ◆ ◆ ◆



「——魔王さま」


「……ボーン」


 天井が暗く高い。床が冷たい。


「ドラはどこへ」

「帰られました。魔王さまを踏み潰して」

「?」


 おかしい。ワシは復活したのでは。

 なぜ四つの胃の腑全てがすっからかんなのだ。魔力どころか腹まで減っている。ワシはどれだけ寝ていたのだ。身体中痛い。


「踏み潰された?」

「はい。魔王さまがお手と申された瞬間に」

「え?」


「魔王さまは『お手!』の一言で全ての魔力を使い切られました」


「……」

 もう一押しです魔王さま! と言ったのは誰だったか。


「……ボーン」

「はい」

「水風呂の用意を」


 ワシが風呂に入っている間、存分に笑うがいいボーンよ。


 ワシはちょっと泣く。



————————続く。


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