獲物その一 勇者 後編


「——」


 臓腑を全てぶち撒けては死んでしまう。比喩というものだ。

 それくらい気分を害したということだ。


「——!」


 さっきから爆笑しとるボーンが気になるが。恐らくワシの驚いた顔がツボに入ったのだと思われる。やはり馬鹿にしとる?


「驚いたか魔王ガルマバーン!」

「勇者よ、もうワシには魔力はない。だからあの日のテンションで呼ばんでくれ。うぇっぷ」


 胃の一つくらいは吐き出しそうだ。

 勇者よ、今更一体なんの用だ。封印に不備でもあった? もうこれ以上は死体蹴りよ?

 因みにワシは胃が四つある。そのうち三つは魔力の貯蔵庫のような物だ。今はすっからかんだが。


「へへへ。元気そうだなガルマバーン」

「嫌味を言いにきたのか?」

「いや、こいつがお前の魔力を取り戻したいって言うからさ」


 あーなんかそんなこと言っておったな。ボーンのやつ。夕食後の睡魔でぼんやり聞いておったわ。

 ワタシが魔王さまの魔力を取り戻しますとかなんとか……。なかなか健気ではないか。


「——! ——ッ!」

「いつまで笑っておる」


 ボーン。魔力を取り戻したら一番に仕置きする。


「魔王さま。本日の獲物はこちらになります」

「二度も言わんでいい」

「ここも広い城だなあ。こんなところに閉じ込められるとか寂しいだろ?」

「どの口が言うておる、エルリークよ」


 勇者は地面にぺたりとあぐらをかいて笑う。そんなところに座ったら冷たかろうに。

 しかし、勇者エルリークよ。なんか雰囲気違うくない? オフだとこうなの? 甲冑も着てないし。


「うちの城はさ、ここより広いよ?」


 なにそれ自慢?


「ここより広い城に父と母、兄、幼い弟。お手伝いさんが二百人くらい。兵士が数え切れないほどいて、俺は毎日毎日勇者様、勇者様! って民衆に褒め称えられる日々……」


 やはり自慢だ。


「もう疲れた」


 え?


「毎日毎日甲冑着て、ベランダから民衆に腕を振り続ける日々! 腕が疲れるんだよ! 蒸れるし! 敏感肌だからすぐ汗疹できるし! もう魔王倒しちゃったからすることないし! 俺は歴代最強かも知れないけど、勇者には向いてないの! 部屋で芋食いながらゲームしてたい!」


 えー。


「はあー色々言ったらスッキリした。じゃ、帰るわ」

「え? あ、ああ……」

「またくるわ。魔力が回復したら復活しろよ? 勇者様は暇を持て余している! はははー」

「え? う、うむ」


 勇者エルリークは巨大な扉を開けて出ていった。その扉、蝶番の調子悪くて全盛期のワシでも開けるのに苦労する代物だぞ。それを片手で軽々……ってそんなことどうでもよいわ。

 

「なにあれ? なにしにきた?」

「勇者です」

「いや知っとる。封印された。心臓をぐさーってやられたことある。ぐさーって」


 自分で言いながら胸の傷が痛んだ。魔力の源はワシの心臓にあった。過去形。


「魔力の失われたこの空間では、勇者のような強力な魔力を持つ者が来訪するだけで、空気中に魔力が微粒子となって広がります。魔王さまはその空気を吸うだけで魔力が回復していくはずです」


「なにそれ胡散臭い」


 とは言ったが、第二の胃の腑辺りに温もりがある。すっからかんになって初めて気づいたが、魔力とは温かい物なのだな。


「もうよいわ。帰ってよし」

「では次の獲物はまた……」


 ボーンは小さい魔物専用扉から出ていった。勇者もそこを通ればよかったのに。同色に塗ったから気づかんかったか。今度教えてやろう。


 しかし会話如きで魔力が……か。


「おお……」


 掌の上で炎が沸き立つ。胃の腑の温もりが熱へと変わり我が肉体を駆け巡る。これこそが魔力。魔の力! ようやく我を取り戻してきたわ! 待っておれ勇者エルリーク! フハハハハハ——


「フハハハ……あれ」


 消えた。

 勢いよく立ちあがりすぎた? 風? そんなもんで消えるほど脆弱な魔力ではないはず。我は魔王ぞ?

 再び炎は……出ない。これは……。


「今ので魔王さまの魔力はまたゼロになりました」

「ボーン」


 扉の隙間から頭蓋骨が覗いている。手に持ったランタンが顔に影を作っていて怖いぞボーン。


「——ッ!」

「やっぱ馬鹿にしておる?」


 ボーンのやつ、この封印生活でワシを笑い種にする為に勇者なんぞを連れてきたのか?


 というか、ボーン。貴様何者だ。

 簡単に勇者なんぞ連れてきおって。


 もしやワシより強い?


「——ッッ!」

「ボーン!!」



————続く。


 

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