第27話 道具屋さんは役目を果たす
うわー、なんなのあれ? 一人だけでこっちの軍勢せき止めるとかインチキじゃないか。
見張り台から遠目に魔王さんとこちらの軍勢の衝突を遠目に見るが、本当にインチキとしか言えない。個人の力で軍隊を圧倒するなんてまるでおとぎ話の世界だ。
「へぇ、あれが魔王ですか。いやー出鱈目ですねぇ。たった一人で沢山やられちゃってるじゃないですかぁ。もう数千人はあの人にやられちゃってますよ。一騎当千っていうのはああいうのを言うんですかねえ」
「まぁ魔王ですもの。あの人なら一万人の軍隊だって圧倒出来るでしょうね」
「一万人だってぇ!? そりゃぁ凄い。さっすが魔王だねぇ。……ところでアリィヤ。さっきから聞いていると君は魔王の事を知っているみたいだね。どういう知り合いなのかな?」
さっきからアリィヤは魔王に対して少し気やすいとでも言えばいいのだろうか。まるで知り合いに友人を紹介するような口ぶりだった。魔王と何かしらの関係にあるのは間違いないだろう。
「イービルになら言ってもいいわね。あの人は私の――――――」
僕にだけ聞こえるようにアリィヤが身を寄せてくる。
――――――ああ、なるほど。確かに公言できるような内容じゃないね。特にグン・シーさん辺りが知ったら仲間割れが起こりそうだ。自軍の駒同士で争わせるほど無益なことはない。この秘密は僕の胸の内に秘めておくとしようか。
「なるほど。それじゃあ魔王について少し聞こうかな。あれも一応生物なんだし体力は有限だよね?」
「ええ。まぁ並みの魔族と比べて並外れているとは思うけれどね」
「疲労しないで永遠に戦い続けることができるとかじゃなければいいよ」
いつしか体力の限界が訪れるだろう。なぁに。士気については問題ない。今攻めているのは第二軍で、僕の『教育』を途中までしか受けていない者たちだ。ちなみに第一軍はそもそも『教育』を受けさせていない者たち。魔族たちがこの都市に攻めてきた日に捨て駒として活用させてもらった。そして未だ控えている第三軍以降は僕が『教育』を終えた者たちだ。中には念入りに『教育』してあげた子も居る。敵を恐れて逃げ出すような半端者は居ないと断言できる。
「ままま魔王ぅぅうぅぅぅぅぅぅぅ!?!?!? あーんな若造が魔王ですとにゃはははははははははは! 我が君ぃ! オオオオレに行かせて下さい。必ずや……必ずやああああ魔王の首を献上いたしゃあああああああああ!」
おお、グン・シーさんがやる気だ。まぁ魔族が憎くて堪らないグン・シーさんにとって魔王なんて存在そのものが許せないのかな。
でも……行かせることは出来ない。
「いやいや。グン・シーさんの仕事はそういうのじゃないでしょう? 全軍の指揮をここから執ってください。捕らえた魔族はグン・シーさんの好きにいいですから。ね?」
ここでも全軍の指揮は出来るし、そもそも余計な事はされたくない。今のペースで我が軍、つまり人間が死んでいくのは僕にとっても都合がいいんだよね。この戦いは僕にとっても正念場なんだ。なるべくイレギュラーは減らしたい。
「……かかきゃかか畏まりましたぁ! このグン・シー。必ずや我が君の勝利の二文字をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
まぁグン・シーさんが何かするまでもなく、こっちの勝利は揺るぎないと思うけどね。え? なんでそんなに自信があるのかって?
そんなの決まっているじゃないか。いかに強大無比な魔王とはいえ、人類の最大の力の前には無力だと確信しているからさ。
人類の最大の力、それはとっても単純なものだ。
「ねぇグン・シーさん。こちらの残存戦力はどれくらいですか?」
「第二軍はもう壊滅状態ぃぃぃぃ! ゆえに……残りは240万人ですなぁ」
そう――いつだって人類の最大の力とは『数』なのだ。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
一体どれだけの敵を余は屠ったのだ?
数えてなどいないが、体感では既に十万の人間の首を刈ったような気がする。
それなのに……敵が減らないのはなぜだ?
敵は都市の城門から次々と現れる。それに、心なしか兵の強さがどんどん増している気がするのだ。いや、余が疲労しているのやもしれぬ。どちらにせよ、このままでは余は……敗北する。
「まだ……だぁ!!」
こんな雑魚共に余の首をやれるか!
敗北するにしても余の認めた相手でなければ嫌だ。こんな雑魚共に負けるなど余のプライドが許さぬ。疲れていた? 敵が多かった? 戯けが。そんなもの敗者の負け惜しみであろうが。そんな無様な真似は死んでもせん。
「はぁ、はぁ。雑魚共がぁ! 余の道を阻むなぁ!!」
余をここまで追い詰めたイービルとやら。その者の首さえとればこの恐怖に支配された兵たちは勝手に瓦解するだろう。それに賭けるしかない。
「やらなくちゃ……俺が皆を守らなくちゃ」
「うああああああああああ!」
「もう殺せよぉ、殺せぇ!!」
余へと突進してくる人間たち。
こやつらには序盤に出てきた人間たちとは明らかに異なる点がある。
それは――既に己の命を投げ捨てているという事だ。
最初に出てきていた者たちは命乞いをしながら余へと向かってきた。イービルに逆らえば殺される。ゆえに生きるために余へと立ち向かったのだろう。死にたくないからこちらの攻撃を避けようともするし、仲間の爆弾の範囲から逃れる為に死んだ仲間から咄嗟に距離を取ろうとする者もいた。
しかし、目の前に居る人間たちは違う。自分の命をすでに投げ捨てているのだ。自棄になって殺せと叫ぶ者も居る。自分の命を守ろうとする意思がないからこちらの攻撃を避けようともせず、ひたすらに攻撃してくる。自分の命が惜しくないから仲間の爆発に巻き込まれそうだという時でも余に向かって突進してくる。防御を捨てて全ての力を攻撃に回しているのだ。おかげで幾度か爆発に巻き込まれそうになった。
「死にたくなければ余の前に立つな愚か者どもがぁっ!!!」
有象無象共に向けて我が剣を振るう。首を刈って、すぐに後ろへと下がる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
手にあるのは漆黒の刀。遂に見せてしまったか。まぁ雑魚が相手ならば問題ないか。
余の唯一の魔法。それは瞬間加速だ。
瞬間加速は五秒という短い時間の間だけ、自分の思考速度と身体速度を大幅に向上させる魔法だ。たった五秒なので魔力消費はごく僅かで、同じ五秒間のインターバルを置けばいくらでも使える。
余には他の魔法を使う事は出来ないが、この魔法の存在もあってさほど気にならなかった。
さらに余はこの魔法に居合術を組み込んだ。居合術は過去に余を滅ぼさんとやってきた勇者の技術だ。これは鞘に刀を納めた状態から一気に刀を抜き放ち相手に一撃を与えるというものだった。利点としては相手にこちらの間合いを測らせない。極めれば普通に刀を持って相手に切りかかるよりも素早く相手に一撃を与えられるという点だ。
思考速度と身体速度の向上に合わせて居合術。多くの者は余の刀が抜かれたと知覚することも出来ずに敗れる。
さて、この居合術の弱点だが、それは鞘に納まった状態でなければ意味がないという点だ。鞘に納まっていない状態では居合術は使えないのだ。
余は刀を抜いて相手に一撃を与えたが、疲労もあって刀を鞘に戻すのが遅れた。
ゆっくりと刀を鞘へと戻そうとすると、ソレは現れた。
「やっと抜いたな?」
言葉と共に振るわれる一閃。鞘へと戻そうとしていた刀でその剣を受ける。
「ぐぅっ」
今までの雑魚ではない。もっとも、魔王である自分にとって脅威というほどの者ではない。しかし、この疲労では……。
「始めまして魔王。俺はイービル様の犬、クルデルス。そして――さようならだ」
「犬だと? 貴様一体……うっ」
余がクルデルスとやらに気を取られたその一瞬の隙をついて何者かが余の軸足となっていた左足の地面を軟化させたようだ。ほんの少しだけ体勢が崩される。
「おら野郎どもぉ! クルデルス達が魔王の隙を作ってくれている間に飛び込みなぁ!! 見事魔王を滅ぼした奴ぁイービル様が褒美をくださるとよぉ! 一生遊んで暮らせる金だ。残された家族の為にも張り切っていきやがれぇぇぇぇぇぇ!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」
余の体勢が崩れたのを見逃さず、雑魚共が突っ込んでくる。ええい、鬱陶しい!!
「去ね」
こんな雑魚共の首を刈ることなど容易い。たとえ体勢が崩されていようがこの程度……。
「ぐぅおおおぉぉぉ」
しかし、雑魚共は続々と余の元へと群がってくる。いくらなんでもこの人数、一度に捌けん。雑魚共が余の足首に、腰に、しがみついてくる。
纏わりつく雑魚共を引きちぎることなど容易だ。余にはそれだけの腕力がある。だが、雑魚共を殺した瞬間に爆発で余も吹き飛ぶ。
その一瞬の迷いがいけなかった。
「ぐぅああああああああああああああああ!」
雑魚共の剣が出鱈目に余を突く。耐えきれずにまとわりつく雑魚の首をへし折る。しかし、それと同時に爆発が起きる。
「こ、の程度でぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
爆発を数発喰らっても余の体は持ちこたえてくれていた。しかし、傷は深い。思考がはっきりせぬ。
思考をまとめる前に新たな雑魚共が余へと纏わりつく。そして狂ったように余へと攻撃を仕掛ける。そして余が反撃するとやはり爆発が起きる。
その繰り返し。余は悟った。
余の――負けか。
最後に余が聞いたのは人間どもの雄たけびだった。
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