第25話 道具屋さんは仲間の死を悲しむ
―――――パリィンッ―――――
結晶石はもちろん粉々に砕け散った。この場での変化はそれだけだ。しかし、遠隔筒で覗いた先ではちょっとした騒ぎになっていた。
先ほど逃走していた五人のうちの一人が爆死したのだ。お仲間が吹き飛んだことで一瞬足を止める他の四人だったが、すぐに逃走を再開した。まったく……薄情だなぁ。まぁいいか。十分にパニックになっているみたいだし見せしめにはちょうどいい。
僕は足元に設置してあるメガホンを取り出し、起動させる。これは遠くまで自分の声を届ける道具だ。
「あ、あ~~~。テステス。みなさん聞こえますか?」
逃走する四人だけでなく、戦場に存在する人間たちがびくっと体を震わせて声のする方向――すなわち僕の方を見る。
それにつられたのか、魔族達も僕を見てくる。うわぁ、あんなに多くの魔族に注目されるだなんて思ってもみなかったよ。緊張するなぁ。
戦闘行為は中断され、戦場に居るほぼ全ての存在が僕の声に耳を傾けている。正直こんな事になるとは予想外だったが、まぁ特に問題はないので予定通りに進めるとしよう。
「予想以上の人が僕の声に耳を傾けてくださって嬉しいです! 魔族の皆さんまで耳を傾けてくれるとは思っていませんでしたよ。しかし……申し訳ありませんねぇ。これからする話は魔族の皆さんにとってはあまり関係のない話となりそうです。それでもよろしければどうぞ聞いていってくださいね? さてさて、みなさん見えるでしょうか? 僕たち人間が一致団結して戦っている中で逃げようとしている人たちが居ます。ほぅらぁ!! あそこですよ! 自分だけが助かればいいと思ってるクズな五人組です! まぁ、一人は悲しいことに先ほど爆死してしまいましたけどね。しくしく」
僕は先ほどまで逃走を続けていた五人組……今は四人組か。彼らを指さして話を続ける。
「悲しい事です。あそこにいる色黒の男性。テルウェイさんは今年結婚を控えているそうです。しかし、結婚には色々とお金とかもかかってしまいますよねぇ? その費用を稼ぐために傭兵として最近活動を始めていたらしいです。素晴らしい! 一人の女性を幸せにするために危険な仕事をこなすなんて男として素晴らしい事だと皆さんは思いませんか!? しかし、しかしですよぉ!? そんな男らしいと思っていたテルウェイさんは今っ! 逃げ出そうとしたんです! あぁ、酷い。酷いなぁ。僕は裏切られた気分です。皆さんも許せないと思いますよね? 僕たちが必死に命をかけて戦っているというのに彼は我が身可愛さに逃げ出そうとしたんです! これは到底許されることじゃありませんよねぇ? ――というわけでテルウェイさんには罪を償ってもらおうと思います。もちろんテルウェイさんの結婚相手の方も連帯責任です。みなさぁん! テルウェイさんだってきっと悪気があっての事じゃないんです! 皆さんの怒りは僕が受け止めます。皆さんに代わって僕がテルウェイさんの結婚相手、友人、家族、恩師に罰を与えますから許してあげてくださぁい! テルウェイさんにはこの場で爆死してもらいますし、テルウェイさんの結婚相手の方には減った人類を増やすために一生懸命働いてもらいますからぁ。くふふふふふ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
その言葉を聞いて逃げ出そうとしていた四人のうちの一人――テルウェイさんが身を翻して僕の方へと向かって走ってくるのが遠目に見えた。
うわぁ! すっごい怖い顔してる! 怖い、怖いよぉ。な、なんとかしなくちゃっ! という訳で……
「えい」
僕は四つある結晶石のうちのひとつを床に落としてまたもや踏みつぶした。そうすると僕に向かって走ってきていたテルウェイさんが爆死するのが見えた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なんてことだぁ!! 仲間であるテルウェイさんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うぅぅぅぅぅぅぅ、魔族めぇ! なんでこんな事を僕にさせるんだ! 許せない。許せないよぉ! ああ、やりたくない。こんな事、僕は望んでないんだよぉ。一緒に逃げた他の三人を殺したくなんてないんだ。でも……仕方ないですよねぇ。仲間を見捨てて自分だけ助かろうとする人は放っておけませんよねぇ」
そう言いながら僕は手に持っていた全ての結晶石をひとつひとつ丁寧に床に置いて踏みつぶしていく。その度に爆発音が響く。そして最後の結晶石を潰す直前。
「この人でなしがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
最後に残った逃走者が僕に向かってそんな暴言を吐いていた。
――ドガァッ――
「あーあ、しまった」
僕は最後に踏みつぶしてしまった結晶石を見つめる。まさかあんなタイミングであんな酷い事を言われるなんて……。もう少し早いタイミングで言ってくれたらひっ捕らえて生きていることが苦痛だと思えるくらいのフルコースを用意したっていうのに……。
まぁやってしまったものは仕方ない。
「ぐすっ、うぅ、酷いですねぇ。皆さんもそう思いませんか? 僕は好きでこんな事をしている訳じゃないっていうのに……。僕は勇者として当たり前の事をしているだけなのに……。悪いのは全て魔族のせいだっていうのに僕の事を人でなしだなんて……。この僕の悲しみはどこにぶつければいいのでしょうか!? 死んでしまった彼はもういない! ――ならば彼の血縁者に僕の悲しみをぶつけるしかないじゃないですか。他の逃走者の血縁者にも罰を受けて頂きますが今僕に暴言を吐いた逃走者の血縁者については僕が直々に罰を与えようじゃありませんか。念入りにねぇ。ふふ、ふふふふふふ」
そこまで僕が言うとなんということだろう? 人間側がやる気に満ち溢れたかのように魔族へと突進していくじゃないか。逆に魔族側は狂乱状態だ。その場で逃げ出す人たちが続出しているのがここからでも分かる。
「おぉ! 今ですよ皆さん! 魔族たちは僕たち人間の結束の力を見て怯んでいます! そうです。僕たちは一人じゃない。仲間と共に輝かしい明日を掴むために頑張りましょう! 魔族たちに殺された五人の同胞たちの敵です! 刈って刈って刈りつくそうじゃありませんか!!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
響き渡る歓声。うんうん、仲間の死がきっかけでみんなのやる気が漲っていくね。泣ける展開じゃないか。あの五人の死は無駄じゃなかったみたいだね。良かった良かった。
「っ――さ、さすがさすが我が君ぃぃぃぃぃぃぃ! 我が軍の士気は増すばかるぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい! 対して魔族の士気はダダ下がりぃぃぃぃぃぃぃ! ぶひゃっ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「素晴らしかったわイービル。これであの五人も浮かばれるんじゃないかしら? ふふっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
「「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」」」
ああ、なんて素晴らしいんだ。ここまでうまく行くと気持ちいいなぁ。くくくくくく。
「おや?」
僕の軍が魔族を押し込んでいるこの状況。しかし、状況に変化が訪れていた。
魔族の大軍は我が軍から距離を取り、再び魔法を放ち始めていた。先ほどまでなら我が軍はそんなものお構いなしで突っ込んでいったはずなのだが、なぜか今は足が遅い。まるで何かにせき止められているかのようだ。
「一体何が?」
遠隔筒で特に足が止まっている我が軍の一帯を見る。そこには単騎で我が軍の人間たちを切り刻んでいく青年が一人。
漆黒のマントをたなびかせ、数の不利をものともせずに敵を切り伏せていく黒髪の青年。刀を鞘から抜いていないにもかかわらず、どうやってか迫る敵を切り刻んでいく。そうして我が軍の歩みをせき止めている。たった一人で、だ。
「あれも魔族だよね? 一人でこれだけの人間たちを相手しようっていうのかな?」
そんな馬鹿な。単騎でひっくり返せるような戦力差ではない。すぐに潰れるに決まっている。
「えぇ、まぁそう考えているのでしょうね。あの人はそれだけ自分の力に自信を持っている。そして実際、それだけの力を持っている。伊達に魔王とは呼ばれていないわ」
アリィヤは単騎で無双する青年を見て言う。あれが……魔王か……。
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