第24話 道具屋さんは脱走者を許さない
僕は戦術都市マリュケイカの見張り台から魔族と人間の戦闘を眺める。遠隔筒という遠くの景色を見ることができる道具で見ているので、遠くても意外に見られるのだ。残念ながら僕が道具屋のとき、商品として出しても金を有り余らせている道楽貴族にしか売れなかったものだ。まぁ、おかげで在庫がある程度余っていたので僕だけではなくアリィヤとグン・シーさんに貸し出すことができたのだが。
今は三人で仲良く人間VS魔族を鑑賞中だ。まぁ、グン・シーさんだけは指示を飛ばしたりと忙しそうだが。
「ぷ、ふふ。くくくくくくくくくくくくく」
「下品な笑い声が漏れているわよ。まぁ気持ちは分からなくもないのだけどね」
「く、ふふ。あぁ、ごめんごめん。ようやくこれで終わりかと思うと嬉しくってね。やっぱり思い通りに事が運ぶのは気持ちがいいなぁ。入念に準備した甲斐があったよ。『教育』に時間を割きすぎて寝不足だけどね」
「なんだったら寝ていてくれてもいいのよ?」
「あはは。冗談。そんな無防備な姿、アリィヤには見せられないよ」
「『私に』じゃなくて誰にも見せないでしょう? 寝首をかかれかねないものね」
「まぁそうだねー」
そもそも、そんな無防備な姿を人前に晒すっていう人の事が僕には理解できない。親だろうと仲間だろうと恋人だろうと総じて全て『他人』だ。そんなものを前にしながら無防備を晒すなんてどうかしていると思う。
「こっちの死傷者の数は今どれくらいですか? グン・シーさん」
傍らで部下に指示を出し続けていたグン・シーさんに聞いてみる。
ちなみに今回僕は作戦の提案とこの作戦に必要な『教育』を施しただけで指揮は全てグン・シーさんに丸投げしている。軍の指揮は一番慣れた人にやってもらうのが一番だからね。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっっ。現在確認できているこちらの死傷者の数は約五万ほどですねぇ。対して魔族……うぴゃびゃびゃぴゃぴゃぷびゃぁぁぁ。魔族んアホンダラァッ。思ったよりも厄介な兵の運用をしよ――しよしよしよしよってがらにぃぃぃぃぃぃぃっ!! 三万ぽっちしか殺せていないじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あれ? おかしいな。僕が見ている限りでは向こうも結構押されているように見えたんだけど……。
魔族側は退却しようとする兵士の首を刈っていた。それでも退却した魔族も多数居たはずだからこちら以上に数を減らしていたはずなのだけど……待てよ。
「その三万に魔族の退却した者や魔族側で首を刈られた者は入っているのですか?」
「入ってましぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! 魔族は人間の手で爆殺爆死爆即滅しないと気がすまねぇぇぇぇぇぇぇぇい!! 仲間同士で命を奪うなんておこがま……おこがま? おこがまーーーーー!!」
どうやら魔族の退却した者や魔族側で処理された者は今の計算には入っていなかったらしい。相当数居たはずなので先ほどの死者三万と合わせて向こうの損害は合計五万ほどといったところか。こちらの死傷者の数も五万なのでほぼ互角か。
個々の力で人間は魔族より劣っている。グン・シーさんには内緒で殺さずに捕らえた魔族を何匹か戦わせてみて判明した事だ。まぁ話には聞いていたのだけれど実際に見たかったからね。クルデルスさんたちのように突出して強い人は一対一でも勝っていたけど、一般の兵士では三人で一人の魔族を倒せるかどうかといったところだった。
残った魔族の処遇はどうしたのかって? そりゃあもちろん無駄遣いせず、人間に効く毒がどれくらい効くのか? どれくらい傷つければ絶命するのか? 急所はあるのか? などなど色々実験させてもらったよ。
おかげで僕も結構魔族については詳しくなったんじゃないかな。
――話が逸れた。まぁ魔族と人間の脱落者がどちらも五万なら十分な戦果だろう。僕にとっては予想以上の戦果だ。グン・シーさんはもっと有利になると思っていたようだが、今回向こうの指揮を執っている魔王が結構優秀らしい。
「まぁそれでも同等の被害で済んでいるなら問題ないですよね?」
「まさにまさにまさにその通りぃぃぃぃぃぃぃ! 魔族ぅぅ魔王ぉぉぉ、爆殺してくれるわはははははははははははははぁっ!」
うん、このまま戦力を出し続けるだけでも特に問題無さそうだね。いやぁ、苦労したからなぁ。
『教育』。それはカステルさんやお姫様に集めてもらった兵士、果てはただの農民だった者にも施した強化だ。
人間は成長する。しかし、成長するためには訓練が必須で、それには時間とお金がたくさんかかる。そんな時間はないし、なによりそんな不確実なものにお金を払いたくない。もっと効率よく強くする方法があるのだ。
それが今回取った強化法。すべての兵士に爆弾を取り付ける事だ。
きちんと周りにも影響が及ぶように爆薬の量は増やしてある。こうすればあら不思議。倒されちゃったとしても敵を道連れに出来るよ! お得だね!
それのどこが強化だって? いやだなぁ、立派な強化じゃないか。
戦闘が長期化すれば敵も爆発するタイミングが兵士が死んだ時だと分かるだろう。そうなれば迂闊に攻撃することは出来ない。逆にこっちはそんな敵の隙を突くことができる。一石二鳥の素晴らしい強化方法じゃないか。
「それにしても酷い人ね。泣きながら敵に突進してる子も居たわよ? 一体どんな弱みを握ったのやら……」
「え? どの子? 泣きながら戦うなんてよっぽど怖い目に遭ったんだろうなぁ」
「……本当に記憶にすら残ってないのね……。まぁ当然の事をしたっていう意識なのだから仕方ないのかもしれないけど」
「何か言った?」
「いいえ? イービルはそうじゃなきゃって思っただけよ? 念のために聞くけど味方が逃げたり裏切ったりしたらどうす――あら? 言った傍から」
遠隔筒で戦場を見るアリィヤの視線の先を追えば……あぁ、いけないなぁ。魔族に向かわずに集団から外れる人が五人ほど。どうやら逃げるつもりのようだ。
ダメだなぁ。これは魔族を滅ぼす大事な戦い。いわば聖戦だよ? そこから背を向けて立ち去ろうなんて邪悪以外の何物でもないじゃないか。僕は逃げる五人組の姿をよく見る。あれは――ふむふむ。11113番、8378番、3890番、38715番、98774番か……。
「アリィヤ。悪いけどここに書いてあるものを持って来てもらえるかな」
そう言いながら僕は手元の紙に先ほど目にした番号を書き込み、アリィヤへと渡す。
「ふぅ。人使いが荒いわね」
「急いで取ってきてくれると嬉しいかな。僕の役に立ちたいんでしょ?」
「はいはい。分かったわよ。すぐに戻ってくるから待っていて」
そう言ってアリィヤは姿を消した。相変わらず謎の多い人だ。まぁ便利だし利用できる限りは利用するけどね。
「さて、アリィヤが戻ってくる前にやる事やらないとね。あの五人って誰だったかなぁ」
僕は先ほどの逃走した五人の事を頭に思い浮かべながら懐からノートを取り出し、ページをめくっていく。
このノートには今まで僕がお話しした人の事が軽くメモしてある。大抵の事は覚えているのだが、なにせお話しした人数が多いと忘れてしまうのだ。そういうときはこのノートを見て思い出すようにしている。
「11113番がえぇっと……あぁ、思い出した。8378番が……うん。うん。よし。思い出せた」
五人の情報をノートを見て思い出す。そして――もう必要ないので五人の情報について書かれてある部分を黒く塗りつぶす。
「――ふぅ。お待たせ。これでいいかしら?」
丁度いいタイミングでアリィヤが戻ってきてくれた。差し出すその手の平には五つの結晶石があった。石には薄くだけれど番号が記入してある……うん。間違っていないみたいだね。
「ありがとう」
僕はその結晶石を全て受け取りその内の一つを――床に落として踏みつぶした。
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